ルカは苦手を克服したい③
今でこそ臆病で控えめな性格のルカですが、彼女も生まれたその時からそうだったワケではありません。むしろ、物心ついて間もない三歳か四歳くらいまでは、外で友達と遊ぶことを好む快活な気質だったのです。
転機となったのは才能の開花。
異常なほどの身体強化能力が発現したのです。
今となっては何がキッカケだったのかは分かりませんし、もしかしたらキッカケなんてなかったのかもしれません。ある日突然、なんの前触れもなく幼いルカは怪力を発揮しました。
しかし、才能が必ずしも人を幸せにするとは限りません。
あまりにも突出しすぎた才覚は運命を大きく狂わせてしまうものなのです。
いつものように持とうとしただけで、飲み物の入ったカップを握り潰しました。
軽く触れたつもりなのに、金属のドアノブをひしゃげさせました。
着替えようとしただけで、お気に入りだった服がビリビリに破けてしまいました。
その程度で済んでいれば良かったのでしょうが、残念ながらそれだけでは終わりませんでした。加減を知らない子供がそんな力を急に得て、事故が起こらないはずがないのです。
子供同士の遊びでは軽い身体接触くらいは日常茶飯事。転んで怪我をする程度はあっても、危険な場所で遊んだりしなければ、そうそう大怪我などはしません。
ですが、子供達の中に暴れ馬が混ざって一緒に遊んでいたらどうでしょう?
触れただけで骨が折れ、肉が潰れ、血が噴き出し、場合によっては怪我以上の惨事に繋がっても不思議はありません。
勿論、ルカに悪気や害意なんて欠片もありませんでした。
彼女はただいつも通りに過ごしていただけなのです。
現実は残酷でした。
ルカが普段通りに友達と遊んでいたら、枯れ枝を踏んだようなパキっという音が響き、それから誰かの悲鳴が上がりました。
ほんの数秒前までは一緒に笑い合っていた誰かが、のた打ち回って泣きながら血を流している。
糸の切れた操り人形のように手足がデタラメな方向を向いている。
『いったい、何が起こったんだろう? わたしは何もしていないのに』
無責任に感じられるかもしれませんが、当時のルカの正直な心情はそんなところでしょう。
繰り返しになりますが、あくまで彼女はこれまで通りに普通に遊んでいただけなのです。自分が怪我をさせたという実感が薄くとも仕方ありません。
それに、この時点ではまだ周囲も正確に状況を把握していませんでした。何か不幸な偶然で運悪く大怪我をしてしまったのだと、事件ではなく事故として捉える向きが大半だったのです。
とはいえ、そんな事故が二度三度と続けば本人や周囲の理解も次第に追い付いてきます。
ルカを見る目が友愛から恐怖へと変わり、親しかった者達が離れていくのにそう時間はかかりませんでした。友達の全員が怪我をしたワケではありませんが、こうも事態が進んでしまえば保護者達も子供が彼女に近付くことを許しません。
それに、ルカ自身もこの頃には自分の危険性に理解が追いついてきていました。
理解したというよりも、理解せざるを得なかったというのが、より正確でしょうか。
周囲の人々がルカに向ける視線は、いつしか親愛ではなく怯えや恐怖が混じり、同時にルカ自身も自責の念に苛まれるようになっていきました。
家業のことは近所ではそれなりに有名でしたし、事件が原因で迫害や虐めの対象にされたりはしませんでしたが、ルカは次第に家から出なくなっていき、家族や組員以外と会うことも減っていきました。幼い子供が自分から孤立の道を選ぶほどに追い詰められていたのです。
『――――ああ、そうか。わたしは、“普通”にしようとしたらダメなんだ』
事態が落ち着くまでに死者が出なかったのは不幸中の幸いだったのでしょう。
もしも人を殺してしまっていたら、それこそルカの心は完全に壊れていたかもしれません。良い状況とは到底言えずとも、最悪には至らずに済みました。
骨折などの大怪我をした子供達も、まだ存命だったアルバトロス一家の先代が責任を持って腕の良い治癒術師を手配したので、後遺症を残すことなく治りました。被害者達の家に幾ばくかの慰謝料も支払ったこともあり、全ては事件ではなく不幸な事故という扱いで収まりました。
ですが、それで全てが丸く元通りとはいきません。
被害者の身体の怪我は綺麗に治っても、ルカの心の怪我は治りませんでした。
自身の力に対する恐怖。
他者を傷付けた罪悪感。
幼い日に刻み付けられたルカの心的外傷は、当時の自身についての記憶をほとんど忘れるほどに時が経ってもなお消えず、未だに彼女の心を無意識下で苛んでいるのでしょう。
今回で終わらせるつもりが思ったより長くなったので、解決編は次回に持ち越します。