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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
三章『境界調律迷宮』

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育ち盛りなので……


 迷宮に生息する魔物は、基本的には入口から遠い奥に潜むモノほど強力になっていきます。第二迷宮『金剛星殻』の場合でも、それは例外ではありません。


 表層に近い浅い区画であれば長い舌を鞭のように振るう舌鞭蛙【タンウィップ・フロッグ】や、音もなく飛来して探索者の生き血を狙う無音蝙蝠【サイレント・バット】などの、あらかじめ性質を知ってさえいれば然程苦労せずに倒せる魔物が大半。

 無論、油断していいワケではありませんが、既に第一迷宮で経験を積んだ探索者であれば大して苦労することはないでしょう。


 問題となってくるのは、表層から直線距離で10km以上も進んだ中層区画以降の魔物です。強力な魔物というのは、単に体格が大きかったり身体能力に優れるだけではなく、魔力を用いた魔法やソレに近い固有の特殊能力を持っていることがあるのです。

 炎や氷を飛び武器として射出してきたり、多少の傷であればたちまちのうちに治癒したり、空間を転移して逃走や攻撃に利用してくるモノすらいます。当然、打倒の難易度は低層に出現する魔物の比ではありません。


 レンリ達三人も、低層区画ではそろそろ物足りなさを感じてはいたのですが、自分達だけで中層以降へと踏み込むことを躊躇していました。

 販売されていた第二迷宮の地図は低層区画まで。中層以降に関しては足を使うなり人に聞いて回るなどして、地道に調べるしかないのです。

 壁抜けの裏技で直線的に進めば地図情報の不足は無視できるにしても、宝や『実』を探すなら常に直進しかしないのはかえって非効率ですし、出現する魔物についても把握しきれてはいません。奥に進むほどにリターンが大きくなる点を考慮しても、現状ではまだリスクのほうが大きいと判断していたのです。


 ですが、頼りになるシモンやライムが一緒であれば多少敵が手強かろうとも、全く問題になりません。なので、レンリ達も中層に進むにはちょうど良い機会だと思っていたのですが……、



「これはタレを塗って蒲焼きにすると美味しい」



 『金剛星殻』の深層区画でも最強の一角とされる強力な魔物。

 通路を埋め尽くすほどの巨体と鋼鉄の武具すらも弾き返す鱗に覆われた城塞大蛇【フォートレス・スネーク】の死体を前に、ライムが調理法についての解説をしていました。


 城塞大蛇は迷宮の外の世界では遥か昔に餌の不足が原因で絶滅しています。

 伝承で語られる城塞を丸ごと絞め潰したという逸話も、近年までは誇張された伝説上の与太話だと考えられていました。


 しかし、百聞は一見に如かずとはよく言ったもの。

 神造迷宮の中では既に外界では絶滅したとされる生物も出現します。

 冒険者による目撃例が寄せられたり、身体の一部が証拠品として持ち帰られるなどして、これまでの生物学上の常識が引っくり返ることも最近では珍しいことではありません。


 この城塞大蛇は全長600m、胴部の直径は5mを超える大物。

 これほどの体躯であれば、名前の由来通りに城塞を絞め潰すのも不可能ではないでしょう。条件次第では成体の竜種ですら喰いかねません。


 しかし、それはあくまで十全な実力を発揮できればの話。

 レンリ達だけなら到底倒すことなどできない怪物ですが、ライムが出会い頭に放った雷撃に眼球を貫かれ、そのまま脳までこんがり焼かれて即死しました。どれほど巨大で頑丈な身体を持っていようとも、運動神経を司る脳を破壊されてしまっては脆いものです。


