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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
四章『響楽紅蓮劇場』

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ライムのご馳走


 途中、ちょっとしたアクシデントはありましたが、気を取り直した一行は予定通り第一迷宮に入りました。


 本来、武装も準備も無しに魔物の巣食う迷宮の奥へと進むなど、無謀の誹りを受けても仕方のない、決して褒められた行為ではありません。

 ごく浅い騎士団が巡回している安全な区画であれば、一般人が木材や山菜等を目当てに入ることはありますが、それでも普通は護身用にナイフや鉈くらいは持つものです。



『ふっふっふー、我にかかればこんなものなのよ』



 ですが、ウルが一緒なら危険は全くありません。

 なにしろ、第一迷宮『樹界庭園』はウルの体内にも等しい世界。

 歩きやすいように木々や草むらを進路上から避けさせて歩きやすい道を作ったり、魔物の位置を把握するなど造作もありません。命令を理解するだけの知能を持つ個体には命令して追い払うことも可能です。

 万が一、知能が低かったり極度に興奮して命令を受け付けない魔物がいても、この迷宮内であればウルは絶大な守護者としての戦闘力を十全に発揮できます。彼女がいる限り危険は無いでしょう。


 余談ではありますが、各迷宮内の防犯機構はこの命令権の応用みたいなもの。

 人間同士の傷害や盗難等の犯罪事件が発生した場合には、本体の迷宮が周囲の魔物に命じて犯罪者を死なない程度に痛めつけさせるのです。

 魔物だけで手に負えない場合は守護者が出る場合も稀にありますが、迷宮のルールは既に広く知られていますし、そう滅多にあることではありません。




 まあ、それはさておき森の中を歩くこと暫し。

 特に何の問題もなく、タイムは無事に妹のライムとの再会を果たしました。



「やあライム、久しぶり。会うのは五年ぶりくらいかな?」


「三年ぶり」



 ライムは突然の身内の訪問にも驚いた様子はありません。

 いつも通りの無表情で、問いかけにも淡々と答えるばかり。別に喜んでいないワケではないのですが、表情のバリエーションが乏しいので表面上からは分かり難いのです。


 ちなみにタイムの時間認識が大雑把なのは、彼女が特別にいい加減だからというだけでなく(その要素が全く無いとは言い切れませんが)、長生きをしている長命種族なら誰でも似たようなものです。

 まだ十代のライムの時間間隔は普通の人間と変わりませんが、何百年単位で長生きしていると一年や二年くらいはほんの誤差みたいになってくるのでしょう。

 


「よくこんな場所に住んでるね。不便じゃない?」


「そうでもない」



 ライムの自宅は、第一迷宮内の入口から十分ほど進んだ先にあります。

 一人暮らしということで広さは然程でもありませんが、ログハウス風の建物が一戸と石組みの燻製小屋と物置小屋。近くの川からわざわざ銅管(パイプ)を繋いで引いた簡易水道があったり、魔法で作った氷で冷やす簡易的な冷凍・冷蔵庫があったりと、それだけ聞いたらなかなか快適そうに思えるでしょう。


 ですが、実情は少し異なります。いえ、正確に言うならばライム本人はともかく、余人が快適に暮らせるかというと疑問は少なくありません。


 今回はウルがいたから楽でしたが、普通は森の中の道なき道を延々進むことになるので、それなりにハードな行程になるでしょう。何度か行ったことのあるルカはなんとなく方向が分かりましたが、途中で迷子になっても不思議はありません。

 それに道の問題は慣れれば解決するとはいえ、この迷宮には大小様々な魔物や野生動物がわんさと出現するのです。真っ当な神経をしていれば、こんな場所に住みたいとは思わないでしょう。わざわざそんな真似をせずとも、迷宮を一歩出れば安全で暮らしやすい学都の街が広がっているのですから。



「静かでいい。食材にも困らない」



 もっともライムに常識は通じません。

 賑やかなのが嫌いではなくとも、普段寝起きする分には静かな森の中のほうがリラックスできるというのが、この場を住処とする主な理由。実家の環境に近いのが良いのでしょう。

 住み始めた当初に散々狩ったせいか、この近辺の魔物はライムに気付くと即座に逃げ出してしまいますし、この家は彼女の縄張りと認識されているので近寄ってくる魔物もほとんどいません。

 襲われたとしても返り討ちにして食卓の彩りとするだけなので、むしろ獲物を探す手間が省けるというもの。絶対的捕食者。食物連鎖の頂点として君臨しているからこそ、安全で快適な生活ができるのです。




 今もライムはちょうど狩りの獲物を調理していたようです。

 タイムとルカ達が訪れた時も、ドアをノックしたら可愛らしいエプロンを着用した姿で出てきました。きっと何かの料理の最中だったのでしょう。白いエプロンに散った大きな血の跡がそこはかとなく不安を感じさせますが、ルカは努めて意識しないようにしました。

