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第二の試練⑥



 異変が起こった時、皆の視線が治療を受けているルグに集中していた為でしょう。攻撃を受けたゴゴ以外は誰一人として状況を把握できていませんでした。

 分かったのは、突然壁が砕ける轟音が鳴り響いた事。

 ゴゴの身体が瓦礫の中に埋もれている事。


 そして、怒りからとも悲しみからともつかない唸り声を上げるルカの姿。

 明らかに尋常の様子ではありません。



「……ル、ルカ君?」



 レンリが恐る恐るルカに声をかけても、反応はありませんでした。

 それを不審に思って近寄ろうとしたところで、



『下がって! 今の彼女に近付いてはいけません!』


「……ぅ……ううぅ……!」



 瓦礫の中から飛び出してきたゴゴが、レンリへ向けて振るわれたルカの腕をかろうじて防ぎました。いえ、防いだというのは正確ではありません。全力をもって僅かに勢いを減じ、かろうじて逸らした程度。

 技も無い、速度も大して速くない単なる力任せでありながら、それが精一杯でした。何度も防ぐことは出来ないでしょう。


 幸いと言うべきか、ルカはそれ以上レンリのほうへと向かうことはなく、そのまま手近にあった壁を滅茶苦茶に叩き壊し始めました。

 しかし、決して看過できる状況ではありません。一発一発が爆発のような衝撃と轟音、そして無数の破片が凄まじい勢いで飛散しているのです。地盤すらない構造材(ブロック)だけの世界だというのに、まるで大地震でも起こっているかのような激しい揺れが断続的に続きます。


 感情の振れ幅が許容範囲を超えてしまった為か、どうやら今のルカには何も見えていないのでしょう。視覚的な意味ではなく、理解することを拒んでいるという意味で。

 過酷な現実に耐えかね、ただ近くにあるモノを手当たり次第に壊そうとしている。幼児が癇癪を起こして暴れているのに近い状態でしょうか。

 しかし、普通の子供ならば放っておいても被害は知れていますが、彼女の膂力を、それも平常の制御を外れた手加減も何も無い力が無秩序に振るわれたら、どれだけの被害が出るか分かりません。


 まさか疲れ果てて動けなくなるのを待つワケにもいかないでしょう。

 壊れても取り返しのつく迷宮や弁償可能な物品ならばまだしも、その力が生きた人間に向けて振るわれたらひとたまりもありません。


 そのあたりの事情・状況を、ゴゴはこの時点でほぼ正確に把握していました。推測に拠る部分についてもほとんどは正解です。

 今のルカは極めて危険な状態にあり、言葉による説得や交渉も不可能。

 不本意ではあっても、力尽くでおとなしくさせるしかありません。



(ルグさんはまだ動かせない……対処するにしても場所を変えないと)



 床に寝かせられ、ライムとシモンによる治療を受けているルグは、まだしばらくは動かせません。この場で戦闘が始まってしまったら、彼を巻き込んでしまうことになります。


 今のルカに敵意や害意はなさそうですが、近くにあるモノを無差別に破壊する、ただそこに在るだけで危険な存在です。性質としては、嵐や火山の噴火のような災害にも近いかもしれません。どうにかして、この場から少しでも引き離す必要がありました。



「ゴゴ君、いったい何が――――」


『皆さん、この場は任せます! ルグさんを守っていてください!』



 レンリの問いに答える余裕はありません。

 ゴゴは管理者権限を行使して迷宮の構造を操作。

 自身とルカを除く皆との間に分厚い壁を作り出しました。


 現在位置は低層区画ですが、『金剛星殻』最深部と同等以上の強度を付与した特別製の壁は、いつものルカでは砕くのが難しいほどの強度があります。並行して周辺一帯の構造材についても同様の強度へと置換を行なっていきました。


 同時に現在ゴゴとルカがいる広間に通じる全ての通路を封鎖。

 不運な探索者が迷い込んでくる心配は無用です。


 これでも絶対安心とは言えませんが、気休め程度にはなるでしょう。

 少なくとも、視界の外に隠したレンリ達が狙われたり、砕けた構造材の破片が飛んで怪我をする可能性は減ったはずです。



「……いや……うぅう……っ」



 そもそも周囲の変化に気付いてすらいないのか、ルカは変わらず地団駄を踏み、周囲に破片を撒き散らしていました。残念ながら、強度を増した構造材でも彼女を止めることはできないようです。



