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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
三章『境界調律迷宮』

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懐かしさと未熟さと


「ふぅ、今回も疲れたよ」


「うん……いつも、大変……」


 ある日のお昼頃。

 迷宮の出入り口である聖杖からレンリ達一行が出てきました。

 今回の探索は迷宮内で四日を過ごす、これまでで最長の行程でした。


 小まめに食事休憩や仮眠を挟んではいましたが、迷宮の硬い床の上では疲れは簡単に抜けません。食事や水分は充分な量を摂っていましたが、それでも狩った獲物と保存食ばかりでは栄養の偏りは出てきます。迷宮に入る前よりも心なし痩せているように見えるのは、きっと気のせいではないのでしょう。



「やれやれ、硬い床で寝てたせいで背中が痛い。早く柔らかいベッドで寝たいよ」


「うん……汚れちゃったから……熱いお風呂、も」


「俺は新鮮な魚でも食いたいな。肉は美味いけど、そればっかじゃ流石に飽きる」


「ははは、存分に休むがよい。しかし三人とも随分慣れてきたのではないかな?」



 シモンが言うように、この半月ほどで三人は大きく成長していました。

 以前のままだったら、今回のような厳しい行程をこなした直後には、こんな風に愚痴を零す余力も残っていなかったはずです。単純な体力や魔力の増加だけでなく、余力をコントロールするペース配分の巧みさや、精神面のタフネスが特に大きく鍛えられたのでしょう。


 一撃でも攻撃を喰らったら死ぬような魔物を飽きるほど見て、時にはシモンやライムが事前にダメージを与えた瀕死の敵を相手に、実戦形式で経験を積んだりもしていました。

 いくら死にかけとはいえ、遥かに格上との戦闘では即断即決で適切な対処をしないと大怪我は確実。そして怪我をしてしまえば、ライムによる恐ろしい激痛治療が待っています。二重の意味でのピンチを何度も乗り越えた結果、心技体の全てが大幅に伸びたとて不思議はありません。


 教え好きの保護者二名にしても、三人の成長は想定以上。途中からなんだか面白くなってしまったようで、技やら術やら色々と教えていました。



「どれ、帰る前にそこらで茶でもどうだ?」


「ん。頑張ったご褒美」



 普段、探索の後はすぐに解散するのですが、今回は特に厳しかったこともあってかシモンが“弟子”達をねぎらおうとお茶に誘いました。頑張ったご褒美というワケです。

 三人も疲れてはいますが、今すぐ倒れるほどではありませんし、ありがたく厚意を受けることにしました。

 


 学都の中心だけあって、聖杖前広場は普段から多くの人々で賑わっています。

 そうなると、集まる人々を相手にする飲食店の類が増えるのも自然な流れ。本格的なレストランからちょっとした軽食を扱う屋台まで数多く並んでいます。


 シモン達は手近にあった喫茶店に入りました。

 適当な菓子や軽食、飲み物を注文して待っていると、



「おや、あれは?」



 レンリが店の外の奇妙な集団に気が付きました。

 集団の数は二十名ほど。

 老若男女、種族も格好もバラバラです。外見に一貫性がなく、事情を知らない部外者からは、どういう集まりなのか分からないでしょう。


 

「あ……懐かしい、ね」



 しかし、ルカには彼ら彼女らがなんなのか、とてもよく分かりました。

 ルグやレンリも、立場は違いますがシモンも同様です。


 今からもう四、五ヶ月は前になるでしょうか。

 春先に学都を訪れたばかりの頃に、三人が受けたような迷宮初心者を相手にした講習。この場に集まった面々は、これからあの苦行に挑むのです。


 講習の開始時刻は担当教官の方針や応募人数によって毎回微妙に違いますが、大体昼頃から翌日の同時間帯までの丸一日。迷宮に入る時は朝から出発する事が多いレンリ達とは活動時間がズレているので、これまではあまり見かけることがなかったのでしょう。 


 希望者の集まり次第で多少前後しますが、この講習は週に一、二回程度の頻度で行われています。流石に禁書事件の時は騎士団側の人手不足で中止していましたが、迷宮目当てで学都を訪れる人々は依然として少なくありません。


