新たな冒険とルカの“アレ”
お土産の受け渡しをした翌日。
心強い味方を得たレンリ達は、早速第二迷宮へと向かいました。
シモンとライムはまだ帰ってきたばかりですが、迷宮都市にいる間にもしっかりと、むしろいつも以上に厳しい鍛錬を積んでいたらしく、心身が鈍っているどころか前以上の絶好調。
学都だと本気で試合ができる同等の相手を探すにも苦労します。
ましてや、圧倒的な格上との訓練など出来るはずもありません。久々に己の限界を超えるような修行を経て、二人の感覚も技も非常に研ぎ澄まされているようです。
レンリ達への同行を申し出たのには、もしかしたら、その鍛えた力を試したいという理由も何割かあったのかもしれません。
「では、基本的な方針はそなたらに任せよう。あまり手伝いすぎても為にならんしな」
「ん、自主性は大事」
とはいえ、この二人が本気を出したらレンリ達の訓練になりません。
今回は迷宮内で一晩を過ごす一泊二日の行程(屋内型迷宮の『金剛星殻』では時間経過が分かりにくいので、体感時間による大雑把な目安ですが)。ある程度の深度までは裏技の壁抜きで一気にショートカットして、三人だけだと苦戦するであろう強力な魔物が出る辺りまで進む予定です。
普段の探索だと余裕をもって倒せる魔物以外には遭遇しないよう進みすぎに注意していますが、頼りになる保護者がいるなら多少のリスクを冒しても問題はないでしょう。
「っと、その前に……おーい、ゴゴ君いるかい?」
第二迷宮の表層部、迷宮の内部に入る前に、レンリはゴゴにお土産のお裾分けを渡しておくことにしました。昨日のうちに確保した饅頭やクッキーの箱を持ってきたのですが、鞄に入れたまま後回しにしてしまうと、何かの衝撃で箱ごと潰れてしまうかもしれません。用事は早めに済ませておくのが賢明でしょう。
『やあ、皆さん。いつもありがとうございます』
事前にウルを通じて伝えていたおかげもあり、ゴゴはすぐに出てきました。迷宮内の出来事は離れていても把握できるようなので、特に待ち合わせなどするまでもなく、来訪はすぐに分かったようです。
彼女はまずレンリの持っている菓子箱に注目し、それから一拍遅れていつもの三人以外、見慣れぬ助っ人二名へと目を向けました。
『おや? そちらのお二人は』
「ああ、久しいな」
「おひさ」
旧交を温める、というのとは雰囲気が違いますが、ゴゴとシモンとライムは親しげに挨拶を交わしました。この二人とゴゴに面識があるのはレンリ達も知るところですが、単にかつての挑戦者と守護者という以上に近しいような……、
『……あれ、レンリさん達は主神さま達の関係者じゃないですよね?』
「……うむ、この三人には詳しい事情は伝えていない。そちらもそのつもりで頼む」
『……はい、承知しました』
―――――という素早いやりとりが、三人からは死角になる角度でゴゴとシモンの間で読唇術によって無音で交わされていました。
あえて彼らが隠しているということは、ソレに関してはまだ彼らが知る必要はないという事なのでしょう。いずれ時期が来たら知ることもあるかもしれませんし、あるいは無いのかもしれません。
◆◆◆
『お土産ありがとうございました。それでは、我はこれで失礼しますね』
「ゴゴ君、もっとゆっくり話していかないかい?」
『ふふ、お喋りも魅力的ですが、今日は皆さん探索のつもりでいらっしゃったのでしょう? 邪魔をしては悪いですからね。では』
ゴゴはお菓子を受け取ったら早々に退散しました。
レンリは引き止めようとしていましたが、ゴゴの言う通りに今回は探索が主目的。
それに『宿題』の答えに見当すらついていない現状では、いくら誘ってもフラれるだけでしょう。レンリもそれが分かっているので深追いしようとはせず、早々に思考を切り替えました。
「まあ、仕方ない。それじゃあ、ルカ君。いつも通り頼むよ」
