帰宅と誤解
学都へと戻ったシモンとライムは、既に日が落ちていたということもあり、駅前で別れると、そのまま各々の住処へと向かいました。
ライムは第一迷宮の中に勝手に建てて住んでいる小屋。
シモンは迷宮都市に向かう前にポンと買って、後見をしている一家に丸投げしてきた豪邸です。
「おお、久しいな」
「あ……おかえり、なさい」
「あら、帰ったのね」
大量の土産を積んだ辻馬車が屋敷に到着すると、ルカとリンが出迎えました。
ちなみに、まだ幼いレイルはもう床に就いており、ラックは夕食後にいつの間にか姿を消していました。きっと、どこかの酒場にでも繰り出しているのでしょう。
「暮らしに不自由などなかったか?」
「ええ、おかげさまでね」
「む、その割には他の者の姿が無いようだが? 住み込みではなく通いの者を使っているのか?」
シモンが事前に預けていた生活費も、まだ七割以上手付かずで残っています。
ラックの始めようとした新事業の広告費や特注の鞍の代金で多少減ってはいますが、本来は何人もの住み込みの使用人を雇えるくらいの金額はあったのです。
しかし、無駄遣いを嫌ったリンが長年鍛えられた家事能力を全力で発揮し、ルカとレイルも手伝って、自分達だけで全てこなしていました。
身の回りの日用雑貨や食品くらいならば大した金額にはなりません。それにルカの冒険者としての稼ぎもありますし、この一月くらいは経済的に余裕がある状況だったのです。
ちなみに一番費用がかかったのは週に三回ほど肉屋に頼んでいるロノの餌代。
北の大森林の大型昆虫やルカがたまに持ち帰ってくる迷宮産の魔物ならタダなのですが、ロノの一番の好物は脂の乗った山羊の肉。ロノは肉類であればなんでも好き嫌いせずに食べる良い子ですが、あれでなかなかのグルメなのです。一日に山羊三頭分もの量を食べるので、食べる物を全部お金で買っていたら人間以上に食費がかかります。
「そ、そうか……無理はしないようにな?」
「まあ、最初は大変だったけどね。もう慣れたから大丈夫よ」
「うん……お姉ちゃん、すごい、です」
元々優れていたリンの家事能力はこの環境を与えられたことで更に数段鍛えられ、最早何がなんだか分からない謎の境地へと至っていました。
力仕事だけはルカの手を借りていますが、何十室もある部屋の掃除から炊事洗濯、余裕が出た現在では庭の芝生や植木の管理まで彼女一人でやってのける程。この一家に共通の特徴ですが、各々の得意分野に関しては天才的な能力を有しているのです。
もっとも、もう一つの特徴である、何か悪事を働こうとすると極端な不運に見舞われて失敗するという点のせいで、ちょっと前までは全部台無しになっていましたが。
「まあ、程々にな。土産も土産話も色々あるが、今日はもう遅いからな。渡すのは明日でも構わんか?」
「はい。あ、それなら、ルグ君達にも……伝えて、おきますね」
「ああ、そうしてくれると助かる。済まないが頼めるかな、ルカ嬢」
積もる話もお土産もたっぷりありますが、もう今日は寝る時間。
お楽しみは取っておいて、この日はもう各自の部屋に戻って休む流れとなりました。
◆◆◆
ルカが先に自室に戻った後。
「はて、気のせいか?」
「どうかした?」
「いや、ルカ嬢が前より快活というか、幾分明るくなっていたような……何かあったのか?」
「ふふ、実は……いや、やっぱりアタシの口からは言えないわね。ま、あの子もお年頃ってことよ」
依然、ルカとルグの関係性を誤解しているリンは、意味あり気にほくそ笑んでいました。ここ最近のルカの変化には彼女も当然気付いているのですが、どうやら、その原因についても思い切り誤解しているようです。
若い女性であれば珍しいことではありませんが、リンもその例に漏れず他人の恋愛話が大好物なのでしょう。まあ、経験不足ゆえか想像力が見当違いの方向に飛躍しているきらいはありますが。
「む、よく分からんな? まあ、悪い変化ではなかろうが」
質問をしてもはぐらかされるばかりで答えが返ってくる気配は皆無。
シモンとしては、ただただ首を傾げる他ありませんでした。




