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レンリの魔法講座


「おや、ルー君じゃないか? 昨日の今日で会うとは奇遇だね」


「うん、奇遇奇遇。レンは何してるの?」

 

 時刻は昼食時をしばらく過ぎた頃。

 南街のオープンカフェ『木胡桃キグルミ亭』でお茶を飲んでいたレンは、すぐ前の道を通りかかったルグに気付いて声をかけました。ルグも急ぎの用事などはないようで、レンリの呼びかけに応えて足を止めます。



「買い物をしていたんだけど、ちょっと疲れたから休憩をね。君は?」


「ギルドで紹介してもらった共同住宅アパートメントに荷物を置いてきたとこ。俺もちょっと休憩しようかな。レン、隣の席いい?」


「ああ、もちろんだとも。でも、今度は生活費が足りなくなったりしないかい?」


「大丈夫! 昨日の列車の給料に結構色付けてもらったから」



 つい一昨日に切符代が払えずに困り果てていたルグですが、列車の仕事をして貰った給金が思ったより多く、お茶とお菓子を頼める程度には懐具合が温かくなったようです。レンリの向かいの席に座ると、メニュー表を見て注文を選び始めました。



「さっき食べたんだが、胡桃のパイがオススメだよ。ここの名物なんだってさ」


「へえ、じゃあ、その胡桃パイと温かいお茶をください!」


「私にもお茶のお代わりと、あとパイを三皿追加で」



 カフェの店員に注文を伝えると、ルグはレンリの手元に目をやりました。


「レンは本読んでたの?」


「ああ、近くの貸本屋で借りてきたのさ。噂には聞いていたけれど、この街は書店の数も品揃えも申し分ないよ」



 そう言ってレンリが持ち上げた本には『鉱物触媒概論』なるタイトルが付いています。

 レンリが差し出してきたのでルグは本を受け取ってパラパラとめくってみましたが、細かい文字でページがびっしり埋め尽くされていて、見ているだけでも頭が痛くなってきそうです。



「……なんだか、難しそうだなぁ」


「ま、専門書なんてのは興味がある奴以外には退屈なものさ。絵物語や滑稽本なんかもあったから、興味があれば一度覗いてみるといいよ」



 レンリも別に理解を求めていたわけではないのでしょう。ルグが本を返すと、足下に置いていた大きめの肩掛け鞄にしまいました。この鞄もまだ買ったばかりなのか、傷も汚れもないピカピカの状態です。



「そういえば、レンは魔法使いなんだっけ? やっぱり、魔法って難しいんだな」


「いや、別に全部が全部ってわけじゃないよ。そうだ、試しに何かやってみようか?」


「ここで? 店の迷惑にならないかな?」


「大して大掛かりな術でもないし、ま、問題ないだろうさ」



 そう言うと、レンリは本をしまった鞄の中から綺麗に包装された小箱を取り出しました。

 包装紙を開けて出てきたのはルグには見慣れない品でしたが、どうも化粧品の類のようです。レンリはその中からスティックタイプの口紅を取り出して封を切りました。



「へえ、レンもそういうの使うの?」


「ま、女子の嗜みってやつさ。と言っても、お洒落目的じゃほとんど使わないんだけどね。ほら、よく見ていたまえよ? 種も仕掛けもありません、ってね」



 そう言うと、レンリは口紅を自分の唇に……ではなく、テーブルの上に置いてある、まだ中身が少し残っているティーカップに何かの紋様らしき図形を手際よく描きました。



「それが魔法?」


「まあまあ、待ちたまえ。それで、このカップをひっくり返すと……あら、不思議。お茶が零れない! ほら、ルー君も試しに持ってみなよ」



 レンリがカップをひっくり返しても、中身のお茶は零れずにユラユラと揺れるばかり。まるでカップの底に貼り付いているかのようです。

 ルグが恐る恐るカップを受け取っても零れる様子は一切ありません。



「おおー……、本当に零れない! どうなってるの!?」


「そのカップに描いた図形が『吸着』の効果を及ぼしてるのさ。ま、この程度は初歩の初歩だよ」



 「初歩の初歩」とは言いつつもレンリの顔は心なし得意気です。

 観客ルグの反応が良いので気分が良くなったのでしょう。続いて出た問いにも快く答えました。



「そういえば杖とか呪文とかも使ってなかったけど、それでも魔法って使えるものなの?」


「ん? ああ、ルー君の想像してる魔法って、呪文を唱えて杖を振って……みたいなやつだろう?」


「うん、魔法ってそういうのだと思ってたんだけど違うの?」


「いや、違わないよ。そういうのが一番有名だしね。ただ、他にも色々と種類があるのさ」



 レンリはルグから戻ってきたカップを受け取ると、ハンカチを取り出して口紅を拭い取り、少しぬるくなったお茶を飲み干しました。紋様が消えると同時に魔法の効果も無くなったようです。



