ルグとエルフ姉妹
ルカ達が激辛料理でヒーヒー言っていたちょうどその頃、ルグは日課のリハビリを終えて一人で街を歩いていました。いつもなら何処かしらの物陰から感じる追跡者の視線が珍しく無いことに、奇妙な物足りなさを覚えながら気の向くままに歩いていると、
「ん、あれは?」
偶然にも、道端にいる知り合いの姿を見かけました。
当然、ルグは迷わず声をかけます。
「どうも、ライムさん」
「元気?」
「はい、おかげさまで」
「そう」
ライムはルグが怪我をした時に応急治療をしていましたし、その後の経過も気になっていたのでしょう。言葉数は相変わらず少ないものの、慣れれば意図を読み解くのは難しくありません。
「今日は買い物ですか?」
「ん」
普段は第一迷宮の森に住んでいるライムですが、今日は街まで買い物に出てきたようです。両手にいくつもの買い物袋を提げていました。どの袋も限界いっぱいまで詰め込んでいてかなり重そうです。
まあ、限界といってもそれはあくまで袋の容量や耐久性に関してであって、重量については100kgや200kgは軽々持てるのですが。
ちなみに購入した品物の内訳は酒類とチーズや干し肉などの塩辛い肴がほとんど。酒場でも開けそうな量があります。あまりライムらしいラインナップではありませんが、それもそのはず。今日の彼女は案内と荷物持ちが役割なのです。
「お待ちどうさま、っと。おや、その子はライムの友達かい?」
「ん」
と、すぐ目の前の雑貨屋から出てきたタイムも話に加わりました。彼女もまた大きな買い物袋を提げています。ライムは姉が買い物を終えるのを店の前で待っていたのでしょう。
「姉。タイム」
「え、姉? えっと……?」
「やあやあ、はじめまして! 妹がいつもお世話になってるみたいだね。知らないけど」
ライムの紹介があまりに端的すぎた為にルグの把握が一瞬遅れましたが、姉妹共通のとんがり耳とタイム本人の説明ですぐに二人の関係性を理解しました。
「えっと、はじめまして。俺、ルグっていいます。妹さんにはいつもお世話になってます」
「ははは、この子は口数が少ないから話を合わせるのも大変だろう?」
「むぅ、そんなことは無い……無い?」
「いや、その……もう慣れたんで何とか」
出会ったばかりの頃はライムの意図が読み取れず困ることもありましたが、今ではある程度正確に言いたいことを把握できるようになっています。まだまだシモンほどの域には達していませんが、それは仕方がありません。
あのレベルに達するには最低でも十年以上はかかるでしょう。もっとも、完全に無言のライムと「談笑」できるシモンですら一番肝心な部分は読み取れないのですが。
「私は最近この街に来たばかりでね。今日はこうして必要な物を買いに回ってるのさ」
必要な物――――たしかに買い物袋の中には衣類や絵に使う顔料なども含まれていますが、荷物の八割以上は全く無関係の酒類です。
ちなみに、これらを購入した費用はタイム自身の財布から出ています。
つい数時間前まで無一文だったタイムですが、午前中に伯爵に面会をした後で、絵仕事の前金として結構な大金を受け取っていました。そのせいで、すっかり気が大きくなってしまったようです。
前金には当座の生活費や画材などに充てる経費も含まれているはずなのですが、そのあたりの常識は彼女には通用しません。大方、いつもこんな調子だから簡単に無一文になってしまうのでしょう。
「タイムさんはライムさんの所に泊まってるんですか?」
「違う」
「いや、私も最初はそのつもりだったんだけど、あそこは何かと不便だろう? でも、ちょうど親切なお嬢さんに住処を提供してもらってね」
正確には、住処を提供しているのはルカではなく家主のシモンなのですが、タイムは全く気にしていないようです。まあ、彼女の性格上、住居の所有権が誰にあるかなんて些事はどうでもいいのでしょう。それに、どっちだろうと妹の友人であることに変わりません。
「ライムの友達ならキミとも知り合いなんじゃないかな? ルカちゃんっていうんだけど」
「え、ルカが……?」
ルカの名を聞いたルグは、微かに表情を曇らせました。
最近ずっと避けられてしまい、マトモに話もできない状態が続いています。ですが、出来れば仲直りをして以前のように普通に会話ができるようになりたいとルグも考えているのです。
ルカとしては「以前のように」では不足なのでしょうが、実際のところ目指す方向性自体はルグとそう大きく違ってはいません。
「うん? ルカちゃんがどうかしたのかい?」
「聞かせて」
「いや、それが……」
タイムは当然として、ライムもこの件については初耳です。
ルグは、自分のした事が原因でルカに嫌われてしまい、口も聞いてもらえない……というような説明をしました。大本となる前提条件がズレているので事実とは異なるのですが、彼自身が勘違いに気付いていない現状では、誰も間違いを指摘することができません。
「意外」
「へえ、あのルカちゃんが?」
ライムだけでなく、知り合って日が浅いタイムもその話には違和感を抱いたようです。ルカの人となりを少しでも知っている者であれば、彼女が口も聞かないほど誰かを強く嫌うようには思えないのでしょう。
むしろ、明らかに他者に非があるような状況でも勝手に自己嫌悪に陥って、必要以上に責任を背負い込みそうです。
しかし、ルグが嘘を吐いているようにも見えません。
実際、彼にとってはそれが真実なのですから、それも当然。嘘を吐いて騙すような気配などあるはずがありませんし、そもそもそんな風に偽って何か利益があるとも思えません。
エルフの姉妹は言葉にできない違和感を覚えながらも……しかし、二人とも細かい疑念に長々と拘るようなタイプではありませんでした。
「よし、ここで知り合ったのも何かの縁だ!」
「ん、仲直り」
「そうだとも。私達がキミ達が仲直りできるように協力しようじゃないか」
「え? あ、ありがとうございます?」
問題の当事者であるルグは、どんどんと進んでいく事態に戸惑いもありましたが、それでもルカと仲直りすることが何より優先だと思ったのでしょう。二人の申し出をありがたく受け入れることにしたのです。




