手品の種明かし
今回のゴーレム戦において、レンリが事前に想定していた勝ち筋は四通り。
一つは、トム達も考えたようにゴーレムの身体を繰り返し削り、修復に魔力を使わせることで魔力切れを狙う戦法。元々はこれが本命の作戦でしたが、ゴーレムの変身という予想外の事態で悠長に削る余裕が無くなったので実現不可能になりました。
二つ目は、今回決め手となったようにゴーレムの身体を内外から凍結させて動きを封じる戦法。あらかじめ戦場に冷却剤の入った壺を埋めておいたり、ゴーレムの材料となるであろう土そのものに仕込みをしておいたりと随分な手間がかかりましたが、苦労の甲斐はあったようです。
三つ目は、相手の場外負けを狙うという戦法。
今回はまるで役に立たなかったのですが、シモンが引いた範囲を定める線の5mほど先に、よく見なければ有ると分からない程度に、薄っすらと別の線を引いておいたのです。
戦闘中に二重円の内側の線、つまり本来の範囲線を消してしまい、ゴーレム側に範囲を数mだけ誤認させるという作戦です。まあ、実際にはそれだけの余力はありませんでしたが。
四つ目は、ゴーレムを操る術者を直接攻撃するという戦法。
これに関しては開始直前に聞いたルールで封じられてしまいましたし、トム達もゴーレムを残して範囲外に出てしまったので実現不可能でした。
◆◆◆
「アイスクリームの作り方を知ってるかい?」
勝負が終わった後で、レンリがウルに質問をしました。
『材料を混ぜて冷やすのよね?』
「そう、その通り。でも、ただの雪や氷だと温度が高すぎるんだ」
アイスクリームの作り方は、そう複雑な手順ではありません。
もちろんレシピに凝り出したら際限はありませんが、基本的には牛乳や砂糖や卵や香料など、材料を混ぜ合わせてから冷やすだけ。固まりかける過程で何回か掻き混ぜてやると、舌触りの良い滑らかな食感になります。
しかし、その冷やす手段が問題です。
冬になれば雪が降る地方は珍しくありませんが、自然のままの雪や氷でそのまま冷やそうとしても、温度が高すぎて上手く固まらないのです。
冷凍機能の付いた魔法式の保冷庫は高価ですし、マイナス何十℃という低温の氷を作り出せる魔法はそれなりに高度な部類に入るので使い手は多くありません。
ですが、ちょっとしたテクニックを知っていれば、ほとんどお金もかけず、もちろん魔法も使えずとも、アイスクリームが作れるほどに雪や氷の温度を下げられるのです。
「知ってる? 氷に塩を混ぜると温度が下がるんだよ」
『へえ、あの白いのってお塩だったのね』
塩は水に溶ける際に周囲の温度を奪う性質があり、氷に触れると温度を最低でマイナス二十一℃にまで下げます。氷というのは温度が低ければより強固になりますし、『凍結』の刻印魔法で凍り始めたゴーレムへの拘束をより強くする狙いがありました。
とはいえ、今回使用したのは塩だけではありません。
凍りついたままのゴーレムに指を伸ばしたウルをレンリはそっと止めました。
「塩も混ざってるけど、舐めるのは止めておいたほうがいいと思うよ? それだけじゃあ冷え方が足りないから、他にもちょっと混ぜ物をしてるんだ」
『ふぅん、お塩だけじゃないの?』
「うん、精製塩と硫酸アンモニウムと尿素」
尿素と硫酸アンモニウムは農作物用の肥料としても使うので、農業関係に顔が利くマールス氏の伝手で問屋から大量に購入できました。
塩は普通の市場でも売っていますが、今回は反応効率を上げるために不純物の少ない精製塩を、更に細かくすり潰した粉末状の塩を使用しています。いずれの原料も見た目は白に近い透明なので、混ぜてしまうと普通の塩とほとんど違いは分かりません。
今回使用したのは、それらを混ぜ合わせて作った手製の冷却剤です。
レンリ自身には他の準備もあったので、錬金術の工房に材料を預けて、特急料金で仕上げてもらいました。
「ウル君ならお腹は壊さないだろうけど、多分美味しくはないと思うよ」
『げっ、舐めなくてよかったの……』
ちょっと舐めたくらいなら普通の人間でも死んだりはしませんが、決して美味しい物ではないので味見は止めておくのが賢明でしょう。
◆◆◆
「すまないが質問いいかい?」
「ええ、どうぞ」
ウルとの話が一段落したら、今度は対戦相手だったトム、ヤン、クムの三人がレンリに質問してきました。本来であれば既に講習の受講者を脅かすために所定位置で待機していないといけないのですが、魔力を底まで使いきってしまったので、今はレンリ達と一緒に休憩しています。
もしもの備えとして待機していたライムに役目を任せる形になってしまいましたが、シモンも付いて行ったので、まあ多分、きっと、恐らくは、そんなに酷いことにはならないでしょう。
彼らとしては奥の手の強化変身まで見せたのに、格下相手に黒星を付けてしまった形になります。トム達も年季の入った職業軍人ですし、それで簡単に落ち込んだり、ましてや勝者を恨んだりするような無様な真似はしませんが、自分達がどうして負けたのか分からないままでは引き下がれません。
