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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
四章『響楽紅蓮劇場』

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エスメラルダ大劇場


『あ、そういえば例のブツはどうなったのかしら?』


 作戦会議という名のお茶会も一段落し、ぼちぼち解散しようかという頃。ウルがそのような問いをルカに投げました。



「そ、それが……今日も、買えなくて……」


『随分と品薄みたいですね。我も正直甘く見てました』



 ウルが言う『ブツ』とは商業区にある劇場、正式名称『エスメラルダ大劇場』の観覧チケット。もうじき始まる公演に「たまたまチケットが余ったから」などという口実でルグや皆を誘う案があったのですが、余るどころか未だに買えてすらいない状況でした。


 ルカもここ数日は毎朝早くから劇場前に並んではいるのですが、そこですんなり買えるワケではありません。並んで得られるのは抽選券だけで、そこで当選してようやくチケットを購入する権利を得られるという仕組みなのです。

 ちなみに当選後の購入順序については当選者同士での先着順。そのタイミングで、まだ埋まっていない範囲内での席指定も出来るようになっています。


 大抵の演目であれば、そこまで面倒な手順を踏む必要はなく普通にチケットを買えるのですが、今回は世界的にも人気の歌手や役者が多数出演する大イベント。しかも、今回の学都(アカデミア)での公演では某国の有名作家が手がけた新作脚本ということで、それはそれは大層な注目を集めていました。


 その盛り上がりたるや、近隣の町村から抽選に参加する為だけにわざわざ何時間も、あるいは何日もかけて学都を訪れる者がいる程。ガチ勢は抽選に参加する為だけにわざわざ休暇を取って宿に連泊しているというのですから、本気を出した趣味人の気合とは凄まじいものです。


 観劇を密かな趣味とするルカは、仮に「作戦」のことがなくとも観たいとは思っていましたが、学都周辺にこれほどの数の同好の士がいたのかと、初めて並んだ日には随分と驚いたものでした。

 新聞や口コミ等でも話題を呼んでいますし、元からの演劇ファン以外でも軽く興味を持った程度のライト層が抽選倍率を上げる要因になっているのでしょう。


 チケットの販売方法に関しても、通常の先着順にしていては買い占めや転売など良からぬ企ての温床となりかねません。このG国ではいわゆるダフ屋行為は軽犯罪に該当するのですが、確実に儲かるとなれば手を出そうと思う者も出るでしょう。


 出さなくてもいい犯罪者を出すのは、誰にとっても良い結果を生みません。

 抽選方式を採用したのは、劇場側としても苦肉の策なのです。



『それにしても……ルカさんってクジ運悪いですよね』


「う、うん……あんまり、自信ない……」


『運任せで二人分以上の席を確保するというのは現実味がなさそうです』



 ゴゴの指摘通り、ルカのクジ運はとても良いとは言えません。

 内面の自信の無さが見た目の印象にも表れているのか、もう見るからに薄幸そうなイメージがあります。

 レンリあたりなら「抽選なんて所詮は確率の問題なんだから、いちいち気にしても仕方がないよ」なんて言いそうですが、さりとて論理的に割り切ったところで当選確率が上がるワケでもありません。



「残念……観たかった、な」


『むぅ、そんなに面白いなら我も観てみたかったの』



 まだ抽選日は少し残っているのですが、ルカは既に敗北ムード。完全に諦めが入っていました。ルグとの件に関して言うならば、ダメ元の策が一つ失敗した程度なので大したダメージがあるワケではないのですが、一ファンとして純粋に残念なのでしょう。話している間に興味を惹かれたのか、ウルも一緒になって二人仲良く落ち込んでいました。




『やはり、正攻法では無理そうですね。念の為、調べておいた甲斐がありました』



 しかし、ゴゴには諦めた様子はありません。

 正攻法でダメならば、他の手段で目的を達すれば良い、運任せの抽選に因らない手段で席を確保すれば良いのです。



『昨日、あの劇場の職員の方に伺ったんですが、どうも抽選で決まる一般席以外に貴賓席というのがあるそうなんですよ』



 貴族が平民を好き放題に害しても不問になるような極端な身分制度は、この時代の多くの国では既に過去のものとなっています。ですが、それでも王侯貴族の権威は依然健在。平民との垣根というものは、良くも悪くも色濃く残っているのです。


 ゴゴは貴賓席についての話を続けます。



『それで、ここからが肝心なんですけれど……貴賓席には勿論抽選なんてありませんし、本人以外の従者も入れるそうなんですよ』



「じ、従者? ……あっ」



 『エスメラルダ大劇場』の貴賓席。

 いえ、より正確には『貴賓室』とでもいうべきかもしれません。

 その空間はガラス張りのサロンのような場所になっています。腰掛けるのは、一般席のように狭苦しい座席ではなく広く柔らかなソファ。貴賓席側の音や匂いはガラスで遮られるので、飲食や歓談をしながらゆったり優雅に舞台を観賞できるという寸法です。


 一般席とは完全に区分けされているので、そもそも抽選に参加する必要すらありません。貴族同士にも身分の高低はありますし、下位の者は最初から立ち入らないよう気を遣うことも無いではありませんが。


 そして、ここからが肝心なのですが、そんな身分の者達が一人で出歩くはずもありません。どこぞの王弟(シモン)殿下は気軽に一人で行動していますが、それは極めて稀な例外なので気にしてはいけません。


 大抵は執事や侍女、秘書、護衛等々をゾロゾロ引き連れてくるものです。

 そうした使用人は多くの場合平民ですが、だからといって貴賓席への立ち入りを禁止してしまえば貴人の世話をする者がいなくなってしまいます。

 なので、表向きは王侯貴族しか入れないような空間であっても、その家臣としてならば立ち入ることが出来るのです。


 そうした考えを今回の件に当てはめるならば、



「シモンさん、に……お願いしてみる、ね」


『ええ。我も観たいので一つよろしくとお伝えください』


『あ、それなら我も、我も!』



 頼むのはレンリでも問題ないかもしれませんが、外国の貴族令嬢である彼女とこの国の王族であるシモンなら、後者に頼んだほうが成功率は高いでしょう。全員まとめて彼の家臣という名目で貴賓席に入り込んでさえしまえば、あとはのんびり観劇を楽しめるはずです。

 ズルをしているかのようで、小心なルカとしては気が咎めないこともないのですが彼女にしては珍しく、今回は自分の欲を優先する気になっていました。








 ◆◆◆







 現在シモンはアルバトロス一家の面々と同居中。

 正確には彼が個人的に所有する屋敷に居候させているという形です。


 ルカは帰って早々、シモンに貴賓席の件を頼んでみました。ちなみにルグに懸想していることを知られるのはまだ恥ずかしいので、単に観たい演目があるからと誤魔化しています。


 しかし、ここで予想外の問題が起こりました。



「げ、劇場にっ!? ……いや、その、なんだ。ルカ嬢には本当に悪いと思うのだが、俺は舞台とか演劇とかに良い思い出がなくてな。なるべくなら近寄りたくないのだ。力になりたいのは山々なのだが……いや、本当にすまぬ」












◆◆◆◆◆◆


《オマケ》


挿絵(By みてみん)


今更ですが、オマケ漫画の時系列は本編と異なりますので。

一コマ目のルグの剣は一章で使ってた魔物の鹿の角を加工したヤツです。


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