ルカの悩み
ルグの病室をこっそり訪ねたものの、つい反射的に逃げ出してしまったルカは、病院の外をとぼとぼ歩きながら大いに落ち込んでいました。
「あぅ……今日も、逃げちゃった……」
迷惑をかけたお詫びや、助けてもらったお礼など、伝えたいことは色々あります。話さないといけない事はたくさんあるのですが、結局あれ以来まともに話せていません。
このままではいけないとルカも分かってはいるのですが、ルグの顔を一目見るとたちまち顔が熱くなって心臓がバクバク鳴り始め、頭の中が真っ白になってしまうのです。そうなったが最後、あらかじめ考えていた話題なども全部吹き飛んでしまい、つい病室の前から逃げてしまいます。
いえ、不快な感覚ではないのです。
むしろ、胸がポカポカと温まってくるような幸せな気持ち。
目を閉じれば、あの時すぐ近くで見た彼の瞳が思い起こされます。真っ直ぐで、曇りなく澄んでいて、純粋にルカの為を想っていることが伝わってくるようで、
「うぅ……っ」
ちょっと思い起こしただけで、また顔が熱くなってしまいました。
きっとルグは、ルカが相手だから命を懸けたワケではないのでしょう。
危険に晒されたのが他の仲間、レンリやライム達や、もしかしたら見ず知らずの他人であっても後先考えずに立ち向かっていたかもしれません。
怪我をしたり死にそうになったりするのはルグだって怖いはずです。
彼は決して特別な存在ではありません。ルカのような特別な能力があるわけでも、レンリやシモンのように血筋や環境に恵まれたわけでも、ライムのように元々頭のネジが飛んでいたわけでもありません。
幼い日に会った勇者の在り方に憧れて、いつか同じように誰かを助けられるようにと努力を惜しまず、いざという時に勇気を出せるというだけの普通の人間。ただ、真っ直ぐで優しい少年なのです。
そして、そんなルグだからこそ、
「これって、やっぱり、わたし……」
だからこそ、ルカはこれほど彼に惹かれているのでしょう。
自分は彼に恋をしたのだと、彼女自身もう認めざるを得ませんでした。
これまでだって、好きではあったのです。
ですが、それはあくまで友人や仲間としての「好き」でした。
今ルカがルグに対して抱いている気持ちと、それ以外の家族やレンリ達に向ける気持ちは、言葉にすれば同じ「好き」でも全くの別物。想いの強弱などという漠然とした違いではありません。
ルカもこれまで本で読んだり劇を観たりして、ぼんやりと恋愛というものを想像し、密かに憧れることもありました。同時に、こんな性格の自分にはきっと一生縁がないであろうと寂しいことも思っていたのですが。
「でも……どうしよう?」
しかし、好きになって、そこから何をどうすれば良いのかが、ルカには全然分かりませんでした。かといって、誰かに相談するような勇気もありません。
一番簡単なのはルグも実はルカのことが好きで告白してくるという流れですが……流石にそこまで都合良く物事が運んだりはしないでしょう。いくらなんでも、それくらいはルカにも分かります。
というか、ルグはストイックと言えば聞こえはいいのですが、同年代の女子が何人も身近にいるのに、これっぽっちも異性として意識していないフシがあります。
故郷の村では普段から年下の子供達の面倒を見ていたようですし、ルカやレンリに対してもその延長で世話を焼いているような感覚なのでしょう。出会った当初のルカは今以上に男性への苦手意識が強かったですし、そういう面に助けられていたのも事実ですが。
十代半ばという思春期真っ只中の、しかも互いを憎からず想っている少年少女が長時間一緒にいれば、大抵はそれなりに相手を意識するものでしょう。ですが、思い返してみても全くそういう雰囲気になったことがありません。改めて考えてみれば不思議な関係です。
「やっぱり、お友達から……でも……」
結局、ルカが思い付いたのは、今まで通り友達として仲良くして少しずつ仲を深める事。そして、一緒に過ごす中で打開の糸口を探すという事くらいですが、今はその「今まで通り」ですら上手くいきません。
今日だって、というか昨日までも、毎日手土産を用意して見舞いに行こうと病室の前まで行っているのですが、そこからのあと一歩が踏み出せずにいるのです。
病室の扉の隙間から中の様子を覗き見て、気付かれたら一目散に逃げるばかり。
(うぅ……きっと変な子だって思われてるよね……)
毎日毎日、何をするでもなく部屋を覗きに来ているだけ。
下手をすればストーカー、もしくはホラー案件です。
まあ、変か変じゃないかで言えば変なのでしょう。
「はぁ……これ、どうしよう?」
ルカは持っていた手土産の袋を手に途方に暮れるばかり。
ちょっとお高めの焼き菓子の詰め合わせをわざわざ用意したのですが、見舞いの品として渡すはずが、そのまま持ってきてしまいました。せめて病院の職員に頼んでルグに渡すようにしてもらえば良かったのかもしれませんが、あれほどの勢いで逃げ出しておきながら今更戻るというのもおかしな話です。お菓子だけに。
家に持って帰ってもいいのですが、ルカ一人で食べるには多すぎますし、下手に持ち帰って家族の目に触れさせると余計な詮索を招きかねません。
「捨てるのは……勿体無いよね……でも」
しかし、世の中意外なところに解決策が転がっているもの。
ルカの呟きが聞こえたのか頼りになる助っ人が現れたのです。
『ねぇねぇ、そのお菓子食べないのかしら? 食べないのよね? ね? ふふふ、食べ切れなくて困ってるなら我が力を貸すのも“やぶかさ”じゃないのよ!』
『ウル姉さん、それを言うなら“やぶさか”ですよ。こんな場所で奇遇ですね、ルカさん。お身体の具合はもう大丈夫ですか?』
色々ある悩みの中でも一番どうでもいい問題。渡せなかった手土産の処分についてだけは、お腹を空かせた幼女達との遭遇によって解決しそうでした。
次回で三章の本編は終わりです。
その後は以前の予告通りにシモンとライムの迷宮都市里帰り編をやって、その後に四章という流れになると思います。




