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受講者と教官

「レン、おはよう!」


「やあルー君、おはよう」


 初心者講習当日の正午少し前。

 受講者の集合場所に指定されている聖杖前広場で、少し早めに到着したレンリが屋台で購入した果実水を飲んでいると、ルグが姿を見つけて挨拶をしてきました。

 ちょうど飲み終えたレンリは木製のカップを屋台に返し、ルグのほうへと向き直ります。


 ルグの装いは、簡素や弓と矢筒、ナイフ、あとは背負い式の小さな荷物袋だけという軽装。

 シャツやズボンなども普段から着慣れている物をそのまま着てきたようです。心臓部を守る革の胸当てがなければ、とてもこれから冒険に出るようには見えません。

 恐らくは予算の都合もあるのでしょうが、新品の装備で固めてきたレンリとは対称的な印象でした。



「周りの人も一緒に受けるのかな?」


「うん、どうやらそのようだね」



 聖杖前広場には、二人と同様に野外活動に適した格好をしている人が二十人近くもいます。

 半数は人間種で、残りはドワーフ、小人、獣人、巨人(※巨人種は魔力を賦活させることによって巨大化できる種類の魔族です。現在は素の状態なので身長は精々二メートル半ほど)など。

 長命種であるドワーフや魔族は、外見から年齢が推察しにくいのではっきりとは断定できませんが、老若男女、様々な種族がいるようです。


 広場は待ち合わせ場所の定番でもあるので、この場の全員が受講者とは限りませんが、どことなくソワソワした様子の者が多く見受けられます。

 恐らくは、レンリたちと同様に今回初めて迷宮に入る人々でしょう。彼らの表情から察するに、期待半分、緊張半分といった心持ちのようです。

 彼ら彼女らの大半は仲間や友人同士でグループを組んで申し込んでいるらしく、知り合い同士で雑談をしている者が多くいました。



「偶然だったけれど、知り合いがいてくれて良かったよ。そういえば、君が話してた女友達とやらはいないのかい?」


「えーと……あ、いたいた! おーい、こっちこっち!」



 ルグが視線を巡らせると、広場の隅の街路樹の陰にルカがポツンと立っているのが見えました。どうやら、彼女は人の多いところが苦手なために、目立たない場所に隠れていたようです。

 ちなみにルカの服装は丈の長いスカートとシャツという、ごく普通の街娘風の姿。予算的な理由が一番大きいのでしょうが、彼女のやる気のなさを示しているかのような格好です。小さなパンと水筒が入ったポシェットを含めても、これから迷宮に入るようには見えません。

 ルカの場合はそれだけではなく、冒険者資格と住む場所を失わないために、気乗りしないながらも嫌々受講しに来ているという事情もあるのでしょうが。迷宮に興味津々な他の参加者とは、そもそもの動機が異なるのです。



「おはよう、ルカ!」


「え、あ、うぅ……お、おはよう……ル、ルグ君」



 フレンドリーに声をかけるルグとは違い、ルカには積極的に距離を詰めてくるルグに対して苦手意識があるようです。

 もっとも、苦手意識については他の理由もあります。

 一緒に登録をした時点では気付いていなかったのですが、彼が列車の事件の際にアルバトロス一家を後一歩のところまで追い詰めた少年だったのだと後で兄弟から知らされ、ルカは随分と肝を冷やしたものです。


 まあ、ルカが口下手で挙動不審なのは今に始まったことではありません。

 ルグも、ルカに内心で警戒されているなどとは想像すらしていないようです。



「そうそう、ルカに紹介するよ。こっちが」


「やあ、ルカ君、私はレンリ。気軽にレンと読んでくれたまえ。まだ学都には友人が少ないのでね、仲良くしてもらえると…………おや? 君、どこかで会ったことないかな?」


「……っ、あの、えっと……!?」



 いきなり大ピンチでした。

 特に脈絡もない偶然で窮地に陥るのが、ここ最近のアルバトロス一家の芸風のようです。


 強盗事件の前夜、食堂車でレンリは犯人たちの顔を覚えていたのですが、ルカだけは席位置の関係上、後姿しか見ていませんでした。

 しかし、後姿だけとはいっても大まかな背丈や髪型などは分かりますし、ルカが常時放散しているオドオドした雰囲気は人混みの中でも非常に悪目立ちします。


 レンリとしても、どこかで見たような気がするというだけで、それが「いつ」「どこで」の記憶かまでは分からないようです。しかし、このままだと何かの拍子にルカの正体に気付かないとも限りませんし、喋り下手なルカがボロを出す可能性も少なくありません。


