リベンジマッチ
前回の迷宮探索から三日後の朝。
じっくりと休養を取って疲れを抜いたレンリ達は、久々の第一迷宮を訪れました。
無機的で人工的な第二迷宮とは対照的に見渡す限り木々が茂り、そこかしこから生命の気配が感じられます。
「三人とも、調子はどうだ?」
「バッチリです」
「同じく」
「だ、大丈夫……です」
今日の目的は探索ではなく、以前に不覚を取った巨大ゴーレムを相手にした模擬戦闘。リベンジマッチとあって気合は十分。準備万端の構えです。騎士団側にもシモンを通じて話が通してあり、ゴーレムを操作する魔法兵も待機しています。
「付き合わせてしまって済まんな、トム」
「なぁに、どうせ待機中はヒマですからね」
現在停職中のシモンは、団長といえど部下に命令を下すことはできません……厳密には。
しかし、抜け道というのは探せばいくらでもあるものです。
シモンが、あくまで私人として訓練法の提案をするのは自由。
公的組織である騎士団ですが、市井の民からの意見や提案も内容次第では受け入れられます。まあ、通常は巡回のルートや時間についての意見などが主ですし、訓練方法に口を出してくる一般市民など普通はいませんが、かといって規則で禁止されているワケでもありません。
ついでに言うと、現在彼らは初心者向け講習の最後に参加者達を脅かす為に待機している真っ最中。講習の進行ペースは毎回数時間単位でブレるので、一応の予定時刻である正午の三時間前から所定の場所に身を潜めて待機しているのですが、やはり退屈なのは否めません。
兵隊の仕事というのは戦闘や行軍が注目されがちですが、実際には待機命令を受けてジッとしている時間というのが少なからずあります。ただ何もせずにいるだけで給料が発生すると考えれば美味しい話にも思えますが、実際にはそれほど楽なものではありません。
いつ命令が下るかもしれない状況で緊張状態を維持するには相当の気力を消耗しますし、退屈という恐ろしい敵とも戦わねばなりません。
何時間もただ待機しているくらいなら、同じ時間で長距離走や戦闘訓練でもやっていたほうが余程マシ。彼らにとっても、時間潰しがてらにシモンが提案した訓練に付き合うのは悪い話ではなかったというわけです。
現在時刻は、普段待機を始める正午の三時間前。今から模擬戦を行って魔力や体力を消耗しても、恐らくは本番の受講者を相手にするまでには回復するはずです。
ちなみに、ゴーレムを操作するのに充分な魔力が回復しなかった場合の備えとして、奇怪な仮面を被って両手に木刀を装備したライムも待機しているので心配ご無用。
万が一、本命のゴーレムが使えなくなった場合には、代理の彼女が謎の女蛮族として受講者達に襲い掛かり、適度に痛めつけながら追い立てる手筈になっています。別の意味での心配が出てきたような気がするかもしれませんが、お気に入りの仮面を着けてやたら張り切っているライムを見たら、誰も何も言えませんでした。
◆◆◆
『ウル姉さん、ここからならよく見えそうですよ』
『うん、一緒に観戦するの』
そして、この件に関しては完全に無関係なのですが、何故だかウルとゴゴまでレンリ達にくっ付いてきていました。
『ほら、来る前にポップコーンを買ってきたのよ。一緒に食べながら見るの!』
『流石ですね。姉さんのそういうところ、我は好きですよ』
完全に物見遊山の野次馬気分です。見晴らしの良い高い木に登って、枝に腰掛けながらポップコーンを食べていました。
ちなみに、普段街にいる時はごく普通のアホなお子様に見えるウルですが、自身の迷宮内では能力の制限は大幅に解除されます。身体能力も上がるので、木登り程度なら全く苦労しません。
『あはははは、みんな我の掌の上で争うがいいの!』
『それだと、ちょっと意味合いが違ってきますねぇ』
この第一迷宮自体がウルの本体なので掌の上というのも間違ってはいませんが、それ以上に色々間違っていました。
◆◆◆
「始める前にもう一度ルールの確認だ」
開始直前、審判役のシモンが双方の陣営に勝負の条件を告げました。
まあ、そう難しいものではありません。
今回はあくまでレンリ達三人とゴーレムとの戦いなので、操作している兵への直接攻撃は禁止。
骨折等の重傷を負った場合は、まだ続行の意思があっても問答無用で敗北。
あらかじめ設定してある範囲から出た者は、その時点で敗北。
敗北扱いとなった者は、勝負に復帰することはできない。
ゴーレムが復元不可能なまでに破壊されるか、魔力切れなどの要因で操作を持続できなくなった際は魔法兵側の敗北とする。
細かい部分に関しては勝負中に逐一判断する必要があるかもしれませんが、大まかにはこんな内容です。まあ、妥当なところでしょう。もし怪我をしても待機しているライムがすぐに治療できますし、精神はともかく肉体面の安全はバッチリです。
「いくぞ! ヤン、クム」
「相手は子供だが手は抜くなよ」
「無論だ」
トムと呼ばれた魔法兵と仲間の二人が詠唱を開始すると、森の地面がボコリと盛り上がり、たちまち巨大なゴーレムへと変じました。
通常、単体の魔法使いが使役するゴーレムに比べるとサイズの違いは明白。
三人がかりで一体を自在に操るのは並大抵の難度ではありませんが、戦力は普通のゴーレムの三倍どころか十倍は軽く超えるでしょう。生半可な攻撃ではビクともせず、損傷を受けてもたちどころに修復されるという強力な再生力も備えています。
スピードも鈍重そうな外見に似合わず、人が走るのと同等以上。
それに以前は防御と追跡だけに徹していましたが、あれはあくまで脅かすのを目的として手加減をしていたからで、当然ながら攻撃ができないワケではありません。巨体の重量が生み出す破壊力は、あえて説明するまでもないでしょう。
このゴーレムを横一直線に並べて一斉に進軍するというG国魔法兵団の戦法は、極めて単純ながらも強力無比。この戦術が考案されて以降、まだ実際の戦争での運用実績こそありませんが、人里離れた辺境で魔物を相手に試験運用をした際には大きな戦果を挙げています。
何十体ものゴーレムの後ろには歩兵や騎馬隊も後詰めとして控えていたのですが、不運にも半端に踏み潰されて即死できなかった魔物にトドメを刺してやるくらいしか出番がありませんでした。
防御壁としても武器としても機能する巨体。
不死身に近い再生能力。
その戦力は『金剛星殻』の深層で見た魔物にも匹敵するかもしれません。
レンリ達もそれは重々承知した上で、
「よし、それじゃあ雪辱を晴らそうじゃないか」
「ああ、作戦通りにな」
「うん……がんばる、ね」
それでも尚、自分達の勝利を疑っていませんでした。




