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迷宮都市へ


【※注意。本章の次話以降には拙作『迷宮レストラン』の結末に関する重大なネタバレが含まれます。ご了承の上でお読み下さい】


【※本章の時系列は本作『迷宮アカデミア』三章の前半頃に当たります】


 ◆◆◆


 とある夏の日の夕刻。

 学都(アカデミア)を出発した列車が、線路上を北へ北へと進んでいました。

 まだまだ夏の盛りではありますが、本日は既に夕暮れ。加えて、窓を開けて風を取り込んでいれば列車の客室内というのは案外快適な環境です。


 線路の左右には砂利を敷き詰めた更地が、その少し先には鬱蒼と茂る木々がどこまでも続いています。学都と迷宮都市を繋ぐ路線は、その中間に位置する広大な大森林の一部を切り拓くように敷かれているのです。


 出発して間もないこの付近であれば、学都や近隣の農村の住民が森の恵みを調達しようと立ち入ることもありますが、森の奥地は未だ人類の手が及ばぬ秘境。未知の動植物や魔物なども少なからず生息すると、まことしやかに囁かれています。


 そんな秘境を調査し、切り拓き、線路を整備し、魔物や動物が近寄らないような仕掛けを施し……と、結構な手間と時間と予算をかけてこの道は造られているのです。

 「何故そこまでして?」という疑問も出なかったワケではありませんが、学都を擁するG国としては、今や世界経済の中心である迷宮都市との、他国の領土を介さない直通路をなんとしても確保しておきたかったのでしょう。


 実際、鉄道を利用した大規模交易による経済効果は莫大なものでした。

 近い将来には投資額を全額回収できる見通しが立っています。



 まあ、そんな堅苦しい話は個々の乗客にはあまり関係ありません。

 大陸横断鉄道の旅は快適そのもの。のんびりと車窓からの景色を楽しみ、美味しい食事に舌鼓を打っていれば目的地まではあっという間です。


 つい先程、学都の友人達に見送られて出発したシモンとライムも、呑気に列車の旅を楽しんでいる……はずでした。






「お、落ち着かん。仕事は……何か出来ることはないか?」


「シモン、うるさい」


 二人して予約した一等客室に入り、しばらく経ったところでシモンが妙にソワソワし始めました。少し前に半年もの長期休暇を与えられ、だからこそ幼少期を長く過ごした迷宮都市への里帰り(厳密には二人の故郷ではないのですが、感覚的には同じようなものでしょう)などを計画したのですが、仕事中毒(ワーカーホリック)の気があるシモンにとって、何もしなくてよい時間というのは随分と落ち着かないものである様子。


 G国の首都から学都に戻ってからは新居の手配や部下への業務引継ぎなど、なんだかんだする事もあったのですが、ここに至ってやるべき事が完全に無くなってしまったのです。



「よし、何か列車の雑用でも手伝えないか聞いてくる」



 挙句の果てにはそんな事まで言い始めました。



「迷惑」


「む、そうか……そうだな」



 今のシモンなら車内の清掃だろうが芋の皮むきだろうが大喜びでやりたがるでしょうが、ライムの言う通り、鉄道の職員にしてみれば逆に迷惑になってしまいかねません。


 以前に二人の知り合いの少年が臨時アルバイトとして乗り込む事で切符代を浮かせていましたが、シモン達は最初からお金を払ってお客として乗車しているのです。シモンの身分を明かせば断られることはないでしょうが、それこそ本格的に迷惑になってしまいます。


 勤勉は美徳ですが、何事も度が過ぎればただの毒。

 彼の肉親であり上司でもある兄王が長い休暇を与えたのは、あるいは労働を禁ずることでシモンの悪癖を矯正する狙いもあったのやもしれません。


 

「ライムも何か用事でもないか。俺に出来ることならなんでもするが?」


「…………ない」



 ついにはライムに仕事を求め始めましたが、それもすげなく断られていました。

 断る前の若干長めの沈黙に隠し切れない乙女心が垣間見えていましたが、あくまでも彼女を気の置けない親友と思っているシモンは当然のように気付かなかったようです。


 

