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レンリの近況と新しい魔法


 タイムとの出会った日から更に一晩明けた翌朝。

 昨日は想定外の出来事が重なって延び延びになってしまいましたが、ルカは当初の予定通りにレンリの家を訪ねました。『エスメラルダ大劇場』の貴賓席の件で、どうにか協力してもらわねばなりません。



「やあ、ルカ君。いらっしゃい」


「お、お邪魔……します」



 手土産の菓子を用意してきたのが良かったのか、レンリはとても上機嫌で屋敷の一階にある応接間へとルカを案内しました。



「なんだか久しぶりな気がするね。最近はウル君と一緒に遊んでくれてるんだって? 大したもてなしは出来ないけど、ゆっくりしていってくれたまえ」


『自分の家だと思ってくつろいで欲しいの!』


「あ、その……お構いなく」



 最近は迷宮探索もお休みでしたし、レンリはあまり屋敷から出ない生活をしていたようです。ルカもルカで日課の追跡(ストーキング)やチビッ子達との作戦会議で忙しくしていたので、二人が直に顔を会わせるのは一週間ぶりくらいになるでしょうか。

 とはいえ、レンリの口ぶりからするに、ルカの近況はウルがある程度報告しているようです。うっかり重要な秘密を漏らしていないかルカとしては少々の不安がありますが、それを問い質すワケにもいきません。




「いや、実は叔父様たちが学会の為にしばらく学都を空けていてね。私は留守番役というワケというわけなのさ」


「そ、そうなんだ……?」



 幸いと言うべきか、レンリからは特にルカのあれこれについて聞くつもりはないようです。


 

「なんでも、収穫量の多い新種の麦を作れたとかで随分張り切ってたよ。正直、私にはイマイチ価値が分からなかったけど、まあ大したコトなんだろうさ」



 レンリ曰く、植物魔法の研究者であるマールス氏は、住み込みで家事手伝いをしているアルマ女史や他の弟子達と共に、A国の王都で開かれる学会に出席する為に屋敷を留守にしているのだとか。


 魔法というと一般人は炎や氷を出したりといった派手なものをイメージしがちですが、種の交配や栽培の要所要所に魔法を用いることによって、収穫量の増大や病害や暑さ寒さへの耐性といった特性を与えることもできるのです。

 結果が出るまでに時間がかかりますし地味なのは否めませんが、考えようによっては強力な戦闘魔法などよりも遥かに有用な分野でしょう。



 まあ、それはさておき現在のレンリはウルと二人暮らし中というワケです。春先にこの家に来てから家事全般をアルマ女史に丸投げしていたレンリとしては、少しばかり困ったことになりました。



「食事は外食でどうにかなるけど、家事のほうは色々と苦労があってね」



 なにしろ、実家にいた時は掃除も洗濯も全部使用人任せの身分だったのです。家事の経験などロクにありません。例外は人任せにできない研究資材の整頓くらいですが、いわゆる普通の家事とはどうにも勝手が違います。


 そして、あえて言うまでもなく居候二号のウルも家事能力など皆無。

 高貴なるレンリお嬢様は、それはそれは困りあそばされました。


 まあ、無理なら無理で早々に割り切って、洗っていない服を着回しながら平気な顔でゴミ屋敷に住めるような「十代の女子としてちょっとどうよ?」という、周辺環境にはさほど頓着しない性格でもあるのですが……一応は居候としての負い目もあったのでしょう。最近のレンリは諸々の雑事をどうにか片付けるべく、ちょっとばかり頑張っていたのです。


 とはいえ、別に自分の手足を使って汗水垂らして労働に励んだワケではありません。言うなれば、楽をする為の努力をしたというところでしょうか。


 そして、別に説明のタイミングを計っていたワケではないのでしょうが、ちょうどその努力の成果が応接間にやってきました。

 


「え? あ、あの……アレは?」


「ああ、ゴーレムの一種さ。私の魔力で動かしてるんだ」



 応接間のドアを開けて入ってきた謎の物体の正体は、全長1mほどの小型ゴーレム。以前、ルカ達が戦った巨大ゴーレムの第一形態を思わせるずんぐりむっくりとした丸っこい体型で、どこか愛嬌のある間の抜けた顔をしています。


