シモンとコスモスとセミ
宿の手配を済ませて荷物を置いたシモンが、約束の時間前にどこかで昼食でも済ませようかと気の向くままに歩いていると、道端の街路樹にしがみつくようにして登っている知り合いの姿を見かけました。
女性としてはかなりの長身。
腰下まで伸ばした銀髪を青いリボンで纏めています。
すれ違う十人中十人が思わず振り向いてしまうほどに整った、あまりに整いすぎた容姿は宝石のような無機質な美しさを思わせました。
髪と同じ銀色の瞳や感情を窺わせない無表情も、そういった印象を一層強めています。およそ人体のバランスとして完璧な、一切の欠点が見当たらないほどの浮世離れした美女でした。
周囲の通行人は完全に危ない人を見る目をして遠巻きに眺めるばかりで、誰一人として近寄ろうとはしません。いくらスゴイ美人であっても……というか、容姿自体は美しいからこそ異様さが一際強く感じられます。普通の感性をしていれば、関わり合いにならずにいたいと思うのも無理はないでしょう。
「……コスモスよ。お前、いったい何をやっているのだ?」
「おや、誰かと思えばシモンさまではありませんか」
シモンとしても気付かなかったフリをして通り過ぎたいという気持ちはあったのですが、これでも一応は長い付き合いの友人です。あまり不義理にするのも気が引けます。
それに、例え今スルーしたとしても近いうちに顔を合わせるのは確実。
なにしろ、この銀髪の女性コスモスは魔王の娘、あの色々とおかしな一家の一員なのです。午後に再訪するつもりである以上、どうせ数時間後には会うことになるでしょう。
「はて、なんだか疲れた顔をしておりますな? 暑い日が続いていますし夏バテでもされているのでしょうか」
「いや、いま急に疲れたというか……まあ、とりあえず降りてこい」
何故だか頭を下向きにした逆立ち状態で木に登っていたコスモスは、シモンの呼びかけを受けると長い手足を器用に動かして降りてきました。パンツルックなのでスカートがめくれる心配はありませんが、それ以外の部分が色々と不安になってきそうです。主に頭とか。
「……で、何をしていたのだ?」
「ええ、夏ということでセミ取りを少々嗜んでおりました」
見れば彼女の腰には虫カゴらしき箱が提げられています。何故街路樹でやっていたのかとか、どうして上下逆さに木に張り付いていたのかはさておき、どうやら昆虫採集に精を出していたようです。
「ああ、そういえば世の中にはセミの類を食する地域もあるとか。食べますか?」
「い、いや、俺は遠慮しておく……」
「やれやれ、もうお仕事もされているいい年だというのに、シモンさまは何歳になっても好き嫌いが治りませんねぇ」
「そもそも、セミを食材として認識してないからな!?」
「ちなみに私は全く食べる気ありませんので。捕まえた時点で満足です」
「理不尽!?」
まだ再会してから一分も経っていないのに、見る見る間に精神力が削られていきます。正直、シモンは早くも話しかけたことを後悔し始めていました。
「さあ、セミ達よ、大自然の中にお還りなさい。もう捕まってはいけませんよ。ああ、ですが昔話の定番よろしく逃がしてくれた親切な人、つまり私のところにどうしても恩返しに来たいというのであれば、お礼を拒むつもりはありませんので何卒よろしくお願い致します」
「いや、厚かまし過ぎるだろう! 人生の中でセミに同情したのは初めてだぞ!?」
シモンの困惑に気付いているのかいないのか、遊び終えて満足したらしいコスモスは虫カゴの中のセミ達を解放しました。手を合わせて拝みながら、逃げるセミ達にお礼の催促をしていることについては、気にしたら負けです。スルー能力が試されます。
この辺りは大自然どころか大都会なのですが、近辺にはそれなりに自然のある公園や個人宅の庭などもありますし、セミ達もきっと何処かで安住の地を見つけてくれることでしょう。まあ、どうせ長くて二週間後くらいには死んでしまうのですが。




