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適応


 不幸なすれ違いによって、気が付いたら第二迷宮の深層区画にまで連れてこられたレンリ達。強力な魔物が多数徘徊する危険地帯に怯えていましたが、次第に心の落ち着きを取り戻してきました。

 

先程から何度も強力な魔物と遭遇していますが、毎度シモンかライムのどちらかが瞬殺するのを見ていたせいか、安全が保証されていることが実感として理解できてきたのでしょう。

 むしろ、パニックになり下手に逃走を図ってこの二人から逸れるのが一番危険。

 今は努めて冷静さを保つことこそが最も生存率を高める手段だと、レンリ達の生物としての本能が最適解を教えていたのです。


 人間(ヒト)という生物(※ここではヒト種、エルフ、ドワーフ、魔族等のヒト型生物全般を意味する)には、本人が望もうが望むまいが関係なく、過酷な環境に放り込まれるとそれに適応しようとする性質があるのです。

 実際、極寒の氷の大地から灼熱の砂漠まで住める生物種など滅多にいるものではありません。極小の微生物や一部の昆虫以外では、それこそ人間か竜くらいのものでしょう。

 適応力とはヒトという種の大きな特徴であり、また強力な武器であるのです。まあ、最初から過酷な環境に立ち入らずに済むなら、それに越したことはないのでしょうが。



 そういう意味では、死に近い環境に置かれるというのは、成長を目的とするなら悪い状況ではありません。危険に対する感度を磨いたり、最適な生存手段を模索する思考力であったり、強敵を前にして冷静さを保つ度胸であったり、得られるモノは無数にあります。


 純粋な戦闘技術や身体能力を磨くには相応の時間もかかりますが、心構えや感覚といった部分であれば時間はさほど問題になりません。やり方次第では、通常の訓練で得られる何年分もの糧を短期間で手にすることも不可能ではないのです。






 


 ◆◆◆ 







 迷宮に入ってから約二十三時間後。



「ふふふ、こうしていると心が洗われるようだよ……」



 レンリは安全地帯の小部屋で見つけた長剣に頬ずりをしながら、暗い笑みを浮かべていました。疲弊した心を休める為の現実逃避という側面も少なからずあるのでしょうが、笑みの理由はそれだけではありません。


 深層区画ともなれば手に入る武具や道具の質も一級品。

 つい先程見つけたこの剣も、レンリの見立てでは純度の高いミスリルを主材料とした業物。迷宮の外で同等の品を買おうとしたら金貨で数百枚は下らないでしょうし、潰してインゴットにしてもそれなりの価値になるのは確実です。


 この剣以外にも収穫は少なくありません。

 先程ライムが仕留めた城塞大蛇【フォートレス・スネーク】の牙や鱗は、大きすぎて全部を持ち帰るのは不可能ですが、一部だけであっても武具の素材として良い値になるでしょう。血液や髄液も魔法の触媒や研究資料としての高い価値を持ちます。

 この深層区画に出るような魔物は城塞大蛇以外にも高い価値を持つ貴重な存在ばかり。今回の探索で倒して回収した部位だけでもちょっとした財産になるはずです。


 現在五人がいる小部屋にはそんな魔物の素材や、道中で見つけた武具、宝石や鉱石、そして御馴染みの『知恵の木の実』などが山積みにされていました。

 迷宮の法則は深層区画であっても同じで、転移装置の『戻り石』がある付近には魔物は寄ってきません。この場で戦闘が発生して拾得物に損害が出る心配は無用です。迷宮内での油断は禁物ですが、今回の探索に関してはもう気を緩めても問題ないでしょう。冒したリスクに見合うだけかそれ以上のリターンを得られたと見て間違いありません。



「つ、疲れた……ね」


「ああ、疲れたな」



 ルカやルグも体力的にはともかく精神的に疲れ果てていました。壁に体重を預けて、気を抜いたらそのまま眠ってしまいそうです。

 ですが、彼らもレンリ同様に嬉しそうな雰囲気を纏っています。

 金銭的な収入もですが、それ以外にも各々得るモノがあったのでしょう。




 そんな風に疲労困憊の三人の横では、ライムが大蛇の肉を調理していました。



「もうすぐ焼ける」


「おお、美味そうだな。わざわざタレを用意してきたのか?」


「こんな事もあろうかと」



 なんとも用意の良いことに、ライムは醤油に砂糖や味醂等を加えて煮詰めた蒲焼きのタレを小瓶に入れて持参していたようです。部屋の中にはタレを塗った肉が焼ける良い香りが充満していました。



「この匂いを嗅ぐと白い米が欲しくなるなあ」


「次は飯盒も持ってくる」


「うむ、それは良いアイデアだ」



 シモンとライムに関しては、完全にキャンプ気分です。数々の強敵との連戦をこなした直後にも関わらず、まるで疲れた様子がありません。



「できた」



 やがてライムの調理も終わったようです。

 元のお肉が何千トンあるか分からないくらいあったので、全体からすれば僅かな量ですが、それでも確保した切り身だけで50kgくらいはあります。

 そのうち40kgはルカがロノの餌用として持ち帰ることを希望したので未調理の状態で確保してありますが、この場で調理した分だけでも約10kg。五人で食べても全員がお腹を満たすには充分でしょう。


 それに食べ物はそれだけではありません。

 集めた『実』は第二迷宮の中でも魔力の濃い深層区画で採れただけあって、低層や中層のモノよりも遥かに多い魔力を内包しています。

 魔力や体力の増強や、有用な技術・知識の獲得も期待できますが、迷宮外に持ち出すと効力を失って普通の果物になってしまうのです。残念ながら持ち帰ることはできません。この場で食べ切る為には胃袋に余裕を残しておかないといけないのですが、



「デザートもあるから、ほどほどにな」


「食べ過ぎ注意」


「「いただきます!」」


「い、いただき……ますっ」



 よっぽどお腹が空いていたのでしょう。

 シモンとライムの忠告を聞く余裕も、ましてやペース配分を考える余裕もなく、三人は猛烈な勢いで蛇肉のタレ焼きを食べ始めました。




◆今更ですが、本作で『人間』という言葉が出た時は、単一の種族としての『ヒト種』を指す場合と、エルフ・ドワーフ・魔族・その他諸々まで全部含めた『ヒト型種族全般』を意味する場合があります。

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