 


「ありがとう」


「え……? ……あっ、どういたしまし、て」


『お安い御用なの!』



 突然お礼を言われたのでルカは一瞬戸惑いましたが、どうやらライムは姉を案内してくれたお礼を言っているようです。

 彼女達と会っていなかった場合、恐らくタイムは街中で狩りや野宿をして、数日中には不審者として騎士団に通報されて連行されて、最終的にはシモン経由でこの場所に到着したかもしれませんが……まあ、無駄な手間を省けたのは良いことでしょう。



「お礼。今日はご馳走」



 夕食には早く昼食には遅い時間ですが、ライムは案内のお礼としてルカ達に料理を振舞うつもりのようです。単に一人では食べきれないほどの量があったから消費を手伝わせる気もあったのかもしれませんが、食事というのは一人より大勢で食べたほうが美味しいものです。



「すぐ用意する」



 もう準備はほとんど出来ていたのでしょう。

 台所に入ったと思ったら、すぐにその品を持って出てきました。



「めしあがれ」


『こ、これって……料理なのかしら?』


『実に野趣溢れる料理ですね……』


 

 分厚い木のまな板の上にドンと置かれた大量の生肉。

 滴り落ちる血が実にグロテスクです。食いしん坊のウルやゴゴも引き気味ですし、ルカは立ち上る血の匂いだけで頭がクラクラしていました。



「熊の刺身。山葵が合う」


「へえ、珍しいね。いただきます」



 調理したライム本人は無論、お腹を空かせていたらしいタイムも、ビジュアル的なインパクトに一切ひるまずパクパクと食べ始めました。

 山葵は迷宮内の清流に自生していたという天然物を、贅沢にも一人一本。

 表皮を剥いて棒状にした山葵を肉の合間にポリポリ齧りながら食べるという、ワイルドにもほどがある「ザ・蛮族」という感じの食事スタイルでした。ちなみにエルフという種族に獣肉を生食する文化があるワケではありません。単にこの二人の食嗜好が特殊なだけです。



『えっと、我はあんまりお腹空いてないのよ?』


「わ、わたしも……その……」



 出された物に口を付けないのも失礼とは思いつつ、ウルやルカはなかなか手が出せずにいます。その様子を見たライムは何を思ったのやら、



「大丈夫、この肉は安全」



 と、少々ズレた言葉を口にして安全アピールをしました。

 食べ難いポイントはそこではないのですが、確かに食の安全性は重要です。


 迷宮の獣は魔力を材料に自然発生する上に、生存の為の食事を必要としない特殊な生態をしています。中には食事を好んでする個体もいますが、まだ発生して間もない、魔力だけを活力源としているような獣は生食しても大丈夫なくらいには“清潔”なのです。

 ちなみに見分けるポイントは、消化器官の内容物や腸内の排泄物の有無。それらがカラッポであれば食しても毒にはならないでしょう。それでも獲物の種類によっては臓器や脳は避けたほうが無難ですが。


 ちょうど発生したばかりの獣が運良く見つかることは、そう頻繁にあることではありません。時間が経ったモノでも加熱調理をして美味しくいただきますが、生の刺身は迷宮に居を構えるライムでもあまり口にできないレアメニュー。

 肉の量はまだ百キロ単位でありますが、日が経つと別の理由で生食は難しくなります。新鮮な肉でないと雑菌が繁殖する恐れがありますし、すぐに臭みが出てくるのです。



「おや、キミ達は食べないのかい? なかなかイケるよ?」


「ん、美味」


『……ごくり』


『……美味しそうに食べますねぇ』



 元より人の姿を模しているだけのウルとゴゴは、何を食べても体調を崩すということはありません。見た目への忌避感から手を出しあぐねていましたが、エルフ姉妹の美味しそうな食べっぷりに興味を惹かれたのか、恐る恐る生肉に箸を伸ばしました。



『おお、意外と美味しいの!』


『脂に甘みがあります。なるほど、これは新鮮なうちじゃないと無理ですね』



 ぱくぱく、もぐもぐ、ばくばく、がつがつ。


 気付けばルカ以外は血の滴る生肉に夢中になっていました。純粋に食事を楽しんでいるだけなのですが、絵面的には邪教の儀式か何かと勘違いされそうな雰囲気です。



『我、知ってるのよ。こういうの「肉食系」っていうのよね?』


「な、なにか……違う気が……」



 本来の意味とはかけ離れた肉食系女子四人は、結局最後まで手を出せなかったルカを尻目に、満足するまで食べ続けるのでした。





肉食系(物理)

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