『分かりますか? ルグさんを傷付けたのは我です。鬱憤を晴らすなら壁なんかより我を殴ったほうがいいでしょう?』


「…………」



 ゴゴの身体は仮初めの化身としてのモノ。

 他の皆と違い、最悪壊れても替えが利きます。

 複数人でかかって無闇に被害を増やすよりは、挑発して自分一人に被害を集中させたほうが良いという、ある意味では非常に合理的な判断でした。

 


『まあ、生憎と無抵抗で殴られるのは御免ですがね』



 その言葉に応じたワケではないのでしょう。

 そもそも、言葉を言葉として認識できるほどの理性が残っているとは考え難い精神状態です。ですが、意味が通らずとも単純に音に反応したのか、声を掛けられたことでルカはゴゴに視線を向けました。







 ◆◆◆







 第二の試練では、守護者であるゴゴは挑戦者の倍の力を出せるように設定されています。筋力も速度も魔力も持久力も全部が二倍。

 しかも、それらの能力を使いこなせるだけの技術や駆け引きも駆使するのですから、『絶対に勝ち目が無い』という看板も大袈裟ではないでしょう。


 しかし、そもそもどのようにして出力を調整しているのでしょうか?

 武術の心得がある者であれば、対峙した相手の力量がどの程度かはなんとなく分かるものです。強くなればなるほどに他者の強さへの感度は鋭くなっていますが、その手の感覚は基本的には「なんとなく」止まり。

 殺気や闘気を抑える術を持つ者に対しては、更に精度は低くなります。実際に本気の手合わせでもしない限りは、正確な能力を計るのは難しいでしょう。


 では、ゴゴの場合はどうしていたかというと、本体である迷宮の記録(ログ)を元に探索者の行動を分析し、そこから能力を割り出しているのです。


 探索者が最初に迷宮を訪れてから守護者が接触してくるまでの時間は、およそ数週間から数ヶ月。その間に行なわれた魔物との戦闘データや行動を精査すれば、個々人の能力をかなり正確なところまで推定、数値化することができます。プライバシーも何もあったものではないので、部外者には秘密ですが。


 試練の挑戦者が複数の場合でも、全員の能力を足して二倍にすれば問題はありません。チームワークによる相乗効果を潰す立ち回りに関してもゴゴは熟知しています。人数の有利を活かしてもなお、普通なら能力差を覆して逆転することはできないでしょう。



 そのような能力の測定は、当然ルカに対しても行なわれていました。

 この第二迷宮内での行動記録を元に、筋力や持久力などを推測して数値化。

 その予測値を倍にしたゴゴに対しても、つい先程までルカは一方的に力負けしていました。決して、計算違いや測定のミスではなかったはずです。


 もし、ゴゴが力負けするようなことがあるとすれば、



『この戦いの中で急激に成長……いえ、無自覚に抑えていたモノを解放したというところですか』


「あ……あ、ぁっ……!」



 いったい、どれほどの潜在能力を封じ込めていたのか。それは一秒毎にどんどんと勢いを増し、更に際限なく力強さを増していくかのようです。


 右手首から先が金砕棒と化したゴゴが上段からの振り下ろしを放ちました。

 先程までのような優しい打撃ではなく、本気で打ち倒すつもりで放たれたソレを、ルカはただ出鱈目に拳を振り回しただけで軽く弾き返し、



『……ははっ、本当に凄い』



 生きた聖剣であるゴゴは、全守護者の中でも一、二を争うほどの頑丈さを誇ります。ただし、それはあくまで武器化している部分のみ。

 たった一回攻撃を弾かれただけですが、ゴゴの右手は衝撃を殺しきれず、生身の手首から上の骨格や関節、肘や肩に至るまでが滅茶苦茶に壊される結果となりました。


 痛覚は元々カットしてありますし、時間があれば修復は可能。いざとなれば、今とそっくり同じ新しい身体を造ることもできるゴゴにとっては、見た目ほどのダメージではありませんが、



『まさか、ルカさん。貴女がそう(・・)だったんですか? いや、しかし、これは何か別の……』



 ともあれ、こうなってしまっては表も裏も関係なく、試練どころではありません。

 ゴゴは脳裏をよぎりかけた希望や疑念を振り払うと、全力でルカを止めるべく、更なる攻撃を繰り出しました。

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