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第二の試練⑤


『……そろそろ終わらせますか』


 ゴゴはそう呟くと、まずは一番近くにいたルカに狙いを定め、金砕棒と化した右手で殴り倒そうとしました。

 大振りの単純な動作ですが、消耗しているルカには最早攻撃を避けるだけの力は残っていません。手に持った投石杖(スタッフスリング)で防ごうにも、ここまでの戦いで純粋な力比べでは勝ち目がないことは分かりきっています。



「……っ!」



 ルカは反射的にギュッと目を瞑り、そして数瞬後、大きな打撃音が響きました。

 枯れ枝を踏んだような骨が折れる音。

 肌が裂け、肉が潰れる湿った音。

 軽い身体が吹き飛ばされ、壁に激突する音。


 

「……え……あれ?」



 しかし、その音はルカの身体から発せられた音ではありません。

 なんの痛痒も、一切の衝撃も、ルカには降りかからなかったのです。


 それが、必ずしも良い事だったとは限りませんが。



『しまっ……!?』


「ルー君!」



 この事態は攻撃を仕掛けたゴゴにとっても予想外でした。

 ゴゴは開戦当初から三人に対し充分に加減した攻撃を加えていましたが、その手加減の度合いは一定ではありません。

 三人の中でも、身体の頑丈さが飛び抜けているルカに対しては、他の二人と同じくらいの威力で攻撃してもダメージにならないのです。刃物の使用を控えて打撃に限定しているなら尚更。他二人にするのと同じ攻撃では、ルカは痛みすら感じないでしょう。


 だから、今もルカに対して放った一撃は、彼女の強靭な肉体にもダメージを与え得るだけの破壊力を有していました。それでも、ゴゴの狙い通りにルカに当たっていれば、精々転倒してそれなりの痛みを感じる程度の被害で済んだのでしょうが、そこで想定外の事態が起こりました。


 ルカを庇おうとしたルグが、自分から金砕棒に向かっていって身代わりになったのです。ゴゴの動体視力でも追いつかない、反応して攻撃を中断するまでに一瞬の間が空いてしまうほどの、これまでで一番の凄まじい速度の踏み込みでした。

 仮に、その速度のまま無防備のゴゴを攻撃していたら、あるいは彼女を倒せていたかもしれません。


 ルグは決して消耗していたフリをしていたワケではないはずです。

 もう走ることもできない、立っているのがやっとという程に疲れ切っていたのは、誰の目にも明らかでした。

 限界まで心身を追い詰められたことで無駄な力が抜け、本人すら認識していなかった才能が土壇場で開花した……のかは分かりません。


 一回だけならマグレや偶然ということもあるでしょう。

 しかし、問題はルグがその一回を、窮地から逆転する為でなくルカの身代わりになるために使ってしまったという点でした。意識してのことか、それとも無意識の行動かは不明ですが。


 見事にルカへの攻撃を防ぐことは出来たものの、代償は軽くありません。

 ゴゴがルカに向けて放った打撃の威力と、彼自身の凄まじい速度がカウンターのように重なり、重傷を負うことになってしまったのです。

 その攻撃が予定通りにルカに当たっていたら、多少の痛みを受けて転ぶ程度で済んだであろうことを考えると、万に一つの勝機を捨ててまで攻撃に割り込んできたルグの行動は全くの無駄だったとすら言えるかもしれません。




「ル……ルグ、くん……?」



 ようやく事態を飲み込んだルカが視線を向けると、血塗れのルグがぐったりと横たわっていました。左腕は上腕の半ばから衣服を突き破って折れた骨が飛び出しており、壁に激突した際に折れた右足は膝から先が明後日の方向を向いています。



「ライム、頼む!」


「ん、頭を打ってる。そっと寝かせて」



 これまで外野で試練を見守っていたシモンとライムも即座に状況を把握し、既に処置を始めていました。二箇所の大きな骨折も治療を急ぐ必要がありますが、目に見えない部分でも肋骨や腰骨、内臓系、頭を強く打っているので脳や頚椎へのダメージも懸念されます。



「ルグ……く、ん……」



 治療を受けるルグを見つめながら、しかしルカは青褪めた顔でただ立ち尽くすことしか出来ませんでした。

 元々、ルカはそれほど心が強いほうではありません。

 加えて、試練によって限界近くまで消耗した状態。

 更に、自分を庇ったせいでルグが大怪我をしたという自責から来る極大のストレスは、不安定な彼女の精神を限界を超えて揺るがすに足るものでした。






 ◆◆◆







『我の責任です。申し訳ありま……ルカさん?』


「……ぁ……ァ、あ……ぃ」


 最初に異常に気付いたのはゴゴでした。

 あれほど消耗していたルグがゴゴの知覚を超えるほどの速度で動いたのは全くの予想外だったとはいえ、直接攻撃した彼女もルカと同様に自責の念を覚えていました。


 出来ることならば治療を手伝いたかったのですが、残念ながらゴゴの能力は治療には不向き。当のルグは気絶していて謝罪はできません。

 なので、まずはショックを受けて呆然と立ち尽くしている……ように見えたルカに、謝意を伝えようと話しかけたのですが、



「……ぃ、ァ……あ……キ、あィ」


『ルカ、さん? こ、この力は……!?』



 直後、迷宮を揺るがす轟音と共に、ゴゴが投げ飛ばされました。

 ルカが、ゴゴの頭を鷲掴みにし、そのまま力任せに迷宮の壁に向けて投げ付けたのです。先程までのルカの力の倍どころではありません。十倍か二十倍か、それ以上か。まだ先程の試練中の性能を維持しているゴゴが、全く抵抗することもできませんでした。


 これまで、ルカはその才能の大半を用いて自身の能力を抑え込んできました。

 無意識下で雁字搦めに封じられたソレは、ルカ自身にも自由に解放することは出来ません……が、正気を見失うほどの限界を超えるストレスが、奇しくもその枷にヒビを入れてしまったのでしょう。


 

「……ぃ……き、ぁ……きら、いっ」



 結果、これまでの彼女を遥かに超える力を以て、ルカは暴走を始めてしまったのです。





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