タイム
「おや、キミ達はライムの友達だったのか。それは重畳。ちょっと教えてもらいたいんだけれど、あの子の住処を知らないかい?」
全く偶然に知り合った者が別の知人の身内だった。
そんな時に人は世界の狭さというのを感じるものです。
今の彼女達はちょうどそんな状況でした。
「あ、はい……知って、ますよ」
ライムの住処は学都の街中ではなく、ウルが司る第一迷宮の森の中。
適度に静かでリラックスできますし、迷宮の防犯機構があるので盗難などの犯罪を気にする必要も無し。年間通して暑すぎず寒すぎない過ごしやすい気候。食材となる動植物も豊富にあって便利なので、ライムは勝手に家を建てて住み着いているのです。
まあ、普通は魔物が無数にうろつく迷宮に住もうなんて発想はないでしょう。そんな環境で快適に暮らせているのは、あくまで彼女の実力があってこそ。真似しようとは思わないほうが吉でしょう。
『あのお姉さんなら、今はお家にいるみたいよ。我が案内するの』
「おお、それはありがたい」
もはや守護者らしさはすっかり消えて俗世に染まったウルですが、その気になれば自分の迷宮内の様子や人の居所は簡単に把握できます。どうやらライムは現在自宅内にいるようです。
ライムはこの街の冒険者や騎士団の関係者の間では結構な有名人ですが、迷宮内にある住処の場所を正確に知っている者はあまり多くありません。
別に案内する義務はないのですが、ライムの姉であれば義理はあります。
というか、半端に教えて下手に迷子にでもなられたら、そちらの方が厄介です。ルカ達はレンリを訪ねる予定を変更して、皆で第一迷宮『樹界庭園』へ向かうことになりました。
◆◆◆
目的地の迷宮を目指すべく、街の中央にある聖杖へと向かう道すがら、
「ふむふむ、ルカちゃんにウルちゃんにゴゴちゃんか。お姉さんの名はタイムというんだ。改めましてよろしくね」
ライムの姉を名乗るエルフの女性、タイムは改めて自己紹介をしました。
妹と違って社交的で話し好きな性格なのでしょう。
個性的ではあるけれど悪い人物ではなさそうだと分かったからか、人見知りをするルカ含め、ウルやゴゴもすぐに気を許していました。
しかし、そうなると気になることも出てきます。
『それにしても、どうしてあんな所に寝ていたんですか?』
ゴゴならずとも、人が公園の植え込みの中で寝ていたら理由が気になるでしょう。
実際、三人も倒れているように見えた彼女を発見し、大いに慌てたものです。
「ああ、それには深い理由があるんだよ」
別に隠すような理由はないようです。
タイムは、先程の状況に至るまでの過程を歩きながら話し始めました。
「昨晩この街に着いた時には多少の路銀は残っていたんだよ。もう遅かったから妹の家を探すのは諦めて、夕食の後に適当な宿でも取ろうかと思っていたんだけど……」
『だけど?』
「夕食に入った居酒屋で、前から飲みたいと思っていた銘酒を見かけてね。結構値が張ったから宿代に取っておいた分も全部使って無一文になっちゃったのさ。まあ、別に外で寝ればいいやってね」
宿代に回すはずの所持金を、丸々酒代に費やしてしまったのだとか。
公園で眠っていたのは、単に他に泊まる場所がなかったからのようです。
『な、なんというか……』
『すっごいワイルドなの』
「う、うん……すごい、です」
「なぁに、この近くには森もあるし河もある。真冬ならともかく、今くらいの時期なら暮らすのに苦労はないさ。仕事で稼げるようになるまでは貧乏暮らしも長かったから慣れてるしね」
この口ぶりだと、ライムの手がかりが見つからなかったら、あのまま公園を拠点に野宿生活をするつもりだったようです。
エルフには狩猟採集の知識や技術に優れる者が多いのですが、普通は人里のど真ん中でわざわざサバイバル生活をしようとは思いません。妹とは違った意味で、タイムもまたエルフの中では変わり者に属する人物なのでしょう。
『タイムお姉さんは何をしてる人なの?』
「ああ、絵描きをしているよ」
『へえ、お絵描きは我も大好きなのよ!』
よくよく見れば、タイムの衣服には絵の具染みと思われる跡がチラホラと。本人曰く、ボロボロに使い込まれた旅行鞄の中には、スケッチ用の紙や画材などが詰め込まれているのだとか。
『我は芸術方面には疎いのですが、どのような絵を?』
「一応、風景メインではあるけど、人物でも本の挿絵でも興味が向けばなんでもやるさ。変わった仕事だと、知り合いに頼まれて料理屋の看板を描いたこともあったっけ。行きつけの店が五年くらい前に引っ越した時だったかな」
『へえ、どんな絵を描くか我も見てみたいの!』
「ああ、いいとも。今回は案内料代わりってことでロハにしておくよ。ほら、さらさら~、っと」
ウルに頼まれたタイムは鞄を開けると画用紙と鉛筆、小さめの画板を取り出し、器用にも歩きながら描き始めました。既に頭の中で構図を組み立てていたのか迷い無く手を動かし、
「ほら、出来た!」
そして五分もしないうちに絵が描き上がりました。
まあ、描き方が描き方ですし画材は鉛筆一本だけ。タイムとしてもお遊びの落書きみたいなものですが、流石プロというだけあって即興とは思えないほど見事な出来です。
「どうだい、キミ達を描いてみたんだけど?」
今回の題材はルカ達三人。
描き上がった画用紙を受け取った彼女達は、
『め、めちゃくちゃエロいのよ!?』
『こ、これが芸術というものですか。どうやら、我にはまだ早いようですね』
「…………っ!?」
その作品を一目見るや顔を真っ赤に染めました。自分達のヌードが、なんとも扇情的なポーズで描かれていたのですからその反応も無理はありません。
具体的には三人の間に百合の花が咲いたり喜増の塔が立ったりしそうな感じの構図です。服の下の諸々の凹凸やサイズなども、観察と想像によってか驚くほど正確に実物を再現していました。
これはあくまで裸婦画というジャンルの立派な芸術作品であり、何ら恥ずかしいモノではない……とはいえ、慣れているプロのモデルでもなければそう簡単に割り切れるものではないでしょう。
いつも飄々として冷静なゴゴですらも照れを隠せないでいますし、恥ずかしがりのルカに至っては言葉も発せないほど動揺している様子。
「うん、即興にしてはなかなか良く描けたよ。ふふ、やっぱり若い子はいいねぇ。筆が進む進む」
そんな三人の反応を全く気にせず、タイムはなんとも楽しげな笑みを浮かべていました。
◆◆◆
『そうだ、例の絵をルカさんだけの構図で描き直してもらってから、ルグさんに送ってみるのはどうです? 異性として意識するキッカケになるかもしれませんよ?』
『おお、それはインパクトあるの!』
「ぜ、絶対に……無理……っ」
戦闘力特化の妹とは別の方向に逞しいお姉さん(推定年齢260歳超・独身)
気に入った美少女or美少年のエロい絵を勝手に描いて本人に見せ、恥じらう様を楽しむ趣味がある
明日の更新は私用によりお休みです




