甘口と辛口
「あのね……それと――――あ、他にもね――――」
最初は恥ずかしがっていたルカですが、話しているうちに興が乗ってきたのか、珍しく饒舌に語り始めました。問いかけたレンリとしては単なる興味本位だったのですが、それが図らずともルカ自身も明確に把握できていなかったあやふやな感情の整理や再確認に繋がったようです。愛情もより一層深まったかもしれません。
これまでにもウルとゴゴを相手にある程度までは話していましたが、誰に聞かれるか分からない公園や喫茶店ではそこまで突っ込んだ話はできません。今回は場所についての安心感があった上に、レンリの聞き出し方が上手かったので、いつになく舌が滑らかに回ったのでしょう。
『正直、ラブっぷりを甘く見てたの』
「うん、すごいベタ惚れだ。聞いておいてなんだけど、なんというか山盛りの砂糖をそのまま食べてる気分だよ。渋めのお茶でも欲しくなる」
「……あれ? どうしたの、二人とも? あ、それから――――」
最初はルグのどのような点が好きかという話題だったのに、ルカは次第に過去のエピソードまで事細かに語り始めました。
当時はまだ強盗犯という正体を隠していたので事情を誤魔化していましたが、学都でのルグとの出会いから成り行きで冒険者にまでなってしまった経緯など、これまで仲間のレンリすら知らなかった話もいくつかありました。
よくよく考えてみれば、元は列車強盗の加害者と被害者の関係なのです。正体を知ってからも変わらず接してくれるルグやレンリの存在は、ルカにとっては非常にありがたいものだったことでしょう。
「ふふ……お粗末さま、でした」
「ご馳走さま。いやぁ、もうお腹いっぱいだよ」
『ふぅ、我も満足したの』
と、そこでレンリのお腹の虫が「くぅ」と鳴きました。
ようやく一段落したのはお昼をだいぶ過ぎた頃。「お腹いっぱい」とは言うけれど、それはあくまで心持ちの話です。朝食から時間も経ち、胃袋はすっかりカラッポになっていました。
話し始めの頃はお茶やお菓子をつまんでいましたが、それらは早い段階で無くなっており、現在は少なからずお腹が空いています。特にレンリはお喋り中も綿ゴーレムに魔力を送っていたので、座りっぱなしでもそれなりに疲労があるようです。
「遅めになったけど、外でお昼でも食べようか。今日は激辛料理でも食べたい気分だよ」
話を聞くのは存外に楽しかったけれど、それはそれ。気分的に胸焼けしていたレンリの誘いで、三人は遅めの昼食を摂るべく街へと繰り出しました。
◆◆◆
三人が遅めの昼食を摂りに入ったのは、東街の市場近くにある激辛料理が売りの店。ボンド商会なる香辛料専門業者の直営レストランです。店内どころか外の道路にまで刺激的な香りが漂っており、更には食事中の客の悲鳴が否応なしに通行人の注目を集めていました。
「辛いっ!? いや、むしろ辛い!」
「お、お水……っ」
レンリ達が注文したのは店の名物だという鶏の揚げ物。
秘伝のスパイスや数種のハーブ、そしてヨーグルトで作った漬けダレで下味を付けた鶏の肉に衣を纏わせ、表面がカリカリになるまで揚げたという、説明だけ聞けば中々美味しそうな料理です。
問題は衣の素材に小麦粉だけでなく粉唐辛子が大量に混ぜられており、揚げ油には唐辛子を漬け込んだ激辛オイルを、更に料理を提供する段階でも激辛ソースをかけて出されるというヤケクソ気味な激辛推し。
一口食べれば辛さに呻き、二口食べれば全身から猛烈な汗が吹き出て、三口以降は涙と鼻水で顔がグチャグチャになるという凄まじい代物です。
とはいえ、商売として成り立っている以上、それなりにリピーターはいるのでしょう。激辛系というのは万人受けはしませんが、それだけに少数のファンはかなり「深く」ハマるのです。
「ウル君はよく平気で食べられるね?」
『ん? 結構美味しいのよ?』
「辛さ」とは厳密には味覚ではなく痛覚に対する刺激です。
痛覚を任意でカットできるウルは、ちょうど美味しく感じるくらいにまで痛覚を鈍化させるというテクニックを駆使することで、どれほど辛い料理でも美味しく食べることができるのです。汗もかいていませんし、もちろん後でお腹が痛くなることもありません。
「ちょっと私には辛すぎるみたいだ。ウル君、すまないが私の分も食べてくれないかな」
「わ、わたしのも……」
『うん、我に任せておくがいいの!』
早々にギブアップしたレンリとルカは自分達の皿をウルに託し、その代わりに数少ない非激辛メニューを注文して空腹を満たすことにしました。串焼きの川海老や羊肉とキャベツの塩炒め等、意外なほど食べやすい味付けでした……が、激辛系以外の料理やドリンク類の価格設定が妙に割高になっているのは、もしかしたらそういった脱落者を狙った店側の抜け目無い策略だったのかもしれません。
激辛への耐性はあまり強くないんですが、それでも時々無性に食べたくなります。




