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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
三章『境界調律迷宮』

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ルグのサバイバル講座


 レンリ達が第二迷宮の攻略を始めてから早二週間。

 これまでは朝に入って夕方には街に戻ってくるという日帰りで日程を組んでいましたが、徐々に新しい環境や魔物にも慣れ始めてきました。


 壁を抜いてのショートカットが使えるとはいえ、迷宮の深部を目指すならば、徐々に滞在時間を増やす必要があります。先の迷宮に進む資格はまだありませんが、同じ迷宮でも、より魔力が濃い奥地ほど手に入る宝物や『知恵の木の実』の質や量も上がるのです。基本的にはリスクに比例してリターンも増えていくという理解で良いでしょう。


 とはいえ、当然ラクにはいきません。

 巨大な球体である『金剛星殻』の場合、球の中心部に近付くほどに生息している魔物が強力になり、構造もより複雑に。そして、ライム情報によると壁のブロックの強度も上がるので次第に壁抜けがしにくくなっていくそうです。

 場合によっては無理に第二迷宮で奥を目指すよりも、前の第一迷宮で奥を目指したほうが効率よく利益を得られるでしょう。

 実際、充分な実力があり第四以降の後半の迷宮に入れるような実力者でも、あえて第一や第二での攻略をしていたりもします。戦力や人員の構成、各迷宮の特性との相性もあるので、どういう風に攻略するのが最も効率的かは状況次第で変わってきますが。


 ヒトには誰しも得手不得手があるもの。

 迷宮探索においては、その見極めは非常に重要です。

 魔物との戦闘が得意な者や、地図を読んだり作ったりするのが得意な者。獲物の解体や調理、安全な場所や水場を探すのが得意な者。他の冒険者パーティーとの交渉能力に長け、情報や物資の交換を有利に進める者などもいます。


 一人に出来る事には自ずと限界があります。

 誰かの短所を誰かの長所で埋め、その逆も然り。

 お互いを心から信頼して真摯に助け合う。何日にも、時には何週間、何ヶ月にも渡る長期の冒険においては、それが最も大切なことなのです。







 ◆◆◆







「考え直してくれ、ルー君! 私達にはキミの助けが必要なんだ!」


「う、うん……お願い……!」


 恐るべき魔物を前にして、レンリとルカは頼りになる仲間に助けを求めました。

 たしかにルグの技の冴えをもってすれば容易い相手ですが、



「ダメだ。お前達だけでそいつを片付けるんだ」



 しかし、ルグは心を鬼にしてその手を振り払いました。

 無論、意味もなく突き放しているのではありません。その厳しさが彼女達の為になると、そして二人ならばこの試練を乗り越えられると信じての事です。



「くっ、薄情者め……」


「うぅ……」



 いくら恨み言を呟いてもルグの決意は変わりません。それにレンリとルカも、本当は自分達が自力で試練を克服すべきだということは分かっているのです。



「が……がんば、る……よ」


「ああ、どうやら覚悟を決めるしかないみたいだ」



 時間はかかりましたが、とうとう問題の魔物と向き合う覚悟が出来た様子。


 敵は大物ですが、決して対処できないワケではないはずです。

 よく研がれた刃物を構えてジリジリと間合いを詰めていき……、



「よし、私が首を落とすからルカ君が押さえていてくれたまえ。あまり動かさないようにね」


「う、うん……!」



 大きな蛇尾鶏【コカトリス】の“死体”を美味しく食べられる“お肉”にする為の解体作業を開始しました。








 蛇尾鶏【コカトリス】とは、並の人間以上に大きな鶏の身体に蛇の尻尾がくっ付いた姿をした、比較的有名な魔物です。

 長い年月を生きて魔力を蓄えた上位種ともなれば、石化の魔力を持っていたり、周囲に毒を振り撒いたりと厄介な特性を獲得することもありますが、第二迷宮に出る個体であればその心配は無用。


 そして、これが肝心なのですが、なにしろ身体の大半が鶏なので食用に適しているのです。

 サイズが普通の鶏の何倍も大きいので、可食部位も大量にありますし、余ったら持ち帰って売ることもできます。安定して狩れる実力があれば、二重三重の意味で美味しい獲物だといえるでしょう。



 まあ、今回狩れたのは偶然というか、実際はほとんど事故みたいなものだったのですが。いつもの壁抜けでショートカットをしようとしたところ、壁の反対側にいた不幸なコカトリスにブロック片がぶつかってしまい、そのまま脳震盪を起こして気絶してしまったのです。


 いつも壁の向こうに他の冒険者がいないか小さい穴を開けてから声を掛けて確認しているのですが、人間の言葉を理解できなかったのがコカトリスの敗因でしょう。というか、正確には壁に突然開いた穴が気になって近付いてきたところで本命の破壊に巻き込まれたようです。

 ちなみに、頭は二つあっても本体のダメージと無関係ではいられないのか、尻尾の蛇も一緒に気絶していました。



 倒れたコカトリスが目覚める前にルグがすかさず頚骨を踏み折ってトドメを刺し、そして当然のように食料にしようという流れになりました。充分な量の保存食は用意してありますが、可能なら狩りの獲物を優先して食べ、節約をするに越したことはありません。


 ですが、今回はここからが普段と違いました。


 いつもなら狩りの獲物はルグが解体を、ルカが調理を担当します。

 昔から故郷の山で狩りをしていたルグは初見の生物でも正しい捌き方は大体分かりますし、役割分担としては正しい割り振りでしょう。これも一つの助け合いの形です。


 ですが、誰か一人が出来るからといって、他の仲間が習得の努力を怠っていいワケではありません。得手不得手はあって当然ですが、不出来に甘んじて人任せにしていたら、いつまで経っても仲間に負担を押し付け続けることになってしまいます。


 知識や技術を教えあい、互いに成長できる糧とするのが理想的な仲間の在り方でしょう。ルグが二人に解体技術を教えようとしたのも、そんな理由からでした。



「私は味見専門なんだけどなぁ……うわっ、返り血が顔にかかった!?」


「レン、ナイフは肉の繊維に逆らわないように。そう、そんな感じ」


「内臓、が……ブヨブヨしてる……うぅ……生温かい」


「ルカ、肉が傷むから力を入れすぎないようにな。ああ、上手い上手い」



 この辺りの感覚は、田舎育ちと都会育ちの差もあるのでしょう。

 生活環境の差はあれど、レンリもルカもA国の王都で生まれ育ち、最近まで実際に生き物を殺して食べるという経験をした事がほとんどなかったのです。ルカは魚くらいなら捌けますが、人間よりも大きな獣とまな板に乗るサイズの魚ではまるで勝手が違います。

 実際には同じ物であっても、お肉屋さんに並んだ“食材”と生々しい“死体”とでは別物に感じられるのも無理はありません。自分達で殺し、解体するとなれば尚更。


 その生理的な嫌悪感や忌避の感覚を消すには、とにかく実際に手を動かして経験を重ねるのが一番の近道です。

 それに、もしも迷宮の中でルグが怪我をしたり、予期せぬアクシデントではぐれたりした場合に「出来ません」では困るのですから。


 それが分かっているからこそ、レンリもルカも愚痴をこぼしながら解体を進めていき、最後には美味しい焼き鳥を食べることができました。



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