第二の試練④
試練が始まってから四十分弱。
これだけの時間で、いったい幾度倒れたことでしょう。
十か二十か、はたまたそれ以上か。
当人達はとうに回数を数えるのを止めています。そんな余裕などありません。
気力も体力も底を尽きかけ、立ち上がるのがやっとという有様でした。
「まだ、動けるか……?」
「痛っ……なんとかね」
「わたし、も……あと少し、なら」
まだ、かろうじて動けるのは手心を加えられているお陰でしょう。
ゴゴは剣に変じた手を振るう際にも剣の腹で叩くに留め、そもそも刃自体も途中からあえて丸めて斬れないようにしていました。もし最初から斬撃を使われていたら、殺されないまでも今頃は出血で完全に動けなくなっていたはずです。
金砕棒の殴打や蹴りによる攻撃も同様に、一撃一撃は精々軽い打撲で済む程度の威力しか出していません。狙う箇所も手足や肩などがほとんど。脳や内臓にダメージを与えかねない頭部や腹部への攻撃は更に一段と弱めるか、フェイントとして狙ったように見せかけることが大半です。
しかし、そんな優しい攻撃であっても、何百発も喰らい続ければ消耗は少なくありません。また、体勢を崩されて転倒した際にも僅かながらダメージは入ります。
恐らくは、次に倒されたらもう立ち上がるのは難しいでしょう。
◆◆◆
(思ったより早かったですね)
三人が限界を迎えるまで一時間足らず。
開始前のゴゴの予想ではこうなるまでに二、三時間はかかると踏んでいたのですが、それより遥かに短い時間です。
しかし、その時間の短さ自体はむしろ高評価に繋がっていました。
格上との戦闘ではダラダラと長引かせるほどに余力が削られ、逆転の可能性は刻一刻と少なくなっていきます。疲労が溜まれば精神も消耗し、判断力も落ちていくでしょう。
地力で劣る側に勝機があるとすれば、新鮮な体力がまだ多く残っている序盤に全てを出し切って、相手が実力を発揮する前に倒しきる事。スポーツなどで大物喰いが起こる場合も、格上が対戦相手を甘く見て油断している間に、決定的な差を付けられてしまったというパターンが少なくありません。
試練の開始直後に力量の差を悟り、一気に持てる力の全てを出し切ろうとした判断は、決して悪くありませんでした。
(なるほど、上々ではあります……が)
ただし、そういう速攻戦法で逆転の芽が出るのは、両者の差がある程度以下の場合のみ。どれほどの幸運に恵まれようと絶対に勝てないほどの差を埋めることはできません。
勝負というのは文字通りに勝ち負けを競うモノ。
両者の差があまりにも大きい場合は、そもそも勝負として成立しないのです。今回の試練は、そういう戦いでした。
(姉さんが目をかけた人間ならば、あるいはと思いましたが)
ゴゴが早くにレンリ達に興味を持ち、接触してきたのも、ウルが特定の人間と仲良くしているという事を知ったからでした。守護者が特定の人間と交流することは別に禁じられてはいませんが、そういう例は決して多くはありません。
何か理由があるワケではなく、その逆に特にこれといった理由がないからです。
ウルの場合も、第一の試練の後でレンリが(罠に嵌めるつもりで)街まで誘い出さなければ、恐らくそこで関係は終わっていたでしょう。
通常の人間関係にも当てはまりますが、人の縁というのはちょっとしたタイミングや偶然に大きく左右されるモノ。あるいは、その偶然を運命と呼ぶのかもしれません。
だからこそ、ゴゴは希少な縁を紡いだレンリ達に興味を持ち、自身の使い手となる器があるのではと、多少なりとも希望を抱いていたのです。
まあ、肝心の結果はいつも通り。
第三迷宮へ通すか否かという表の試練に関しては及第点でも、聖剣の持ち主としての器量があるかという裏の試練に関しては、このままだと不合格を出さざるを得ないようです。
三人はいずれも立っているのがやっとの有様。
特に激しく動いていたルグや、元々の体力に劣るレンリなど、軽く押しただけで倒れてしまいそうです。とても戦えそうには見えません。
ルカは体力的には多少マシですが、そもそもの精神性が闘争に向いていないのでしょう。何度も何度も殴られ、蹴り倒されるような状況は、彼女のココロを少なからず削っていました。
どちらにせよ、あと一度でも倒れたら、身体か精神かが限界を迎えるのはまず間違いありません。そうなったら、三人とももう自力では起き上がれないでしょう。
『……そろそろ終わらせますか』
発した声に落胆の色が滲んでしまった未熟を密かに恥じながら、ゴゴはこの試練を終わらせるべく最後の攻撃を繰り出しました――――が。