 この街で護衛等の活動をする職業冒険者は講習の受講が必須となっていますし、それ以外の者も義務ではありませんが、迷宮に慣れる意味もあって受講が推奨されているのです。



「なんか微妙に慣れてない感があるな……」



 ルグが言うように、集まっている人々は一見すると準備万端整えているように見えますが、よくよく観察するとこの時点で少なからず失敗しているのがわかります。

 買ったばかりと思しきピカピカの靴。

 保存食や医薬品を詰め込みすぎてパンパンに膨らんだ鞄。

 如何にもアウトドア慣れしている風の者も僅かにいますが、そういう例外は恐らく学都に来る前から冒険者として活動していたクチでしょう。 



「できれば、出発前に教えてあげたいけどね」



 レンリ達からすれば、どれもこれも覚えのある失敗ばかり。

 このまま出発したら、きっと彼らのほとんどは疲れ果て、痛めつけられ、それはそれは酷い目に遭うのでしょう。先達としてアドバイスしたくなるのも、おかしな事ではありません。


 この時点で手遅れな失敗はともかく、荷物の持ち過ぎなどであれば、どこかの店に預けるなり捨てるなりすれば相当マシになるはずです。


 ……が、散々迷った末に助言をするのは止めておきました。

 もっとも、仮にしようとしてもシモンが制止したでしょうが。



「アレって、その痛め付けられるところまで込みの訓練だしな……最後のデカいゴーレムとか、今考えてもどうかしてる気がするけど」


「うん、あれはキツかった。正直、最後はちょっと泣いてたよ」


「わたし、も……怖かった……」



 今となっては笑い話ですが、丸一日慣れない森の中を歩き続けて、疲労と痛みで消耗しきった最後の最後に見上げるような巨大ゴーレムに道を塞がれ、追い立てられた記憶は生々しく残っています。



「冷静に考えれば気付けたかもしれないけど、疲れてると頭が回らないんだよね」



 結局、最後のゴーレムに関しては野良の魔物ではなく主催側が魔法で操っている狂言だったのですが、当時のレンリ達は気付くことができませんでした。

 後から落ち着いて考えてみれば全く攻撃らしい攻撃はしてきませんでしたし、他にも不自然な点はいくつもあったのですが、体力の消耗が思考力を大幅に狭めていたのでしょう。


 そのゴーレムの件以外でも、あの講習は安全面に充分な配慮をした上で、受講者の限界を知らしめる為のものだったと今ならば分かります。

 かなりの荒療治ではありましたが、“安全”に危険な目に遭わせることで、自分達だけで活動する際に無謀な行動を取りにくくなる効果は確かにあったのでしょう。


 ならば、下手な助言はかえって「後輩達」の為になりません。

 それに、もう時間切れのようです。いつぞやの嗜虐趣味のある女性教官や補佐役の冒険者が現れて受講者を集め、哀れな犠牲者達は意気揚々と迷宮に乗り込んでいきます。

 

 レンリ達はかつての自分達を見る思いで、離れた店内から密かに彼らの無事を祈るのでした。







 ◆◆◆







「今ならそこまで苦労はしない、かな」


 講習のことを思い出したからでしょうか。

 レンリがそんな独り言を呟きました。


 五ヶ月前は限界ギリギリまで追い詰められましたが、今では一日中歩き続けてもそれだけでバテたりはしませんし、足の皮が肉刺(マメ)になって潰れることもなくなりました。冒険者基準だと貧弱な印象のレンリですが、着実に体力はついてきているのです。


 それもこれも最近の深層行脚のおかげです。

 魔物を相手にする際も、実力差を見極めて逃げるにしろ戦うにしろ、冷静に判断できるくらいには場慣れしてきています。

 今のレンリ達なら例の巨大ゴーレムの仕込みにも気付ける可能性は低くありませんし、もしかしたら正面から打破することも不可能ではないかもしれません。



「ふむ、ならばリベンジマッチといくか?」


「リベンジ?」



 レンリの呟きが耳に入ったのか、シモンがそんな事を言い出しました。



「うむ。そなたら三人と例のゴーレムで試合でもしてみるか? 部下達の訓練にもなるだろうしな」


 

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