ライムの秘策
その場のノリでルグに仲直りの協力を申し出たエルフの姉妹。
ルグは目まぐるしく変わる状況に付いていけず困惑していたのですが、二人はそんな当事者の様子など気にも留めず、事態解決に向けて動き出しました。
「よぉし、善は急げだ。ライム、ルカちゃんが今どこにいるか分かる?」
「ん、探す」
ライムは無闇に高性能なスペックを活用し、学都のどこにいるのかも分からないルカを早速探し始めました。具体的には精神を集中して周囲の気配と魔力を探っています。
魔力というエネルギーには人それぞれに微妙な性質差があり、熟練の魔法使いであればその差異を感じ取ることで離れた場所にいる人物を探すことも可能なのです。
特にエルフは種族的に魔力の扱いに長けており、この手の作業には向いています……が、普通ならそれでも簡単にはいきません。万単位の人口がいる大きな街で、どこにいるのか分からない知人を探すのはライムでもそれなりに苦労します。ある程度、現在位置の当たりがついているなら楽なのですが今回はそれもありません。
ですが、何事にも例外というのはあるのです。
幸い、今回の捜索対象であるルカは普段から多すぎる魔力を持て余しています。
そして魔力を抑えたり隠したりなどの器用な真似は一切できません。
強力な魔力を有する魔法使いは学都には少なくありませんが、それでもある程度以上の大きな魔力に絞って探せばいいので、とても見つけやすいのです。
「……あっち」
三十秒ほど瞑目して集中していたライムは、スッと指を伸ばして街の東側を指差しました。指先ちょうどルカ達が昼食を摂っている激辛料理店の方向に真っ直ぐ向いています。見事なまでの感知精度でした。
とはいえ、方向が分かっても目的地より手前にいくつもの建物や道があり、直進することはできません。ライムなら建物の屋根や煙突を足場にして最短距離を進むこともできなくはないのですが、今はライム達自身の買い物の荷物が大量にあります。酒瓶等の割れ物も多いので、あまり派手な動きは控えたいところです。
「おーい、そこの御者くん。ちょっと頼まれてくれるかい」
しかし、荷物に関してはタイムが呼び止めた辻馬車に料金を支払って、シモンの屋敷まで届けてもらうよう交渉してあっさり解決。金払いがやたら良い上に交渉能力が高いので、御者は大喜びで臨時の郵便仕事を引き受けて大量の荷物を運んでいきました。
「じゃあ、ライム」
「ん」
「え? ……いや、あの、マジですか?」
これで、もはや直進しない理由はありません。
タイムとルグをひょいっと両肩に抱え上げたライムは道路を強く蹴って跳躍し、そのままルカのいる方角へと最短ルートで突っ走り出しました。
民家や商店の屋根をピョンピョン跳んで、ヒト二人を抱えたライムは軽やかに目的地へと向かいます。普通なら担がれている側にも大きな衝撃が襲い来るはずですが、膝や足首のバネを柔らかく使って衝撃を吸収しているのか、意外にも乗り心地はそれほど悪くありません。
恐るべき体術の練度が無駄に活用されていました。ルグの怪我に響かないようにライムも彼女なりに気を遣っているのでしょうけれど、そもそもの気遣いの方向性が完全に間違っています。
「おや、少年。意外と冷静だね?」
「冷静っていうか……慣れと諦めですかね……」
猛烈な速度での上下動に振り回されながらも、荷物扱いされている二人は平静を保ったまま雑談に興じています。
タイムは元々そういう性格として、ルグもここ半年ほどの経験でやたらと胆力が身に付いてしまっていました。危ない時こそ冷静さを保てるようにという訓練が、きっちり骨身に染み付いているのでしょう。まあ、そんな修行の成果を進んで発揮したいかと問われれば、決してそんなことはないのですが。
「でも、会ったところでどうすればいいのかな? ちゃんと話してくれればいいけど、また逃げられるかもしれないし」
このままだと間もなくルカと対面することになるのでしょうが、ルグにはそこから先のプランがありません。一度ちゃんと話しておきたいと考えてはいるのですが、いつものように逃げられてしまってはそれも適わないでしょう。
そもそも彼としてはこの状況は完全に想定外。物理的にも精神的にも強引に振り回されているだけで、心の準備も何もあったものではないのです。
「大丈夫、考えがある」
ですが、そこはライムが打開策を考えているようです。
伊達に協力を申し出たワケではないということなのでしょう。
「そうなの、ライム?」
「そうなんですか?」
「まかせて」
同じ協力者でありながら全くのノープランだったらしいタイムについては深く考えないようにするとして、力強く言い切ったライムの口ぶりからするに、ルグと顔を合わせてもルカが逃げないようにする方策には強い自信があるようです。
「そろそろ着地。喋ってると舌を噛む」
ルグとしては事前にその策の内容を問うてみたい気持ちはありましたが、残念ながら時間切れ。ですが、彼もライムが信じるに足る人物であることは知っています。
そんな彼女がルカと仲直りする機会を作ってくれるというのですから、ルグはもはや何も言わず「まかせて」という言葉を真摯に信じ……たのが失敗でした。
◆◆◆
『ふぅ、美味しかったの』
「わ、わたしには……ちょっと、辛すぎた、かな」
「でも、辛くない普通の料理はなかなかイケたよね。今度はもうちょっと辛さ控えめのに挑戦してみようかな」
遅めの昼食を終えて激辛料理店から出てきたルカとレンリとウル。
個性的な味付けの料理には苦戦しましたが、それでもお腹と心は充分に満たされて、心地よい気分になっていました。これから買い物でもしようか、それともデザートに甘い物でも食べようかなど、三人で呑気に話していたその時です。
彼女達のすぐ目の前に、ヒト二人を抱えたライムが砲弾のような勢いでズドンッと降ってきました。
「な、なに……?」
「うん?」
『ど、どうしたの?』
当然、そんなワケの分からない状況をすぐに理解できるはずがありません。
大きな音に驚いた彼女達はそれぞれに状況を把握しようとして、
「えっ、あ……ル、ルグくん……!?」
「あ、ルカ。ええと、なんだ、久しぶり……でもないか」
ルカはすぐに、ライムに担がれたままのルグの存在に気付きました。
ルグもどうしていいか分からないながらも、とりあえず挨拶をします。
「あ……えぇと……あのっ」
ルカはいつものようにルグと目が合った途端、身体の血が沸騰したかのように顔が熱くなり、思わず逃げ出してしまいそうになりましたが、
「動いてはダメ」
そんなルカにライムが鋭い警告を発しました。
同時に肩に担いでいた二人を地面に下ろし、そのままルグの首に後ろから腕を回します。
見事な手際で瞬く間に裸絞が完成。頚部への圧迫によりルグは言葉を発することもできなくなりました。ライムがちょっとでも力を込めたら頚動脈や頚骨が簡単にマズい感じになってしまうことでしょう。
「逃げたら彼の安全は保障しない」
こうして必要以上に真に迫ったライムの演技により、ルカは大いに混乱しながらも、逃げるに逃げられなくなってしまったのです。
◆◆◆◆◆◆
《おまけ漫画》
なんて頼りになりそうなお姉さんなんだー(棒)
 