今回はあくまでも命のやり取りではない模擬試合でしたが、もしも敵兵や魔物が相手だったなら、この結果は自身や仲間の生死にも直結します。ゴーレムの性能や術式に付け入る隙があるのなら、すぐにでも不備を潰さないといけません。
「必ずしも弱点ってワケじゃないですけど、痛みはともかく暑さ寒さを感じられないのは問題ですよね。だからこそ、身体の内側が凍っていても、いよいよ動きが鈍ってくるまで分からなかったんですし」
痛みも疲労も、暑さも寒さも感じずに動き続けられるという不死身性は、ゴーレムの持つ大きな利点ですが、見方によっては感覚の鈍さはデメリットにもなります。
もし、ゴーレムがもっと早い段階で寒さを感じ、体内が凍り始めていることに気付けていたら、火を熾して溶かすなり、凍った部分を破棄して身体を再構築するなりという手も取れたかもしれません。
「なるほど、感覚の鈍さを利用して魔法で凍らせた……それはいい。だが、我々のゴーレムはキミが刻印を描くよりも前に既に動きが鈍り始めていただろう? いつの間に描いていたんだ?」
そして、トム達にはもう一つ分からない点がありました。
試合が始まってからかなりの時間、具体的には勝負の終盤に追い詰められたレンリが身体制御で危機を脱するまで、彼女はゴーレムに触れてすらいませんでした。ですが、その時点で既にゴーレムの体内はロクに身動きが取れないほどに凍り固まっていたのです。
レンリには一瞬でゴーレムの巨体を凍りつかせるほどの魔力はありませんし、そもそも刻印を描かなければ『凍結』を発動できません。
最後に倒れてから全身に刻印を描いたのは、あくまでもダメ押しのトドメ。
それとは別に、どこかの時点でトム達に気付かれないようにゴーレムに『凍結』の刻印を描いていたと考えないと時間的な辻褄が合わないのです。
「ああ、それなら勝負が始まる前から」
それに対するレンリの答えは単純明快。
ゴーレムの材料となった地面そのものに、水を撒いたり冷却剤の壺を埋めておくのと並行して、あらかじめ刻印を彫り込んだ小石を周囲の地面に山ほど混ぜ込んでいたのです。
無論、トム達がどこの土を使うかなど事前には分かりません。
ですが、前日のうちに試合場の場所を確認して、ゴーレムを作るのには邪魔臭そうな倒木や大岩を配置して、無意識のうちにそれらの障害物がある場所を避けるよう誘導したのです。
刻印入りの小石を埋めた場所も、そのままだと地面に人の手が入っていることに気付かれるかもしれないので、落ち葉を撒いたり雑草を植えたりという偽装を施していました。
そこまで用心しても、地面の異変に気付いたり、何かの気紛れで狙った位置以外の土を使ってゴーレムを作られるという可能性も無くはありませんでしたが、そこに関してはもはや運の領域でしょう。
「ちなみに、ゴーレムの体内に取り込まれた刻印に魔力を送って発動させていたのは皆さん自身です。力強く動かそうと魔力を送るほどに、私が何もせずとも内側から凍っていくという仕組みですよ」
思惑通りに刻印入りの小石がゴーレムの体内に取り込まれたならば、あとは持久戦に持ち込めばそれだけで『凍結』は進んでいきます。なにしろ、発動に必要な魔力は敵であるトム達が絶え間なく供給してくれていたのです。動かし続ければ動かし続けるほど、労せずに凍り固まっていきました。
もっとも、これに関しては想定外のアクシデントもありました。
ゴーレムが変身して、体内の土が圧縮される過程で、恐らくは仕込んだ小石の何割かが壊れて、術の効力が切れてしまったのでしょう。サイズが小さくなったにも関わらず、『凍結』の進みが遅れてしまっていました。
長期戦を嫌ったトム達が出力を上げようと追加の魔力を送ってくれなかったら、勝敗は逆になっていたかもしれません。
「なるほどな、良い経験を積ませてもらったよ。出来れば、今度はこちらが挑戦者として再戦を申し込みたいところだがね?」
準備と小細工を積み重ね、なおかつ相手は本番まで何一つ準備していない状態なのに、どうにかギリギリで拾った勝利なのです。
もうちょっとでも運の天秤が相手側に傾けば、そうでなくとも今回使った手は二度とは通用しない奇策ばかり。手品の種明かしをした今のまま再戦をしたら、今度はレンリ達があっさり負けてしまっても不思議はありません。
「いやいやいや。もう二度とやりませんて! このまま勝ち逃げさせて……あれ、一勝一敗だから引き分け逃げ? させてもらいます!」
団内の身内以外との対戦は、トム達にとっても有益な刺激となったようです。
魔力が回復したらすぐにでも再戦したいようですが、次にやったらボロ負け確実なレンリは断固として拒否しました。この分だと彼女達がゴーレムと戦うことは、少なくとも当分はなさそうです。
塩を撒いて温度を下げたのは、結構予想しやすかったみたいですね。
予想が的中した方々、お見事です!
一緒に混ぜていた尿素やら硫酸アンモニウムやらは、現代地球で製造されている冷却剤の材料としても使われるほどの冷却効果があるそうです。
地球の科学や化学とアプローチの仕方は多少ちがいますが、錬金術やら魔法薬学とかが実在してる世界なので、そのあたりの物質研究はそれなりに進んでいます。




