再会
今回で二百話目みたいです。
いつもご愛読ありがとうございます。
辻馬車を降りたシモンとライムは、よく見知った人々の後姿を見つけて歩み寄りました。
そこにいたのは、大人の女性二人と幼い子供二人の四人連れ。
綺麗な金髪の小柄な女性と、そっくりな金髪の活発そうな女の子。
長い黒髪の女性と、同じく艶やかな黒髪のおとなしそうな男の子。
見た目からするに、子供達はどちらも四歳か五歳くらいの年頃でしょう。どうやら、家族で朝の散歩でもしていたようです。
「あれ? あ、お兄ちゃんだ!」
「ははは、元気にしていたか、アリシア?」
「うん!」
「うむ、それは何よりだ」
シモン達が声をかける前に、たまたま振り向いた少女が気付いて駆け寄ってきました。アリシアという名の少女は、走ってきた勢いをそのままにシモンの胸に飛び込み、シモンも慣れたもので彼女をヒョイと抱き上げます。
「こ、こんにちは、ライムさん!」
「ん、おひさ。リヒト、元気だった?」
「はい、元気です!」
もう一人のリヒト少年は、こちらは礼儀正しくライムに挨拶をしていました。
何故だかちょっぴり頬が赤くなっています。
――――そして、子供達から少し遅れて、
「「二人とも、おかえりなさい」」
「ああ、ただいま」
「ん、ただいま」
その母親達もシモンとライムに笑みを向けました。
小柄な金髪の女性はアリス。
ライムの師であり、かつて魔界を統べていた先代の魔王であり、レストランのウェイトレスであり、そして今は妻であり母でもあります。
黒髪の女性はリサ。
シモンの師であり、本物の勇者であり、異世界にある日本という国の住人であり、本職の料理人であり、そして今は妻であり母でもあります。
昔、奇妙な運命に導かれ出会った彼女達は、辛いことや悲しいこともあったけれど、今はこうして愛すべき家族と仲良く幸せに暮らしていました。
◆◆◆
「そういえば、魔王は一緒ではないのだな?」
「うん、パパはお店の準備してるの」
アリシアを肩車しながら歩き出したシモンは、普段ならもう一人いるはずの人物の姿が見えないことに気が付きました。
魔界を支配する王であり、この迷宮都市の統治者でもある魔王(いずれも、実務に関してはほとんど他人に丸投げしていますが)。それがアリシアとリヒトの父親です。なので、子供達も魔界の姫と王子ということになります。
そんなご大層な肩書きを持つ魔王ではありますが、野心らしい野心もなく、普段は半ば趣味でやっている料理店で呑気に働いています。アリシア曰く、どうやら今朝は店の開店準備の為に散歩に同行できなかったようです。
「師匠、お土産」
「あら、ありがとうございます」
慣れていないと正確な意図を読み取るのが難しいライムの喋り方ですが、この場の面々に関しては長い付き合いだけあって意思疎通に支障はありません。
道の真ん中で荷物を広げて土産を渡すわけにもいかないので散歩を切り上げ、一同は魔王の待つ店舗兼自宅へと戻ることにしました。
「へえ、長期休暇ですか?」
「お兄ちゃん、お仕事お休みなの?」
「うむ、詳しく話すと長くなってしまうのだが……まあ、しばらくはこちらに居るつもりだ」
「それは良かったです。子供達も喜びますし」
道すがら、シモンはリサやアリシアに近況を簡単に伝えていました。
主な話題は学都の発展振りや、最近知り合った若い友人達についてです。
仕事関係については守秘義務がありますし、そもそも子供に聞かせるような話ではないので軽く触れただけで流していました。
ちなみに、師弟だというのに弟子であるシモンのほうが偉そうな喋りなのは奇妙に感じられるかもしれませんが、それにはちょっとした事情があります。
最初、シモンが彼女と出会った頃はまだリサが勇者だと知らず普通の平民に対するようにしてしまい、素性を知った時には死ぬほど驚いて恐縮したのですが、堅苦しいのが苦手なリサの意向でそれまで通りに接するようにしているのです。
「背、伸びた?」
「は、はい! 伸びました!」
「うらやましい」
「ライムはまだ希望があるじゃないですか。私は流石にもう諦めましたけど」
一方、アリスとライムの師弟にリヒトを加えた三人は、身長について話していました。当然といえば当然ですが、まだ幼いリヒトやアリシアは、半年ちょっと見ない間に随分と背が伸びていました。ライムはその伸びっぷりを羨んでいるようです。
まだ十九歳でエルフ的には成長期にあるはずのライムですが、最近は背丈やその他諸々の伸びが悪くなっているのを密かに気にしていました。
現時点での体格に関しては、師匠であるアリスとほぼ同じくらいでしょうか。
外見は若々しくとも、長命種族であるアリスは既に五百歳超。身体の成長は四百年以上前から止まっています。妊娠、出産を経て多少体型が変化したようですが、それも気を付けて見ないと分からない程度。
このまま成長が止まってしまうと、将来的にはライムも師と同じくミニマムな体型のまま永い時を過ごすことになってしまいます。何百年も若いまま過ごす長命種ゆえの、割と切実な悩みでした。
◆◆◆
そんな具合にあれこれ話しながら歩いていたら、十分もかからずに目的地のレストラン兼一家の自宅に到着しました。
落ち着いた雰囲気の地上三階建て、庭付き地下迷宮付きの木造建築。
五年ほど前までは地下深くの辺鄙な場所で営業していたのですが、子供達が産まれるにあたり日当たりが悪いのは問題だろうと、地上に新たな建物を造ったのです。
ちなみに、元々の建物は現在の店の直下にそのまま綺麗に保存してあり、時折子供達の秘密基地や親達の休憩スペースとして使われています。
シモンとライムだけだったら、この場所を探すのに手間取っていたかもしれませんが、毎日この辺りを歩いている地元民であれば流石に迷ったりはしないようです。
「この前ね、アリスママとリヒトと一緒にお買い物に行ったら道が分かんなくなっちゃって、パパが迎えに来たんだよ。“てんい”を使ったら負けな気がするとかって」
「ア、アリシアっ、それは内緒にするように言ったじゃないですか!」
「ははは、それは大変だったな」
「師匠、大人気ない」
……いえ、地元民でも迷う時はしっかり迷うようです。
この一家のやたらとハイスペックな親達は高度な空間転移術や飛行術を使いこなせるので、本来は道に迷う心配など無いはずなのですが、使えるからといって必ずしも好んで使いたいとは限らないのでしょう。
「ただいま、パパ!」
「ただいま、お父さん」
店の近くまで来ると、肩車から降りたアリシアと彼女に手を引かれたリヒトは、一足先に店内へと駆けていきました。すると……、
「お帰り、二人とも! パパ寂しかったよー!」
「あはははは、パパったら寂しがり屋さんなんだから」
「もう、お父さん。お客さんの前で恥ずかしいよ」
目にも留まらぬ速さで厨房から出てきた黒髪の青年、魔王が子供達を両手で抱き締めました。その顔はこれ以上ないというほどに緩みきっています。よっぽど子供が可愛くて堪らないのでしょう。
「お客さん? あ、シモン君とライムちゃん、帰ってたんだ。久しぶりだね」
「魔王……お前、相変わらずだなぁ」
「ん、こんにちは」
魔界を統べる王者にして世界最強の存在。そんな大層な人物であるはずの魔王は、子供が出来て以降、それはそれは見事なバカ親……もとい親バカになっていました。
前作の途中からずっと考えてた内容をやっと書けて嬉しいやら緊張するやら。
楽しんでいただければ幸いです。