「うん……がんばる、ね」
もう何度も第二迷宮には入ったので、攻略序盤の流れは各自把握しています。
レンリは地図を見ながら現在位置や進行方向の確認。
ルグは魔物や他の冒険者がいないかという周辺警戒。なにせ荒っぽい方法で進むので、他人を巻き込まないように注意しないといけません。
そして、攻略の主役はもちろんルカです。
他の二人でも武器や魔法を使えば壁の一枚くらい壊せなくもありませんが、装備にダメージが入ってしまいますし、魔力や体力も消耗してしまいます。他の探索者が地道に正解の道を探して進むのも、裏技を思いつかないからというより、例え思いついてもコストにリターンが見合わないから。多少の体力は使うにしても、事実上ほぼノーコストノーリスクで壁抜けが出来るルカの才能はまさに破格です。
「ほう、大したものだ」
「ん。ルカは力持ち」
「そ、そんなこと……ない、です」
ルカのパワーについてはシモン達も知っていましたが、まるで疲れる様子もなく紙を破るように壁を掘り抜ける実力は賞賛に値します。
特に特筆すべきは身体強化における魔力効率の良さ。
驚くべきことに、ルカは魔力の消費量よりも回復量のほうが多いのです。
その為に、常時強化をしているにも関わらず魔力切れに陥ることもありませんし、出力を上げて一時的に消費が上回っても、少し時間をおけばすぐに回復します。
例えるなら長距離走を走りながら常に体力が回復し続けているようなもの。世の魔法使いに知られたら羨望の的になることは間違いないでしょう。
それに加えて最近は……と言っても、ここ一週間程度のことですが、以前までの弱点であった速度面についてもほんの少しはマシになりつつありました。
「そうだ。ルカ君の“アレ”、二人にも見せてあげなよ」
「え、あの……」
「ああ、“アレ”か。そうだな、俺も教えておいたほうがいいと思うぞ」
「ほう、気になるな。何か新しい技か魔法でも覚えたのか?」
レンリとルグが意味ありげに言う“アレ”という言葉にシモンも興味を覚えたようです。
シモンやライムの知る限りでは、ルカは大きな魔力を持ちながらも身体強化以外には使っていなかった……否、他の用途には使えませんでした。
ですが、もしも彼女が他の魔法を覚えたり、あるいは身体能力を効率的に使える戦闘技術でも覚えたら、総合的な戦闘力は一気に何倍にも増すことでしょう。
しかし、残念ながらその期待はハズレ。
ルカが覚えたのはとても技術と呼べるシロモノではありません。
「ああ、そういうちゃんとした技とかじゃないんですど。まあ、知らずにいて轢かれたら困るんで、一度見といてください」
「ふむ? 轢かれる、とは」
ルグが訂正しましたが、百聞は一見に如かず。
まずは実際に見せてみるのが手っ取り早いでしょう。
「じゃあ、ルカ。そういうワケだから頼む」
「う、うん……じゃあ、危なくないように……元来た方向に、行くね」
ズドンッ、と。
言い終わると同時にルカの立っていた床が爆発し、彼女の姿が掻き消えました。
いえ、単にルカ自身が強く踏み砕いて、その反動で一直線に吹っ飛んでいっただけなのですが。
「えっと、戦闘中とかに巻き込まれると危ないんで気を付けてください」
「……なるほどな」
「わかった」
ルカの覚えた新しい高速移動術……と言えば聞こえはいいですが、実際にはそれほど良いモノじゃありません。
足場を意識的に強く踏み壊して、その反動で一直線に吹っ飛んでいくだけ。
方向転換も減速もあったものではないですし、乱戦の中で迂闊に使ったら仲間を巻き込む恐れもあります。
今の段階で見せるようにルグとレンリが言ったのも、決して仲間自慢をしたいからではなく、事故を恐れてのことです。
歩法や技術とはとても言えず、今の段階では単なる超高速の体当たりに過ぎませんが、これでも一応は弱点の克服に一歩近付いたということになるのでしょうか。




