お屋敷の怪談
シモン達が迷宮都市から戻ってきた翌朝。
いつものように騎士団の訓練に参加していたルカは、レンリやルグにその事を伝えました。
「へえ、お土産かい。それは嬉しいね」
「う、うん。量が多いから、悪いけど……取りに来て、って……シモンさん、が」
「そういえば、ルカ達の今の家ってあの人の持ち物だったな」
彼らが迷宮都市から持ち帰ってきたお土産は、屋敷の玄関ホールに山と積まれています。
昨夜駅から帰ってきた時には、乗客はシモン一人なのにわざわざ八人乗りの辻馬車を使っていました。その座席に目一杯詰め込んで運んできたと言えば、どれほどの量か分かるでしょうか。
いつまでも玄関に荷物が山積みだと困りますし、お土産の中には賞味期限のある食品の類もあるので、シモンやルカ達としてもなるべく早く配っておきたかったのです。
「じゃあ、早速今日の午後にでもお邪魔しよう。ウル君にも声をかけておくよ」
レンリやルグとしても断る理由はありません。
後ほどルカの家へと向かう約束をし、お昼前には訓練を切り上げて一旦解散しました。
◆◆◆
『わぁ、おっきいお家ね!』
「そうだね。私の実家くらいあるかな?」
お昼過ぎ、午後のお茶には少し早いくらいの頃合に、約束通りにレンリはウルを連れてルカ達の住む屋敷を訪れました。
シモンに懐いているウルは、一ヶ月ぶりの再会とあってか非常に乗り気で、パーティードレス風の華やかな衣装でおめかしをしています。例によって、体表の組織をそれっぽいデザインに変化させただけですが。どんなデザインでもお手軽に再現できるので実に便利です。
そんなウルは、とても大きなお屋敷を見てはしゃいでいます。
彼女達が居候しているマールス邸も個人の邸宅としては大きな部類ですが、建物の巨大さも敷地面積も三倍くらいは差がありそうです。この近所にある領主館とも同等の規模であり、その気になれば百人近く生活できるのではないでしょうか。
『あれ、どうかしたの?』
「いや、ちょっと気になってね。よくこんな建物を買えたものだな、と。値段の話じゃなくてね」
しかし、レンリが気になっているのは広さとは別の部分のようです。
シモンは不動産業者が勧めてきた物件を気軽に購入したのですが、冷静に考えてみると、これだけの規模の手入れの行き届いた豪邸が「たまたま空いていた」などという事があり得るのでしょうか?
考え得る可能性とすれば、どこぞの富豪が住むつもり建てたけれど、なんらかの事情で入居することなく手放した等の事情。あるいは……、
「あるいは……そうだね、幽霊が出るとか? 非業の死を遂げた主人が悪霊となって、夜な夜な屋敷内を彷徨っては生ける者を呪い殺そうと――――」
『ぎゃーっ!?』
「……なんてね。ここは新築だろう? 幽霊なんて出るはずないさ。それにルカ君達が一ヶ月も住んでるのに何もないんだから」
『い、言われてみれば……わ、我は全然怖がってなかったけど?』
レンリも冗談で怪談っぽく言っただけで、幽霊屋敷という線はまずありません。
なにしろ建物自体が新築で、そもそも学都自体がここ数年で急発展した新しい街なのです。
前身となる農村はそれなりに古い歴史があったようですが、今では市壁の内外に僅かな畑を残すくらいで昔の面影はまるでありません。仮に古い時代の幽霊がいたとしても、今の新しい街に出てきたりはしないでしょう。
「実際は、本当に偶然空いていただけなんだろうさ」
不動産業者も、シモンの素性を知っていて危険な物件を売りつけたりはしないでしょう。彼ならば幽霊の百や千くらいなら平気な顔で切り伏せそうですが、それはそれとして詐欺で訴えられても文句は言えなくなってしまいます。
それに、ルカ達が住み始めるまでは業者側が負担して屋敷の清掃や庭の整備をしていたのです。幽霊屋敷であれば掃除人や庭木職人だって無事で済むはずがありません。
恐らくはなんらかの事情で不動産屋の手に渡ったものの、これだけの豪邸を買える者などそうそういるはずも無し。取り壊すにはあまりに勿体無いですし、手放すに手放せなくて持て余していた。そこに偶然買い手がついただけ……というのが実際のところでしょう。盛り上がりも何もなく、ただ双方がお得な取引をしたというだけの話です。
『なぁんだ。そう言われると、ちょっとつまんないの』
「ははは、まあ、そんな怪談みたいな話なんてそうそう転がってやしないさ」
そんな話をしながら屋敷の本館へと繋がる石畳を歩いて庭を抜け、やっと扉の前へと辿り着きました。あらかじめ来訪の約束をしていたからか、ドアに鍵はかかっていないようです。
『「お邪魔しま――――」』
入口のドアを開けた瞬間、二人は全身を恐怖で凍てつかせました。
「ん、久しぶり」
玄関ホールで彼女達が目撃したのは、何故だか両手に木刀を構え、そしてこれまた何故か恐ろしげな怪物を模した仮面を被ったライムの姿。仮面の横から尖った耳が飛び出しているので見間違えようもありません。
真っ赤な仮面の色合いは、まるで大量の返り血を浴びたかのようで……、
『「きゃーっ!?」』
あまりの恐怖に、レンリとウルは絹を裂くような悲鳴を上げました。
怪談みたいな話というのは、案外身近に転がっているのかもしれません。




