送別会①
シモンとライムが迷宮都市に戻ってから、もう一月近くが経ちました。
親しい人々と過ごす日々は実に快適で、最初のうちは落ち着かなかった様子のシモンも仕事中毒が幾分マシになってのんびりと夏休みを満喫できたようです。
しかし、そんな日々もいつかは終わりを迎えます。
学都の様子も気にかかりますし、そろそろ帰ろうかという話が出たのは自然な流れだったのでしょう。シモン達は鉄道の切符を予約すると、友人知人に迷宮都市を離れて学都に戻る旨を伝えました。
◆◆◆
二人が学都に帰る前夜。
魔王の店には大勢が集まり、シモン達の送別会が開催されました。
予約した列車が出るのは翌朝の日の出頃。見送りにくるには厳しい早朝ということもあってか、今日のうちに大勢が餞別の品を持ち寄っています。
各テーブルには所狭しと魔王の料理が並んでおり、店内は非常にゴチャゴチャした雰囲気になっていました。
「わぁぁぁん! 帰っちゃやだぁぁ!」
「ダ、ダメだよ、アリシア。そんな風に泣いたら……わぁぁん!」
「こらこら、二人とも。あまり困らせてはいけませんよ」
この場で一番別れを悲しんでいるのは魔王一家の子供達でした。
普段は明るいアリシアも、年の割りに落ち着いているリヒトも、それはもう全力でワンワン泣いています。アリスやリサが宥めても一向に泣き止みそうにありません。大好きな「お兄ちゃん」や「お姉ちゃん」とのお別れがよっぽど寂しいのでしょう。
「なぁに、また少ししたら戻ってくるとも」
「……ほんと?」
「ああ、約束しよう」
「ん、またすぐ会える」
その気になれば半日で行き来できる距離なのです。
シモンの休暇もまだ当分残っていますし、しばらく学都の様子を見に戻って、それから休暇が明ける前にまた顔を見せにくることもできるでしょう(転移を駆使すれば毎日でも会えるのですが、無闇に乱用して人目につくと周囲への説明が大変なので自重しています)。
シモン達に宥められて少しは大人しくなったものの、まだしばらくの間は子供達も泣きべそをかいていましたが、
「あ、二人とも泣きつかれて寝ちゃいましたね」
「じゃあ、今のうちに二階に運んじゃおっか」
大泣きしたせいか、食事の途中なのに疲れて寝てしまったようです。
母親二人は慣れた手つきで起こさないように抱えると、そのまま子供達を上階の寝室へと運んでいきました。
◆◆◆
魔王一家の面々が席を立った後で、シモン達は知り合いの冒険者達が集まった卓に挨拶に出向きました。テーブルの上には普通の料理や酒も多少ありますが、甘いお菓子やジュースなどが妙に沢山置かれています。
「おお、久しいなガルド殿」
「おひさ」
「よお、元気そうだな」
ガルドという人物はシモン達も一目置いている実力者。
この迷宮都市のみならず、近隣諸国の冒険者なら知らぬ者はいないほどの有名人です。すでに齢六十を超え、髪に白いものが混ざり始めていましたが、長身のシモンが見上げるほどの巨躯は分厚く張りのある筋肉に覆われています。
かといって単なる怪力バカではなく、徒手格闘の技術に関しては達人中の達人。しかも年々衰えるどころか実力は右肩上がりに増す一方。もしかしたら今のシモン達でも勝てないかもしれません。
「そういえば、向こうでガルド殿の弟子だという少年と知り合ってな」
「弟子? 誰だ? 弟子っても、軽く教えたくらいのを含めると千人くらいいるからな」
「ほら、赤毛で背丈が低めの」
「良い子」
「ん、ああ、分かった。アイツか」
少し前、ちょっとした偶然をきっかけにライム達が知り合った少年少女がいました。その中の一人が偶然にもガルド氏の弟子だったのです。
「はは、世間ってのは狭いもんだな」
「うむ、全くだ」
意外な偶然に気を良くしたガルド氏は、大ジョッキに注がれたクリームソーダを傾けて、グイっと一息に飲み干しました。
多分、番外編は次で終了です。
あと何人か前作キャラの現状に触れる感じで。