 レンリのした努力とは、このゴーレム操作の魔法を覚えることだったのです。

 魔法の基礎的な部分に関しては、これまでの迷宮探索で『知恵の木の実』を食べて覚えたものに加え、書店で入手した魔法書で地道に勉強したりもしました。

 レンリは自分が楽をするために、寝る間も惜しんで新しい魔法を習得したのです。考えようによっては、魔法使いとしては一周回って正統派だったかもしれません。



「防水布で作ったカバーの中に綿を詰めただけの人形(ぬいぐるみ)なんだけど、なかなか良く出来てるだろう?」



 あえて命名するなら綿(コットン)ゴーレムといったところでしょうか。

 ちなみにレンリ自身はもちろん裁縫など出来ないので、素体となる人形作りに関しては職人街のお針子に外注していました。



「う、うん……あ、お茶どうも、です」



 ゴーレムは指がない丸い手を器用に使ってお茶を運んできました。

 恐らくはレンリが遠隔で指示していたのでしょう。 


 お茶のカップを落としてしまわないかと心配になる光景ですが、表面の布に伸縮性があり幾分の遊びを持たせているのか、必要に応じて丸い表面がぐにぐにと隆起して指の代わりとなっているようです。


 

「火を使わせるのは流石に危ないから控えてるけど、掃除や洗濯くらいなら結構できるんだよ。この家はそこそこ広いから自分でやろうとすると大変なんだ」


『この子達は働き者の良い子なのよ』



 離れた所からでも指示を出せますし、ある程度の思考力や判断力も備えています。

 ゴーレム達が働いている間は少なからずレンリの魔力を持っていかれることになりますが、そこは自分でやって肉体的に疲れるよりはマシという考え方なのでしょう。ゴーレムが家事をしている間に読書や研究に専念できる時間的なメリットも見逃せません。


 とはいえ、全部が全部任せ切りとまではいきません。

 ちなみに、今しがた運んで来たお茶は、朝イチにレンリが沸かして刻印魔法で保温しておいたお湯で淹れたのだとか。なにしろゴーレムそのものが全身可燃物なので、目の届かない所で火を直接扱わせるのは不安があるのです。



「見ての通り小さいし、力も私より弱い。動きも遅いから戦闘に使うのは無理だけどね」



 この世界の魔法とは努力によって習得できる技術ではありますが、個々の才能や適正によって習得難度や速度は大きく異なります。また、魔法自体は使えるようになっても適正の少ない術は必要とする魔力が多くなったり、操作精度が上がり難かったりするものです。


 残念ながらレンリはゴーレム操作の魔法にはあまり向いていなかったのか、あるいは単に練習量が足りていないのか、いつぞやの魔法兵達のようにゴーレムを戦闘用に使うのは無理そうです。

 主となる材料が軽い綿だったり、1mくらいのミニサイズにしたのは、増えすぎる魔力消費を抑える為でもあるのでしょう。


 ですが、それでもモノは使いよう。

 体躯の小ささは踏み台や棒状の道具である程度カバーできますし、力が足りなければ複数体で協力させる手もあります。それに何より家事の大半を任せられるというメリットは非常に魅力的だったようです。



「要は何事も使い道次第ってことさ」



 小さく弱いからといって、価値がないとは限らない。

 あるいは、視点を変えることで価値を見出すことは出来る。

 つまりは、そういう事なのでしょう。







 ◆◆◆







「そういえばウル君に聞いたけど、ライムさんのお姉さんがルカ君の所に泊まってるんだって?」


「うん……昨日、から」



 ゴーレムについての話が終わると、今度はタイムの話題になりました。

 レンリもライムには色々な意味で世話になっていますし、その身内であるタイムに興味を覚えるのも当然といえば当然でしょう。

 ルカとしては早めに劇場の件を頼みたいのですが、喋るのが不得意な彼女は聞き役に回りがちで、ついつい流されてしまいます。



「へえ、それなら私も挨拶をしておくべきかな。その人って今日はルカ君の家にいるのかい? まだ午前中だし、特に用事が無いのならこっちから出向いて――――」


「あ、それが……」



 今日はまだ昼前の早い時間ですし、レンリとしては今からでも挨拶に出向ければと考えていましたが、



「シモンさん、と……一緒に、街の領主さんの……お屋敷に」



 残念ながら、タイムは既に外出してしまったようです。




家事用の綿ゴーレムが汚れた場合は、軽い汚れならゴーレム達自身が交代で洗濯を、汚れがひどい場合は魔力を抜いてから廃棄されます。コスト的にはそう高いモノでもないので使い捨てにしたほうが運用コストが安く済むのです。どこか現代日本のブラック企業を思わせ……いいえ、なんでもありません。

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