冒険者の住処
この世界には冒険者という職業が存在します。
凶暴な魔物に勇ましく立ち向かったり、山野を縦横無尽に駆け回って貴重な素材を採取したり、あるいは迷宮や遺跡に入り込んで宝探しをする。
特に冒険稼業と縁のない世間一般の人々にとって、冒険者のイメージとは大体そのようなものでしょう。狩人や傭兵などと混同されている場合も少なくありません。
しかし、そのようなイメージと、実際の冒険者の在り方には少なからず齟齬があるのです。
もちろん、前述のようなイメージも完全な間違いとは言えません。
人や家畜に害のある魔物や野生動物の討伐は冒険者の仕事の定番ですし、栽培の難しい薬草の採取なども同様です。
しかし、例えば魔物討伐の場合は、正面から勇ましく立ち向かう冒険者などそれほどいません。
ごく一部の充分な実力のある熟練者か、あるいは自分を英雄だと勘違いした未熟者などは、例外的に正面からの戦いを好んだりもしますが、後者に関しては大抵すぐに姿を見かけなくなります。
まともな冒険者であれば、そもそも倒す必要がないのなら戦闘自体を避けようとします。
討伐依頼などのように交戦が不可避の場合でも、大抵は入念に生態や個体数を調べた上で、毒や罠を使って対処するのが普通です。
眠っているところに不意打ちを仕掛けたり、巣に火をかけて窒息死させる手法はよく使われますし、知能が高い魔物相手であれば、卵や子供を攫って人質(魔物質?)に取るのも効果的です。
倫理的には少々問題があるかもしれませんが、誰しも死にたくはありません。
回避できるリスクは極力避けるのが当然でしょう。
採取関係に関しても、今時分の冒険者は無駄に山野を駈けずり回ったりはしません。
専門の学者や資料を当たったり、同業者間での情報共有を密にして、目標物の位置を事前にほぼ把握。
魔物の生息域や水場の位置なども考慮して安全な最短ルートを構築し、最小限の労力で最大の成果を挙げるのが腕の良い冒険者とされているのです。
余談ですが、世間一般では何故か初心者向けの簡単な仕事と思われている薬草採取は、実際には高度な技能と専門知識を必要とする難しい仕事だったりします。
というのも、昔は一々野外で採集していた薬草の大半は、現在では栽培技術が確立されているので自然と依頼自体がなくなってしまいました。
そうなると未だに採取依頼が出されるような種類の薬草は栽培が難しい物ばかりで、しかもそういう種類に限って取り扱いが難しかったりするのです。
例えば、掘り出す時に少しでも根が切れたらダメだとか、よく似た形状の毒草と見分けないといけないとか、摘み取ったら即座に適切な加工をしないと薬効が消えるとか……そういう問題に対処するには地道に知識と経験を身に付けるしかありません。
未だに初心者向けと思われているのは、昔の時代の名残なのでしょう。
他にも例を挙げればキリがありませんが、そのように冒険者の実態とイメージは少なからず乖離しているものなのです。
誤解が多いのは、冒険者と依頼者の仲介業者であるギルドについても同様です。
冒険者ギルドの収入源は、依頼者が支払った報酬から規定の割合で引かれる仲介手数料が主ですが(口の悪い者からはピンハネと呼ばれていたりします)、収入源は何もそれだけではありません。部外者が考えるよりも遥かに手広い活動をしているのです。
まず代表例として挙げられるのは金融業でしょうか。
冒険者が野外で活動する際に常に全財産を身に付けているのはリスクが高い。そのリスク分散の意味もあり、ギルドは登録してある冒険者を相手に銀行業務を行っています。
その預金を元手に融資・出資をして利益を得ているのです。いざとなったらギルドからの依頼で強面の冒険者が取り立てに行くので、貸し倒れする率は一般の金融業者よりもかなり低めだったりします。
冒険者が活動中に死亡したり、一定以上の期間行方不明になった場合は、登録してある相続人に預金が渡る仕組みにもなっているので、遺族が路頭に迷うようなことも……まあ、そんなに頻繁にはありません。
そして、病院や施療院への投資・運営。
冒険者というのは怪我が付き物の稼業ですから、病院には常に一定の需要があります。そこでギルド直営の医院を設けたり、あるいは既存の施設と提携することで、安定した収益源として確保しているのです。
経験の浅い治癒術師や薬師の勉強や小遣い稼ぎの場としても機能しているので一石二鳥。
その街のギルドに登録してある冒険者であれば、多少の割引が利いたりすることもあります。
それらの活動は基本的には営利目的ではありますが、結果的には冒険者への福利厚生として機能しているのです(厳密には冒険者はギルドの従業員ではなく個々の独立した事業者なので、福利厚生と言うとやや語弊がありますが)。
そして、それらと同様に冒険者にとってお得なギルド活動は他にもあります。
旅から旅への暮らしをする冒険者は、野外においては野宿をするものですが、街や村にいる間は当然ながら宿屋なり貸家なりの雨風を防ぐ場所が必要になります。
ですが、ずっと宿暮らしをしていると当然ながら相応の費用が必要になります。中には無料で馬小屋に泊めてくれる奇特な宿もあるかもしれませんが、疲れも充分に取れないし、衛生的にも好ましくありません。
