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シモンとコスモスとランチ


 経緯はさておき、旧知の友人であるコスモスと再会したシモン。

 時刻はちょうどお昼時。彼女もまだ昼食を摂っていなかったということで、二人でコスモスの勧める料理店に行く流れになりました。



「ふふふ、この店はなかなか面白いのですよ」


「ほう? それは楽しみだな」



 シモンの反応はお世辞ではありません。

 コスモスは自ら料理をすることもありますし、頭や言動はともかく味覚に関しては信用できます。彼女がオススメする店ならば味に間違いはないでしょう。



 人気のある店ならボチボチ混み合いだす頃合ですが、幸い並ぶことなく席に通されました。立地は決して悪くないのですが、客入りはそこまででもないようです。

 清潔な店内には食欲をそそる香りが満ち満ちています。



「メニューはお任せでよろしいですか?」


「ああ、お前と同じ物ならハズレはなかろうしな」



 初めて入る店で何を頼むかというのは、案外悩ましい問題です。

 前情報や目当てのメニューが最初からあればともかく、一切の予備知識が無い状態では何が美味しいのかの判断は難しいものです。

 ならば、自分で選ぶのではなく既に来たことがある他者に選択を委ねるというのは、それほど誤った判断ではないでしょう。普通なら。


 コスモスは店員を呼んで注文を伝えると、さほど待たずに料理が運ばれてきました。



「コンソメスープでございます」


「ふむ、美味いな」



 一品目は澄んだ琥珀色のコンソメスープ。

 牛骨や牛のスネ肉、卵白、様々な野菜を長時間煮込んだ手間隙のかかった一皿です。いえ、スープ皿ではなく大きめのマグカップに入って出てきたので、一皿ではなく一杯と称したほうが正確ですが、まあ些細な問題でしょう。

 

 カップを傾けてスープを口に含むと、とても豊かな風味が感じられます。

 手間を惜しまず丁寧な仕事をしているのでしょう。

 余分な雑味や重さはなく、飲む度に食欲が増していくかのようです。


  

「サラダでございます」


「サラダ……いや、野菜ジュースだろコレ?」



 次に出てきたサラダから雲行きが怪しくなってきました。

 店員が運んできたのは、野菜ジュースと思しき液体が入った大ジョッキ。

 風味からするに酢や油の類で調味はされているようですし、野菜を加工した物である以上、これをサラダであると強弁できなくもないのかもしれませんが……、



「まぁまぁ、味はほぼ普通のサラダですし」


「うむ、それはそうなのだが……」



 別に味に問題はありません。

 トマトやレタスやキュウリなんかの野菜にドレッシングを加えたような、ごく一般的な生野菜サラダの味がします。

 ドリンク枠ではないのが不可解ですが、二人はグイっとジョッキを傾けて、サラダ味の液体を飲み干しました(余談ですが、一般に「サラダ味」という表記が使われる場合には野菜は特に関係なく、複数種類の植物油をブレンドした「サラダ油」の事を指します)。




「肉料理でございます」


「……いやいやいや、流石にこれはないだろう」



 次のメインディッシュも何故かジョッキで出てきました。

 これには努めて冷静さを保とうとしていたシモンも頭を抱えます。



「これを肉料理と言い張るのか……」



 大ジョッキの中には牛肉の匂いがする茶色い液体が満ちています。

 塩コショウで下味を付け、適度にこんがり焼いたステーキをミキサーにかけてドロドロのペースト状にし、肉汁や調味料で作ったソースで適度に延ばしたら多分こんな感じの物体になるのでしょう。



「出来れば固体の段階のを食いたかった……」


「ふふふ。ほら、面白い店でしょう?」



 ここに至ってシモンもようやく気付きました。

 先程のサラダといいスープといい、恐らくこの店は全部の料理を液体の形で提供するのがコンセプトなのでしょう。

 思い起こしてみればコスモスも、この店を「美味しい」ではなく「面白い」と評していました。お昼のかき入れ時だというのに客入りがイマイチなのも納得です。



「味は普通にステーキですね。なかなかイケますよ?」


「そうか……まあ、残すのも悪いしな」



 シモンは覚悟を決めて液状のステーキをゴクリと飲み干しました。

 先入観を捨て、美味しいか不味いかで言ったら決して不味くはないのですが、



「歯応えが欲しい……硬いスジ肉とか食いたくなってくるな」



 肉の味がするのに全く歯応えがないというのは、どうにも落ち着きません。今ならば乾いた木の板のような干し肉や、安いだけが取り得の硬いスジ肉だって美味しく食べられそうです。


 

「それに、全部液体だと腹持ちも悪いだろう?」


「ふむ、確かに若干の物足りなさはありますね。今後のメニュー作りの参考にさせて頂きます」


「む、何故お前が……いや、なるほど、そういう事か」


「ええ、この店は私の個人的な所有物ですので」



 迷宮都市の内外を問わず多くの事業に投資しているコスモスは、魔王の店とは別口の飲食業にも手を出しています。全力でネタに走っているこの店も、彼女がオーナーだというのなら色々な部分に納得がいきました。



「まあ、元々は歯の弱いご老人や病院に卸す入院食の開発が目的だったのですが、つい勢い余ってしまいまして」


「そうか、勢い余ったのか。それならば仕方ないな」


「ええ、仕方がないのです」



 コスモスがシモンを連れてきたのは、困惑する彼の反応を見て楽しむためだったのでしょうが……シモンはそれも全部分かった上であっさり受け入れました。


 外見だけなら絶世の美女ですが、コスモスの行動原理は基本的にイタズラ好きの子供そのもの。彼女がこんな風に誰かをからかうのは、ある程度以上に親しく、好ましく思っている相手だけです。それに距離感の測り方が上手いので、相手が本気で嫌がることはしません。

 割り切って一緒に楽しもうとする分には、それはそれは愉快な人物なのです。シモンや長い付き合いの皆は、だからこそ、なんだかんだ彼女と仲良くしているのでしょう。


 




「デザートでございます」


「ジョッキ一杯の生クリームだと……!」


「デザートに関してはもう少し工夫が必要そうですねぇ」



 まあ、コスモスと行動を共にしていると物凄く疲れるのも確かなのですが。

 デザートとして出てきた砂糖入りの生クリームを飲み干し、死ぬほどの胃もたれと胸焼けに苦しみながら、二人はライムとの待ち合わせ場所でもある魔王の店へと向かいました。



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