 これが開けた空間での戦いだったなら、もっと戦いらしい戦いになったかもしれませんが、迷宮の構造上、通路を前進することしかできなかったのが大蛇の敗因でしょう。




 迷宮に入ってから早くも十八時間が経過していました。

 壁をドンドンとブチ抜いて直進し、40km近くを踏破。僅か一日足らずで五人は第二迷宮の深層まで来てしまったのです。

 ちなみに壁を掘る作業は最初のうちはルカがやっていたのですが、途中からライムとシモンが交代しながらやっていました。



「よし、折角獲物もあるし食事にでもするか」


「うん。運動したからお腹が空いた」



 シモンとライムの二人は、強力な魔物が多数徘徊する深層区画にあっても普段通りの自然体。呑気に食事の相談などしています。



「ひぃっ」



 ……が、常識的な感覚を持っているレンリとルグとルカは、先程からずっと怯えっぱなし。虫が這うような小さな物音にもいちいちビクリと反応しています。


 まあ、無理もありません。

 先程から遭遇する魔物は、そのどれもが見上げるような巨体ばかり。しかも、そのどれもが鋼鉄の如き耐久力と駿馬以上の素早さも備えています。


 ライム達が言うには、この辺りにいる魔物は変な搦め手を使ってこない対処しやすい相手ばかりだそうですが、単に大きくて頑丈で素早くて力が強いというだけでも、常識的に考えると厄介極まりないはずなのです。戦う力が足りなければ、逃げることもできずに丸呑みにされてしまうでしょう。







 ◆◆◆








 元々、探索の方針はレンリ達三人が決めてシモン達はサポートに徹する予定だったのです。実際、予定通りに中層区画に行き、しばらくは普通に探索をしていました。


 しかし幸か不幸か……いえ、現状を鑑みると不幸だったのでしょうが、中層の魔物を相手にしても三人は予想以上に戦えたのです。


 後方で全体を見ながら指示と援護を送るレンリ。

 ルカの投石による遠距離攻撃。

 弓と剣で遠近両方に対応できるルグ。

 三人での連携は以前に比べて格段にスムーズになっていました。


 毒持ちなど一部の危険な種類に関してはシモン達も手助けをしましたが、常日頃の訓練の成果を存分に発揮し、初見の魔物相手であっても冷静に挙動を見極めて、適切な対処することができていたのです。



「おお、見事。正直思った以上だな」



 シモンがこんな風に褒めたのも決してお世辞ではありません。

 これは武芸の分野に限ったことではありませんが、修行の成果というのは常に一定の伸び率を得られるワケではありません。時には努力をしているのに思うような成果が出ずに伸び悩むこともありますが、その逆にこれまでの地道な蓄積が実を結んで一気に花開くこともあるのです。


 そして、三人は今まさに伸び盛りの時期にありました。

 学べば学んだ分だけ、鍛えれば鍛えた分だけ吸収して、グングンと伸びる。こういう時期は当人達はもちろん、教える側としても面白いものです。

 シモンは元々仕事の一環として部下の訓練をしていましたし、ライムも教え方そのものは上手いとは言えませんが、どちらかというと世話好きな部類。あまり口を出しすぎるのは良くないとは分かっていてもつい色々と教えたくなり、指導にも熱が入ってしまいました。




 ……ここで止めておけば良かったのでしょう。

 成長を実感して大きく自信を付け、有意義な探索として終わっていたはずです。


 失敗の元は何気ない会話でした。



「これなら、もっと強いのが相手でも大丈夫かもね」


「そう? じゃあ、もう少し進む」


「そうだな、もう少しくらいなら問題なかろう」



 この時、双方の間で認識の齟齬がありました。

 「もっと強いの」を希望するレンリと、「もう少し」進もうというライムとシモン。こういう曖昧な物言いは時に悲劇の原因になりかねません。というか、実際なってしまったわけですが。


 

 無論、シモンやライムには三人を危険な目に遭わせる気は全くありません。単純に、より強い魔物と戦ったほうが得るモノは多いですし、危なくなったら助ければいいだけです。もっとも、イザとなったら助けるとは言われても、守られる側は気が気ではないでしょうが。

 あるいは、ライム達にとっては遥か格上の強敵に挑むなど、幼い頃から当たり前にやっている訓練の一環に過ぎないので、そもそもの感覚が大きくズレているのかもしれません。一見すると常識人に思えるシモンも、前にライムがやったようにボロボロになるまで痛めつけているワケではないのだから「問題なし」と判断しているあたり、根本的な部分に認識のズレが感じられます。


 それぞれの言葉の認識がズレたままドンドンと先へと進み、いつの間にか中層を抜けて深層区画に至っていたことにレンリ達が気付いた頃には、もう自力では進むことも戻ることもできなくなっていたのです。

 

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