 その窮地を救ったのは意外にもルグでした。



「あ、そういえばルカもレンと同じで王都の出なんじゃなかった? 登録用紙に書いてたでしょ。同じ街の出身なんだから、知らないうちにすれ違ったりしたんじゃない?」



 またもや早合点なのですが、ルカにとっては渡りに舟。

 コクコクと首を縦に振って全力で肯定しました。



「ふむ……? まあ、そんなところかな。まあ、同郷の者同士仲良くしようじゃないか」


「う、うん、よろしく、ね?」







 ◆◆◆







「講習を受ける方は、集合してください!」


 正午ちょうど。

 聖杖前広場に、よく通る声が響きました。

 声の主は若い女性。街の衛兵が身に付けるような軽鎧を着ており、腰の剣帯には軍の制式装備と思しき長剣ロングソード。薄い水色の髪を肩の高さで切り揃えており、美人というよりは素朴な可愛らしさを感じる顔立ちです。

 周囲には同様の装備で固めた兵や、いかにも精強そうな雰囲気の冒険者たちの姿もあります。彼女らが今回の教官役なのでしょう。


 レンリたち三人や他の受講者が指示通りに女性の前に集合すると、彼女は自己紹介を始めました。



「皆さん、はじめまして。今回、講習の責任者を務めさせていただく、学都方面軍所属、十人隊長のイマと申します。今回は私の小隊と補助役の冒険者の方々が、皆さんの指導に当たらせていただきますので、よろしくお願いします」



 イマ隊長が言い終えると同時に、彼女の隊の兵達はビシッと敬礼を決め、冒険者たちは受講者に向けて軽い会釈をしました。

 軍とギルドの共同事業とはいっても、冒険者は補助役という言葉通り、実質的な責任や権限の主体は前者の側にあるようです。軍の面々が主導して講習を進め、指揮系統に関係なく動ける冒険者は彼らの手だけでは追いつかない部分のフォローに回るのでしょう。



 と、ここでレンリがイマ隊長の顔に見覚えがあることに気付いて呟きました。


 

「おや? 彼女はたしか団長さんと一緒にいた……」



 そう、一昨日の騎士団長氏との一件の際に、レンリに助け舟を出した彼女こそがイマ隊長でした。そしてレンリの呟きが聞こえたのか、隊長のほうもその時のことを思い出したようです。



「あら、あの時のお嬢様。一昨日はうちの団長がご迷惑をおかけしました」


「いえいえ、お気になさらず」


「あら、隣のお二人はお友達ですか? うふふ、今回はよろしくお願いします。仲良くしていただけると嬉しいです」



 動作こそ訓練された軍人らしくキビキビしていますが、イマ隊長の纏う雰囲気はとても柔和で、話す口調ものんびりとしたものです。世の中には、その場にいるだけでも場の雰囲気を和ませるような潤滑油的な人柄を持つ者が時折いますが、彼女はまさにソレなのでしょう。

 緊張気味だった他の受講者も、そんな彼女を見て落ち着きを取り戻しつつありました。極度に人見知りが激しいルカですらも、隊長に対しては早くも警戒を解きつつあったほどですから相当です。


 緊張している初心者が多い講習。こういう心理的効果まで考慮しての人選だとしたら、彼女をこの教官役に据えた上役の人を見る目は見事なものと言えます。




「では皆さん、準備がお済みでしたら、そろそろ聖杖に入りましょうか。忘れ物やお手洗いは大丈夫ですか?」



 参加者たちは各々の装備を改めて確認しましたが、特に不備がある者はいないようです。

 まあ、ほぼ普段着で参加しているルカは例外ですが、彼女に関してはどの道万全の準備ができるような予算がありません。



「ふふ、大丈夫みたいですね。それでは、私に付いて来てください。聖杖の中から第一迷宮までご案内しますわ」







 ◆◆◆






 イマ隊長に率いられた受講者と教官役による、総勢三十人以上もの集団の最後尾。

 列の殿しんがりを務める冒険者と小隊の副隊長氏は、前を歩く受講者と特に隊長には決して聞こえないように、こんな会話をしていました。


「なあなあ、俺の気のせいだったらいいんだけど……今回の隊長さん、いつもより張り切ってない?」


「あ~……いや、多分それで合ってる。うちの隊長、可愛い子好きだからなぁ」


「やっぱ、そうか。あの子ら大変だな……」


「せめて、俺らでフォローしてやろうぜ……」



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