「それで、魔法の種類だけど、君の言ったような杖を振って呪文を唱えるようなのが一般的かな。私も魔法使いの嗜みとして、多少は使えるよ。多少は。……でも、正直ああいうのは不得手でね」


「不得手? 苦手なの?」


「だって、呪文は噛むからね。小さい頃は練習中に散々舌を噛んで、口内炎に苦労したものさ。濃い塩水で口を洗わされるんだが、それがもう痛いのなんの……」


「うわっ、それはイヤだなぁ……」


 

 殺菌効果という意味では一応理に適っていますが、口内炎を塩水で洗えば、それはもう思いっ切り痛むでしょう。うっかり思い出してしまったのかレンリも顔をしかめていました。

 魔法使いという人種は、世間で語られるような神秘的なイメージに反して、意外と泥臭い努力をしているようです。

 


「それで話を戻すけど、私の専門は刻印魔法といってね。さっきみたいに意味のある文字や図形を物体に刻んで効力を発揮するのだよ。魔力をこめて描いたり刃物で刻み付けたりする動作が、杖振りや呪文の代わりをしていると考えれば分かりやすいかもね」



 分かりやすいかどうかはさておき(現に、実のところルグは内容の半分も理解していませんでしたが)、レンリの話を聞いて彼なりに感心している様子です。



「へえ、魔法って色々あるんだなぁ。レンは全部知ってるの?」


「まさか! 私もまだまだ知らない事ばかりさ。名前くらいは知っていても、実際に使い手を見る機会は少ないのも多いしね。マイナーなところだと、舞踏魔法とか憑依魔法とか。それに、流派の奥義みたいな術は秘匿されるのが普通だしね」



 “業界”以外の人々からは全部一緒くたに扱われることも少なくありませんが、魔法使いの世界にも流派や派閥のようなものは存在します。流派の奥義ともなれば、極少数の高弟や血族にしか伝授されないということも珍しくありません。



「奥義かー……。意外と武術の世界と似たようなもんなんだなぁ。俺の師匠は酔っ払って気分が良くなると簡単に見せてくれたけど」


「それは……なんというか、豪快なお師匠だね?」


「うん。まあ、師匠っていっても俺が教わったのは基本の歩法くらいなんだけ……っと、注文したやつが来たみたいだよ」







 ◆◆◆







「ごちそうさまでした。ああ、美味かった」


 カフェ『木胡桃亭』の胡桃パイは、甘い物好きなルグも大層気に入ったようです。

 キャラメル風味の胡桃フィリングがサクサクのパイ生地と引き立てあっていて、流石名物と言われるだけの見事な品でした。レンリなどお代わり分の三皿に加え、更にお土産用に一ホール追加で頼んでいたほどです。


 そのお土産用のパイが用意されるまでの待ち時間で、レンリとルグはこんな話をしていました。



「おや、ルー君も講習とやらを?」


「うん、明後日の回。学都アカデミアで活動する冒険者は全員受けないといけないんだってさ」


「へえ、明後日か。じゃあ、もしかしたら一緒の組になるかもしれないね」



 彼らの話題は、迷宮初心者を対象にした講習についてでした。

 騎士団長氏も言っていたように、基本的には義務ではなく任意なのですが、迷宮内での護衛などで依頼者の命を預かることもある冒険者には受講が義務付けられているのです。



「そうそう、さっき仲良くなった女の子も受けると思うから、レンも一緒に受けることになったら紹介するよ」


「ほほう? 昨日の今日で女子と仲良くなるとは……君も見かけによらずなかなかやるね」


「そういうんじゃないってば。レンと同じで、ただの友達だよ」


「ははっ、冗談だよ。私もまだ学都には知り合いが少ないからね。同年代の友人が増えるのは歓迎さ」



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