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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
三章『境界調律迷宮』

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普通の冒険者

今回はちょっと番外編っぽいお話です


 第二迷宮『金剛星殻』。

 天地上下がコロコロと入れ替わる奇想天外な迷宮の中を、五人組の冒険者が進んでいました。


 五人は全員が鍛え抜かれた筋肉を持つ屈強な男性ばかり。

 装備している武具は丁寧に使い込まれており、何気ない身のこなしや視線の配り方からも只者ではない事が窺えます。とても迫力のある強面揃いで、気の弱い者が街中で彼らを見たら、きっと震え上がってしまうでしょう。


 彼らが現在歩いているのは、第二迷宮の低層を抜けて中層区画に入った辺り。

 具体的にどこからどこまでと決まっているワケではありませんが、生息している魔物の種類や、手に入る拾得品の品質によって「低層・中層・深層」のどの辺りにいるかは大体見当が付きます。何週間もかけて少しずつ道順を調べ、ようやく中層への最短ルートを見つけ出せたのです。



「ここまでの魔物は物足りなかったからな」


「くくっ、腕が鳴るぜ」



 歴戦の男達にしてみれば、低層区画の魔物はまるで歯応えがなかったのでしょう。

 やや戦闘中毒(バトルジャンキー)の気がある巨漢など、意気込みを表すかのように腕をグルグルと回しています。



「まあ、張り切るのは構わんが程々にな」



 リーダーである狼頭の獣人は、血気盛んな仲間を宥めながら、手製の地図に新たな情報を書き込んでいました。この地図は後で読みやすいように清書し、更に同じ物を何枚か書き写す予定です。ギルドでも販売されていない、中層以降の詳細な地図はそれだけで価値を持ちます。他のグループと出会った時に情報や物資の交換材料としても使えるでしょう。


 彼らは順調に進み、時折遭遇する魔物も危なげなく倒していきました。


 そうやって今回の探索行を始めてから早三日目。

 特にアクシデントもなく進み、中層も半ばを過ぎた頃のこと、



「……っ、止まれ!」



 異音を聞きつけたリーダーが仲間に警戒を促しました。

 人間の耳ではまだ何も聞こえませんが、獣人特有の鋭い聴覚を持っている為に素早く異常を察知できたのでしょう。

 仲間達も、いちいち理由を聞くまでもなく速やかに周囲を警戒しています。

 現在五人がいる場所は縦横100m以上はありそうな大部屋の中央付近。この部屋に繋がる通路は八つもあり、魔物が出てくるとしたら、そのいずれかからと推測されます。


 リーダーは壁に耳を当てて、異音の正体と出現位置を絞ろうと聴覚に意識を集中し、



「これは……皆、大丈夫だ。また、あいつらだな」



 そして、あっさりと警戒を解きました。

 やがて連続していた異音は人間の耳でもはっきり聞こえるくらいになり、床や壁が震える振動としても感じられるようになり、それから――。


 ドンッ!


 と爆発音に似た轟音と共に、いずれの通路でもない壁に大穴が開いて、およそ迷宮にふさわしいようには見えない少年少女の五人組が姿を現しました。







 ◆◆◆







「ええと、嬢ちゃんはレンリとかいったな」


「やあ、そっちはヴォルフさんだっけ?」


 壁を壊して直進してきたレンリ達一行に、獣人リーダー改めヴォルフ氏は敵意がないことを示すよう、武器を収めてから近付きました。

 男達のリーダーである狼系獣人のヴォルフ氏と巨人族のダイダラ氏は、以前学都にやって来たばかりの頃に、冒険者ギルドと騎士団共催のイベントでレンリ達と一緒のグループになったことがありました。以来、迷宮内で顔を見かけたら挨拶するくらいの間柄になっているのです。



「何か必要な物はあるか?」


「こちらは特に。そっちは?」



 迷宮内ではこうしたグループ同士の取引は珍しくありません。

 レンリ達は特に困ってはいないようですが、ヴォルフ達は既に三日の探索で持ち込んだ物資を消耗しています。



「塩が少し心許ない。岩塩か何かないか? 対価は地図……は、お前さん達には無用だったな」



 普通の相手なら地図の写しでも充分な対価になるのですが、迷宮の壁を掘り抜いて一直線に進む彼女達には無用の長物でしょう。



「払いは現金か狩った獲物でもいいか?」


「うーん、肉の種類は?」


「昨日狩った影山羊【シャドウ・ゴート】だ。腿肉は食っちまったが背肉は丸々残ってる」


「いいね! じゃ、それで」



 解体してから保存用の油紙に包んでいた肉と岩塩での取引が成立し、両者は品物を交換しました。物々交換が成立しない場合は現金を対価にする場合もありますが、迷宮内ではお金は荷物になるだけですし、必要な消耗品があればそちらを選んだほうが何かと都合が良いのです。



「じゃ、またな」


「うん、またね」



 取引が終わったら、レンリ達は長居せずに立ち去っていきました。

 通路ではなく元来た穴の反対側の壁に向かい、そのまま進路上にある障害物を全て破壊しながら直進していきます。その速度は普通に歩くのとほとんど変わりません。このペースなら何日もかけて地道に道を調べずとも、一日あれば深層まで行けるでしょう。



「なあ、ヴォルフ。俺達も……」


「駄目だ」



 巨人族のダイダラ氏がレンリ達の裏技を真似しようと提案しかけましたが、それをヴォルフ氏は即座に却下しました。実のところ、このやり取りも初めてではありません。

 たしかに、低層や中層区画のブロック材であれば強度もそこまでではありませんし、壁の一枚や二枚、十枚や二十枚であれば彼らでも破壊するのは難しくないでしょう。巨人族であるダイダラ氏が種族固有の能力で巨大化して全力で殴れば、一撃で何十mもの道が出来るはずです。



「お前、狭い道じゃつっかえるだろうが」


「あ」



 残念ながら、巨大化能力を持つ巨人族にとっては、屋内型の第二迷宮は相性が悪い環境なのです。通常の小さい状態では壁を掘り抜くのもラクではありませんし、怪力を発揮するために巨大化すると動きが大きく制限されてしまいます。

 そんな風では突然魔物が出現した時に咄嗟の対応が難しくなりますし、通路を通る度に小さくなって壁を壊す時に毎回巨大化するのでは魔力の燃費が悪すぎます。

 他の面々にしても、壁の破壊には多少なりとも魔力や体力を消耗しますし、疲れきった状態で強敵に遭遇したらどうなるかなど考えるまでもないでしょう。

 


 レンリ達の裏技は、第二迷宮に挑む冒険者の間ではそれなりに有名になってきましたが(なにしろ、派手すぎて隠しようがありません)、それでも真似ようとする者がほとんどいないのは理由があります。


 あの方法はあくまで、異常な魔力効率によってほとんど消耗なく力を発揮できるルカありきの手段。シモンやライムも協力して交代しながら壁を壊していますが、彼らの場合は体力や魔力の総量が桁外れなので参考になりません。

 壊れた壁がそのまま次回の探索でも使えるならともかく、長くとも数時間、短ければ数分もすれば元通りに修復されてしまいます。毎回これほどの労力を払うよりは、普通に道を探して進んだほうがよっぽど低リスクで確実というものです。



「さて、俺達も負けてられんな」



 他人は他人。

 自分達は自分達。

 真似しようがない事をいつまでも羨んでいても仕方がありません。

 すぐに気分を切り替えた男達は、ごく普通に部屋から伸びる通路の奥へ進んでいきました。



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