送別会③
十数年という時間は、人間にとっては決して短くありません。
成長や老化に伴う容姿の変化。
周囲の人間関係や環境の変化。
生きるということは、すなわち変わり続けるということなのでしょう。それは寿命の長短を問わず、およそあらゆる生物にとって同じ事。
とはいえ、毎日のように顔を合わせている相手なら、案外その変化にも気付かないもの。変わり続けているとはいえ、日々の違いは極々小さなものなのです。
普段から頻繁に顔を合わせる者同士であっても、いえ、だからこそ変化に気付かないということもあるのでしょう。
◆◆◆
「いや、これは流石に誰か気付くべきだと思うのだが」
シモンの言葉を聞いた一同は、何を言っているのか分からないという風に、キョトンとした表情を浮かべるばかり。きっと、本当にその異常に気付いていないのでしょう。
きっと日々の変化は本当に少しずつで、それゆえに迷宮都市で生活している皆は違和感を感じなかったのかもしれません。シモンが気付けたのも、普段は他の街で生活しており、久しぶりに顔を合わせたから違いが大きく感じられたこそ……かどうかは不明ですが。
「あら、シモン様。何かワタクシにおかしな部分でもありましたでしょうか?」
「いや、おかしな部分というか……貴女も自覚はないのだろうか?」
「はて?」
ここでシモンは少しばかり言葉を濁しました。
女性の年齢や容貌に関する指摘というのは非常にデリケートな話題になります。
下手な言い方をすると、相手の不興を買ったり傷付けてしまいかねません。この相手は、そういう事を気にするタイプではありませんが。
現在シモンが相対しているのは、周囲の皆から「神子」と呼ばれている雪のように真っ白い髪の女性。ちなみに、本名は別にあるらしいのですが、それを知る者はほとんどいません。
神が明確に実在し、度々人間の世に干渉してくるこの世界において、宗教を司る神殿組織は非常に強い力を持っています。各地の信者や施設から集まる資金や情報を差配する立場にある高位の神官ともなれば、その権威は下手な王侯貴族すら上回ることでしょう。
まあ、権威を笠に着て私欲に走れば、それこそ天罰として神直々に罷免されかねないので、大抵の神殿関係者は真面目に職務を果たします。金儲けがしたいのならば、最初から商売でもしたほうがよっぽど効率が良いのです。
……で、そんなご大層な神殿組織において、実質的に教皇以上の最重要人物とされるのが、現在この場でニコニコと食事をしている神子。その情報は一般に公開されてこそいないものの、ある意味では神に等しい存在とすら言えるでしょう。
そんな人物に対し、気は進まなくとも見ないフリもできなかったシモンは、とうとう観念して気になった点を指摘しました。
「いや……どうして貴女が若返っているのに誰も気付かんのだ?」
神子の推定年齢は二十代の後半。
大体、リサと同じくらいの年頃のはずです。
しかし現在の彼女の容姿は、かつて魔王達と出会った頃とほぼ同じ十代の半ばから後半程度。現在十八歳のシモンより年下に見える程に若々しかったのです。
ずっとその容姿を維持していたのなら、シモンもそこまで強く違和感を覚えなかったかもしれません。ですが、前回迷宮都市に戻ってきた際やそれ以前、少なくとも半年ちょっと前までは、相応に年を取っていたはずなのです。その時はその時で実年齢に比して若々しくはありましたが、それでも十代の少年少女と見紛うほどではありませんでした。
「あら、言われてみれば?」
「ホントだ、言われてみれば」
「言われるまで全然気付かなかったです」
台詞は前から神子本人、リサ、アリスの順。
誰一人として十年相当のアンチエイジングに気付いていなかったようです。おおらかと言えば聞こえは良いですが、どいつもこいつも見事なまでに節穴でした。
「しかし、貴女自身にも心当たりはないのか」
「ええ、お恥ずかしながら。ああ……いえ、少々お待ちを」
当の神子本人にも若返りの理由は不明でしたが、原因についての心当たりはあるようです。シモン達に少し待つように伝え……そして、彼女が纏う雰囲気が一変しました。
『……あら、ここは迷宮都市の? わたくしに何か御用でしょうか?』
「ええ、ワタクシの身体のことで少しお尋ねしたいことがございまして」
まるで誰かと話しているかのようですが、現在この場で喋っているのは神子一人。
事情を知らない者からすれば、一人芝居のように見えるでしょう。
『貴女の身体のこと……ああ、アレですか。え? っていうか、今まで気付いてなかったんですか?』
「はい、お恥ずかしながら」
現状を正確に表すと、神子自身と、彼女の身に憑依した女神が話している状態。
魔法の分野にも降霊術はありますが、神降ろしはその最高峰。
神子とは、肉の器を持たない神が現世で活動するための依代なのです。
『ええ、わたくしが少しばかり力を使って貴女を若返らせました』
そして、特に隠す気はなかったのか犯人(犯神?)はあっさり自白しました。
「はあ、それは何のためにでございましょう?」
『少し前に可愛らしいお洋服を見つけまして、わたくしもたまにはお洒落をしてみたいと思ったのです。ただ、二十代の頃の貴女の身体だとイマイチ似合わなかったもので、健康に害のない速度で少しずつ若返らせてみたのですよ』
「ああ、そういえば、いつの間にか箪笥にお洋服が増えていましたわね」
女神を降ろす場合、意識がある状態だと肉体の所有者である神子が動作の主導権を握っていますが、眠っている場合など意識がない状態ならば神子本人に気付かれず自由に動き回れるのです。この分だと、本人が知らない間に身体を借りて、あちこち遊び歩いているのかもしれません。
『あ、あの……怒らないですよね? わたくし、今回は何も悪いことしてませんよ?』
「そうですわね。まあ別に困ってはいませんし、どちらかというと得をした気もしますから、今回は不問ということにしておきましょう」
『……ほっ』
やけに低姿勢かつ卑屈な様子で女神が神子の機嫌を伺っていました。まるで主従関係が引っくり返っているかのようですが、深く気にしてはいけません。この二人、いえ、一人と一柱にも色々あるのです。
「シモン様、そういう事だそうですわ」
「うむ、大変よく分かった」
途中から完全に置いてけぼりにされていましたが、傍で一人コントもどきを見ていたシモンにも事情は分かりました。特に危険や問題がないのなら、彼からこれ以上言うことはありません。
『シモン? ああ、シモン王子もそこにいたのですね』
「ええ、今日はシモン様とライム様の送別会で集まっているのですわ」
……が、今日は珍しいことに女神がシモンに関心を示しました。
『最近はあの子と仲良くしていただいているようで、ありがとうございます』
「はて、あの子というと?」
『ええと、ほら一つめの迷宮の』
「ああ、ウルのことか。いや、こちらこそ彼女には世話になっている」
シモンは最初「あの子」が誰のことを指すのか分からなかったようですが、「迷宮」というキーワードが出てくるとすぐに気付いたようです。
『あの子達は言わば、わたくしの子供のようなもの。よろしければ、これからも仲良くしてあげてくださいね』
世界を司る者としてはどうにも頼りない部分の多い女神ですが、それだけは真摯に、まるで子を想う母親のように告げました。
◆伏線らしき情報を撒きつつ番外編はこれにて終了。いずれ、こちらのキャラが再登場したり「アカデミア」の本編に絡んでくることもあるような気がします(曖昧)。
◆四章の開始は一月中にはどうにか。ストーリー的には主にラブがコメったりする予定です。なるべく早く再開できるように頑張ります。
◆今年も一年ご愛読ありがとうございました。
来年もどうかよろしくお願いします。それでは、よいお年を!
 




