ゴーレム戦決着
あと一歩のところでレンリを取り逃した黒ゴーレムは、瞬時に状況を把握して即座に追撃しようとして……しかし、出来ませんでした。
ほんの数秒程度でしたが、何故だか動きが止まってしまったのです。
完全に停止するほどではありませんが、明らかに動作が鈍っていました。
「さっきの粉が原因か?」
ゴーレムを遠隔操作しているトム達には確かな原因は分かりませんが、それでも推測は可能です。先程ルカが投げつけてきた壺の中身。あの白い粉が動作不良の原因と見て、まず間違いありません。
錬金術の分野には、魔力の流れを阻害するような薬品の製法も存在します。
動力源である魔力の流れを止めたり、あるいは大気中に放散させたりすれば、ゴーレムの性能は格段に落ちることでしょう。
随分と見通しが良くなった試合場の中では、ルカが次の壺を見つけて掘り出そうとしています。壺一個分だけでは完全停止には至らなかったようですが、二個三個と続けて喰らえば恐らく更なる性能低下を免れません。
「長期戦は不利のようだな」
「ああ、もっと魔力を回せ。出力を上げるぞ!」
しかし、それならば追撃を喰らわなければ良いだけの話。
トム達が先程以上の魔力を送ると、動きの鈍っていたゴーレムは再び力を取り戻しました。通常形態の三倍以上もの魔力を消耗するので長時間は持ちませんが、それでも十分以上は動けるはず。
スケール感が違いすぎる為にこれまで取り逃がし続けていましたが、正面戦闘における戦力差は依然圧倒的にゴーレムが有利。身を隠せる遮蔽物が減った現在、冷静に一人ずつ片付けていけば、十分間と言わず三分もあれば決着がつくはずです。
◆◆◆
――――が、それは所詮机上の空論。
「お前の相手は俺だ」
レンリを取り逃してから、動作不良による停止、追加魔力を得て再起動するまでに約二十秒。先程距離を取られたルグが追いつくには充分すぎるほどの時間です。彼はゴーレムの背後に立ち、既に攻撃態勢に移っていました。
あれほどの巨体を長時間維持できるのは、三人がかりで操作し魔力を賄っているからこそ。しかし如何に熟練のチームであろうとも、咄嗟の判断が求められる場面では、必ず意思統一のための時間を要します。もはや、この状況からの回避は不可能。
「シッ!」
ルグが放った横薙ぎの一閃が、黒ゴーレムの左足首に当たる箇所を切断しました。
ここで使用したのは、先程の巨大化剣ではなく折れ曲がっても直るタイプの試作聖剣。ルグはこの勝負に二種の試作聖剣と神経強化の魔剣、計三本もの剣を持ち込んでいました。ちなみに、普段持ち歩いている弓矢は、ゴーレムへの効き目が薄そうなので装備から外しています。
「もう、一回っ!」
片足を斬られてバランスを崩したゴーレムに対し、今度は反対の右足に向けてもう一閃。こちらは剣筋が幾分乱れていたせいか足の半ばまでを裂いた時点で剣が折れ曲がってしまいました。こうなっては刀身が再び元通りになるまでの五分近くは使えません。
しかし、今回はこれで充分。
ゴーレムにはアキレス腱や骨格は存在しませんが、それでも両足を深く斬られたらバランスを崩すのは必定。背後に大きくグラついてしまい、
「っと、こいつはオマケだ!」
地面に倒れかけたところで、巨大化剣の柄を地面に突き立てたルグが刀身を上方に向けて一気に伸ばしました。すると、剣が伸びる勢いと倒れこんでくるゴーレム自身の重さが合わさったことで、剣先は硬い装甲を割ってゴーレムの腰部へ突き刺さり、黒い巨体を串刺しにしてしまったのです。
仰向けに倒れたゴーレムは、下腹部を剣に貫かれた状態でドシンと倒れました。
あのままだと、倒れかけた身体の下側から攻撃を仕掛けたルグが下敷きにされてしまうところでしたが、
「危ねっ……!?」
それは横っ飛びに跳んで、どうにか回避。
かなりギリギリでしたが、ペシャンコにならずに済んだようです。
この時点でルグは二種の試作聖剣を手放しており、残る一本の魔剣では強度の関係でゴーレムの硬い守りを突破するのは難しい。
そして、串刺しにしたとはいえゴーレムの損傷は軽微。
生身の生物であれば致命傷か、少なくとも当分は動けない大怪我でも、土と岩の塊であるゴーレムにとってはかすり傷のようなものです。
身を起こしてから剣を引き抜けば、何事もなかったかのように戦闘を続行することができるでしょう。そうなったら、もうルグの攻撃では止めることはできません。
しかし、もはや武器は必要ありません。
ルグは約束どおりに自分の役目を果たしたのです。
「レン、動きは止めたぞ! これでいいか?」
「上出来っ! あとは任せたまえ」
レンリの要求は五秒間の足止めと、可能であればゴーレムを転ばせる事。
足を深く斬られたゴーレムが身を起こして脚部を繋げ、刺さった剣を引き抜くまでに要する時間は二十秒か三十秒か。いずれにせよ、勝負を決めるには充分すぎる程の猶予がありました。
「『凍結』、『凍結』、『凍結』っと……寒っ! でも、まだまだ『凍結』!」
再び『身体制御』を弱めに発動させたレンリは、高速で移動しながら仰向けに倒れた黒ゴーレムの手足、頭部、腹部……とにかく、手当たり次第に『凍結』の刻印を描いていきました。
以前の禁書事件の際に、大河を一瞬で凍らせたのと同じ術です。
レンリにはライムほどの魔力はないので、一瞬でゴーレムの巨躯を凍りつかせるほどの冷気は出せませんが、足りないモノは知恵と手数でカバー。全身のあちらこちらで連続して『凍結』を発動させれば、簡単には逃げられません。
あらかじめ試合場に水を撒いておいた為に、この周囲の土は多量の水気を含み、氷が出来やすい状態になっています。当然、ゴーレムの材料となった土も通常より水分を多く含んでおり、それによって体内が一気に凍り付こうとしているのです。周囲の水溜りや地面もたちまち凍り、ゴーレムを縛る枷と化していました。
「えと……見つけてきた、けど。まだ、必要……?」
「そうだね、念の為。じゃあ、手足の辺りを中心に撒いておいて」
更なるダメ押しに、ルカが掘り出してきた壺の中身をゴーレムの手足に撒いていくと、氷は一層冷たく、固く凝固していきました。
こうなってしまってはゴーレムの怪力をもってしても、脱出はもはや不可能。
なにしろ、人間で例えるなら体内の血液が全部凍ってしまったようなものなのです。脱出どころか、身じろぎ一つ出来ないでしょう。
すっかり氷漬けになったゴーレムは、仰向けに倒れたままピクリとも動きません。
「……やったかな?」
「……やったよな?」
「……やった、よね?」
三人で逆転フラグになりそうな台詞を呟いても、ゴーレムは仰向けで凍りついた状態でピクリとも動きません。ほどなくして審判のシモンが判定を下し、
「うむ、勝負あったようだな。そなたらの勝利だ!」
「「「やったーっ!」」」
この勝負はレンリ達の完勝という形で幕を閉じました。
◆次回で色々と種明かし&そろそろ三章の終わりに向けて進んでいきます。




