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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
番外編

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ライムと両親


 シモンと別れた後、迷宮都市から故郷のエルフ村に転移したライムは、真っ直ぐ実家へと向かいました。迷宮都市や学都とは比べ物にもならない小さな村です。通りすがった村の住人達に軽く挨拶をしながらテクテク歩くと、ほどなくして懐かしの生家へと辿り着きました。



「ただいま」


「「あ」」



 玄関の木扉をガチャリと開けると、衣服を大きくはだけたライムの両親が至近距離で密着していました。夫婦なのですから何もおかしい事はありませんが……まあ、つまり、まだ正午前の早い時間から気分が盛り上がって愛情を交わし合うべくアレコレしようとしていたのでしょう。



「「「…………」」」



 肝心な行為に及ぶ前だったようなのはまだしもの救いですが、それでも非常に気まずい沈黙が流れます。親としても子としても、この状況で下手に誤魔化そうとすると逆に傷口を広げることになりかねません。


 思案の末、ライムは何も言わずに玄関を出て扉を閉めました。

 そのまま三分間ほど外で待ってから。



「ただいま」



 まるで、何事もなかったかのように最初からやり直しました。まあ、深く追求しても誰も幸せになりません。何も見なかったことにするのが賢明でしょう。

 ライムはキチンと気遣いのできるエルフなのです。



「あ、あら、おかえりなさい」


「……おかえり」



 キチンと服を着た両親もライムの無言の気遣いを受けて、何事もなかったかのように久々に帰ってきた娘を出迎えました。言葉の端々に多少の動揺が見られるのは仕方がないことでしょうけれど。



 ともあれ、ライムは久々の実家で両親と再会しました。

 饒舌で明るい母とライム同様に寡黙な父。

 長命種族であるエルフだけあって、既に結婚してから三百年近く経つというのに、どちらも若々しく健康な姿をしています。人間の外見年齢に当てはめるなら、二十代後半から三十くらいでしょうか。



「しばらく泊まる」


「そうか」



 久々の再会だというのに、父娘の会話は非常に簡素。



「お土産」


「む、感謝」



 お互い最低限の言葉しか口にしません。

 別に仲が悪いワケではなく、ライムがもっと幼い頃からずっとこんな具合なのです。




「ねえ、一人暮らしは大丈夫? 何か困ってたりしないかしら?」



 これが母娘のやり取りになると多少は会話も長くなります。


 ライムは現在十九歳。

 人間ならば多くの国では成人として扱われる年齢ですが、エルフとしては若輩も若輩。身体こそ大きくなりつつありますが(エルフの成人女性の平均よりは少し、かなり小さめですが)、エルフの社会ではまだまだ子供として扱われる年頃です。保護者としては離れた街に一人暮らしをさせるのに抵抗が無かったワケではありません。


 ちょっと護身術を習わせるくらいの気持ちで気軽に迷宮都市に通わせていたら、いつの間にか両親や村の長老達よりも遥かに強くなっていたとはいえ、親としては複雑な心持ちなのでしょう。



「大丈夫」



 ライムとしても心配して貰えるのはありがたく思っているのですが、今は学都に、というかシモンの近くにいることが優先事項なのです。その理由に関しては、まだ誰にも語っていませんが。



 それに子供のうちに広い世界を見て回り、見聞や交友を広げるのは決して悪いことではありません。両親や村の人々も、最終的にはライム自身の意志を尊重して送り出したのです。

 まあ、仮に止めようとしたら、相当に頑固な彼女は力尽くでも出て行ったでしょう。下手に意固地にさせるよりは、穏便に送り出したほうが余程マシという冷静な判断もありました。



「あ、そうそう。先週まではタイムも帰ってたんだけど、また出かけちゃったのよ」


「そう」



 タイムというのはライムの姉。

 かなり前から森を出て、あちこち旅をしながら画家をしている女性です。時折、迷宮都市やこの村にも帰ってくるのですが、今回は残念ながら入れ違いになってしまったみたいです。



「今度は学都の方まで行くって言ってたから、もしかしたら向こうで会えるかもしれないわね」


「そう」



 ライムはあまり期待をせずに返事をしました。

 勿論、会えるなら嬉しいのですが、問題は別の部分にあります。

 その姉は芸術家肌と言えば聞こえはいいですが、気紛れな性分でその場その場の思いつきで気軽に行き先を変えるのです。


 長命種族のタイムスケールの大きさと、自由奔放な気質が合わさったが故の無軌道・無計画。この家にも毎週のように顔を出すこともあれば、逆に何年も来ないこともあります。

 そんな人物でありながら職業画家として生計を立てられているあたり、芸術家としての人気や腕前そのものは確かなのでしょうが。



 まあ、そんな風に互いの近況など話していたら、あっという間にお昼を回っていました。午後には再び魔王の店でシモンと合流する約束になっています。



「出かける」


「そうか」


「あら、そうなの。魔王さんの所かしら?」


「うん」



 まだ積もる話は残っていますが、それは帰ってきてからでも問題ありません。

 ライムは夕食は不要な旨を伝えると、魔王一家に渡す土産物を持って外出しようと……したところで何かを思い出し、



「お邪魔した。続きをどうぞ」



 と、言い残してから、返事が来る前にさっさと立ち去りました。


 ライムは気遣いの出来るエルフなのです。

 ただし、その気遣いの方向性は些かズレていましたが。



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