「仕方ない、筋トレでもするか」


「…………」



 最終的に、何故か客室内でスクワットを始めました。

 ガタゴト揺れる振動も何のその。鍛え抜かれた平衡感覚と足腰の強さがあれば、どんな場所でもトレーニングに支障はありません。

 

 もっとも、別の方面においては多大な支障がありましたが。

 折角の二人旅、それも同室という状況にも関わらず、これではムードも何もあったものではありません。ライムがご機嫌斜めになるのも無理はないでしょう。



「…………」


「541、542、543……ん、腹でも空いたのか?」



 ライムは相変わらずの無表情ですが、なんとなくイライラしている空気はシモンにも伝わったようです。もっとも、それを空腹によるものと読み違えていましたが。



「よし、そろそろ食堂車も開く頃だろう。少し早いが混む前に行って席を取っておくか」


「ん」



 とはいえ嬉しいやら悲しいやら、ライムにとってはこんなやり取りは慣れたもの。なにしろ十年以上の付き合いなのです。この程度、わざわざ気にして引きずるほどの事でもありません。


 シモンも運動をして幾分気が晴れたようで、先程までの落ち着かない様子は消えています。二人は客室を出ると、一号車のすぐ隣にある食堂車両へと向かいました。







 ◆◆◆







 本日の夕食メニューが食堂車の壁に張り出されていました。

 メインの料理が二種類あり、基本的にはそのどちらかを選んで注文する方式です。


 メインの一つは、『冷製海鮮パスタ』。

 新鮮で臭みのない海老やイカや帆立貝などを香味野菜やお酢でマリネし、茹で上げてから氷水で締めたパスタと合えた夏向きのあっさりした料理。バジルの爽やかな香りが、これでもかと食欲を刺激してきます。


 もう一つのメインは『炭火焼きオニオンステーキ』。

 岩盤のようにどっしりとした存在感のある厚切り牛肉を、玉葱のソースで食べさせるシンプルかつワイルドな一皿。ソースだけでなく、肉の下ごしらえの段階で摩り下ろしたタマネギに漬けてあるので、顎の弱い子供や老人でも簡単に食べられるくらい柔らかくなっているはずです。付け合せの山盛りフライドポテトにソースや肉汁を絡めて食べるのも良いでしょう。



 シモン達はどちらを食べるか真剣に悩んだ挙句、



「ふむ、どっちも美味そうだな。どうする?」


「両方」


「うむ、俺もそうするか」



 二人とも両方の料理を注文しました。

 それに加えて赤葡萄酒(ワイン)の大瓶を一本。

 更に、デザートに酸味の効いたレモンチーズケーキを丸々一ホール。



「ここの料理、なかなかイケるな」


「ん」



 注文した料理やお酒を綺麗に平らげた頃にはすっかり良い気分になり、二人は自分達の客室へと戻っていきました。







 ◆◆◆







 翌朝、二人は客室の同じベッドで目を覚ましました。

 珍しく酒量が多かったせいか昨晩の記憶はおぼろげですが、状況からするに食堂車から戻ると着替えもせずにベッドに倒れこんだのでしょう。


 ちなみに特別なことは何一つなく、ただ単に隣で眠っていただけです。

 それ以上でもそれ以下でもありません。悲しいことに。



「うむ、今日も良い天気だ。む、何かあったのか?」


「……べつに」



 ライムがなんとも形容しがたい複雑な空気を纏ってるのを見て、シモンは不思議そうに首を傾げていました。何かあったというより何もなかったのが問題というか、無駄にプライドが傷ついたというか、安心すべきか悔しがるべきか……まあ、彼女も色々と難しいお年頃なのでしょう。



 


 ともあれ、学都から迷宮都市までは半日の行程。

 昨夕に出発した列車は、もう間もなく迷宮都市に到着する頃合です。



「おお、見えてきたな」


「ん、久しぶり」



 客室の車窓から外を見ると、彼らが長い時間を過ごした懐かしい街がすぐそこまで迫っていました。





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