どこかの街に腰を据えて長期滞在するならば貸家を借りたり、いっそ安い家を買ってしまったほうが安上がりな場合もありますが、常に都合良く物件があるとも限りません。
それに安上がりといっても高額な買い物には違いありません。その街に永住する気でもなければ、なかなか手を出しにくい選択肢でしょう。
いっそ街中であろうとも節約する為に野宿をしようと考える者が出てもおかしくありませんが、誰かの土地を勝手に使うのはトラブルの元ですし、そうやって野宿をする者が増えれば治安の悪化も懸念されます。
そこで、それなり以上に大きな街のギルドは大抵寝泊りできる物件を所有し、冒険者相手に相場の宿泊料より安く貸し出しているのです。
大きな建物を丸ごと買い上げて寮として使ったり、空いている土地があれば建物を作って共同住宅として貸し出したり、あるいは既存の宿泊業者と業務提携して宿泊料の一部をギルドが負担をする契約を結んでいたり、形は色々とありますがどれも概ね好評です。
ギルドが身元保証をしてくれるので、貸し手としても安心。
時には部屋数の余っている民間人が副収入目的や趣味で、民宿のような形態で貸すこともあります。
宿泊料はギルドの預金や仕事料から天引きするようにも出来るので、貸主としては家賃の取り立ての手間が省けますし、冒険者側も支払いの面倒がありません。
そのように、とても便利なギルドのサービスの数々なのですが……しかしながら、時には問題もなくはありません。
というか、当然といえば当然の話なのですが、長期間に渡って活動していなかったりだとか、ギルドから課された義務を放棄したりだとか、そういった原因で何かの拍子に冒険者の登録を抹消されたりすると、せっかくの住処を追い出される可能性があるのです。
◆◆◆
「いやぁ、世の中何がどう転ぶか分からないねぇ!」
「う、うん……よかった、ね?」
「まあ、学都での拠点ができたのは大きいわね……虫もいないし」
「流石にロノはここに入れないかなー」
学都の北西部。
酒場や娼館が立ち並ぶ歓楽街の外れに位置する共同住宅の二階の一室で、アルバトロス一家の四人は大いに寛いでいました。
あまり青少年の情操に宜しい環境とは言えませんが、彼らが元々住んでいた王都の下町も雰囲気は似たようなものなので、特に気にしている様子はなさそうです。
それで、どうやって指名手配中の彼らが真っ当な住処を手に入れたかですが、ルカがギルドで登録した時に、まだ住処が決まっていないと言ったら職員から住宅情報を紹介されたのです。
しかし、これが結果オーライでした。
まったくの偶然ではありましたが、ルカが作った冒険者証のおかげで(“前科”はなかったので、あっさり作れてしまいました)、貧乏な冒険者や労働者向けの安アパートの一室を、更に割引価格の格安で借りることができたのです。
まあ、彼女が能動的に選んだというよりは、強く勧められたら断れなかったというのが正確なところなのですが(ギルド職員としても十代の少女を野宿させるわけにはいかないので、かなり強引に勧めたようです)。いくつかの候補の中から一番賃料の低い部屋を選んだのが、ルカとしては最大限の抵抗だったようです。
水場は庭の共用井戸。
手洗いや調理場も他の住人との共用。
風呂はありませんが、すぐ近所に共同浴場があります。
本来は一人用の狭い部屋なので、四人も入ると全く余裕がなくなってしまいましたが、この際贅沢は言えません。指名手配されている状況にしては上々の隠れ家でしょう。
「兄ちゃん、これからどうするの? 仕事でも探す?」
「ふっふっふ、そんなの決まってるじゃあないか!」
レイルの問いに、ラックは無意味に大仰なポーズで答えました。
「でかい儲け話を掴んで一家の再興をするのさ!」
「あら、兄さんにしては……?」
「うん……なんだか、まとも?」
「兄ちゃん、変な物でも食った?」
「はっはっは、未だかつて僕がマトモじゃない時なんてあったかい?」
目指すはアルバトロス一家の再興。
非合法組織の再興が本当にマトモかはさておいて、彼らの意見は一致しているようです。
「よし! じゃあ、かけ声でも出して気合を入れようか? エイ、エイ、オー!」
「おーっ!」
「お、おー……?」
「おー」
彼らは本当に指名手配犯としての自覚があるのでしょうか?
ともあれ、アルバトロス一家は無事に学都での拠点を手に入れ、一家再興への道を歩み出したのです。
「地道に汗水垂らして働くなんて真っ平ゴメンだからね。働かずに遊んで暮らすために頑張るぞぅ!」
「あ……やっぱり、兄さんらしいわ」
「うん……」
「ダメ人間の見本だね」
……その真の動機は非常にダメダメなものでしたが、兎にも角にも歩み出したのです。
◆◆◆
翌朝、日の出前。
勝手に借りた『若草亭』の荷車を店の前まで返しにいった帰りに、彼らはこんなことを話していました。
「えっと……それでね、明日の講習? を、受けないと……出ていかないといけない、から」
「ルカ、一人で大丈夫? アタシたちは流石に付いていけないし、困ったわね」
「なぁに! ルカならきっと一人でも役目を果たせるさ!」
「ルカ姉、頑張ってねー」
ファンタジー作品で頻出する冒険者ギルドについて、自分なりに収益モデルを考えてみました。あくまでも非実在組織の話なので、事業としての妥当性に関してはある意味言った者勝ちですけどね。
こういう細かい設定は見るのも考えるのも大好物です。