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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
三章『境界調律迷宮』

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連携攻撃


 三人がかりで二時間以内に有効打を入れれば勝ち。

 普通に考えれば有利すぎる条件ですが、レンリ達に油断は一切ありません。



「悪いけど、腹ごなしになる程長引かせる気はないよ」


『ふふ、秘策でもお有りで?』



 現在の位置関係は中心に立つゴゴを三人で取り囲む形になっています。

 距離は既に一足一刀の間合い。

 瞬き一つ、呼吸一つの隙があれば、いつでも一撃を決められる距離です。


 この位置取り自体も策の一つ。

 三人で一定の間隔を保って一人を囲めば、常に誰かが背後を取れます。

 また、タイミングを合わせての同時攻撃や、誰か一人が意識を引き付けるなどすれば隙も生まれやすくなり、取り囲んでいる側が絶大な優位を得ることができるのです。


 真っ当な試合では使えない、卑怯の誹りすら受けかねない実用一辺倒の戦術。

 しかし、これならば格上相手だろうと実力差を埋めて一本を取れる可能性は出てきます。


 

「秘策なんて大層なものじゃないさ。まあ、よく見ておきたまえ」



 レンリがやろうとしているのも、数と位置取りの優位を活かした戦法でした。

 

 嵌めていた指輪、アクセサリ型の試作聖剣を抜き取ると、魔力を込めながらこねくり回し、自身の身長を大きく上回るようなサイズの大剣を作り出しました。

 リーチの長さは言うまでもなく、直撃した際の破壊力もかなりのものでしょう。



『おや、無理はしないほうがいいですよ?』


「なに、お構いなく……ぐっ。目に物見せてあげるから楽しみにしていたまえ」



 もっとも、身体強化込みでも持つのが難しいほどに重くしてしまったようで、何度も振り回すのは厳しそうです。大上段に構えた状態で既にフラついており、足元も覚束ない様子でした。

 いくら自在に形状を変化させられるとはいえ、それを使いこなせる技量や筋力がなければ戦力としては論外です。


 ……が、その無様な構えも、巨大で重過ぎる剣も全ては計算の内。



「もっとも……やるのは私じゃないけどね!」




 剣を必要以上に大きくしたのは、派手な武器で視線を誘導する為。

 持てないくらい重い剣を無理に持ってヨロけていたのも、自身に意識を誘導する為。



(取った……っ!)



 レンリのパフォーマンスによって知らず知らずのうちに意識が引き付けられていた隙を突き、ルグが背後からジリジリと間合いを詰めていたのです。足音や服の衣擦れの音も立てないよう、ナメクジが這うようにゆっくりとした足運びで。


 既に魔剣による神経強化も発動済み。

 極限の集中状態で引き伸ばされた時間の中で、ルグにはゴゴの振り返る動作が止まったように見えていることでしょう。


 気付いて回避しようとしても最早手遅れ。今のルグなら回避動作に入った瞬間の、あるかないかの僅かな溜めを捉えるのも容易いことです。


 少女の姿を斬りつけることに抵抗がある為か、剣の刃ではなく腹の部分で殴りつけるような格好で、最速最短の一撃が――――。



『今のはお見事でした、ルグさん。危ないところでしたよ』


「は、お世辞はいらないって、の!」



 完全に不意を討ったはずの一撃は、一瞬にして金属の刃と化したゴゴの腕によって難なく受け止められてしまいました。

 先程食器やテーブルに変化した時とは隔絶した圧倒的な変形速度。

 もし防御と回避に徹するというルールでなかったら、瞬き一つの間に勝利していたのはゴゴのほうだったのかもしれません。


 しかし、まだまだルグの神経強化は持続しています。

 魔力消費が激しい為に、全力戦闘の最中に魔剣の機能を維持できるのは精々数十秒。その時間内に勝負を決められなければ、勝機は大きく削られてしまうでしょう。



「はっ!」



 毎日の鍛錬で身体に染み付いた技を次々と打ち込んでいきました。

 焦りを押し殺して冷静に相手の動作を見極め、二重三重のフェイント、更には片手を柄から離しての拳打や蹴り技まで織り交ぜて、呼吸を止めての無酸素運動でひたすら手数を増やしていく後先を考えない戦法です。

 魔物相手の戦闘や訓練中の試合ではこんな戦い方はしません。威力や相手の余力に関係なく、クリーンヒットを一発入れれば勝利というルールだからこその判断なのでしょう。



『おっと、危ない危ない』



 ですが、それでも未だゴゴからは余裕が窺えました。

 現在は左手の肘から先を変形させ伸長し、黄金の剣と化して攻撃を防ぎ、受け流し、回避しています。

 一見すると良い勝負をしているようにも思えますが、彼女の能力を考えれば残りの手足もその気になれば武器化できるはず。ルグ一人が死力を振り絞っても、片腕を使わせるのが精一杯というほどに実力差があるのでしょう。


 ですが、それを分かっていてなおルグが攻撃の手を休めないのは勝機があるからこそ。そして、先程レンリが重過ぎてマトモに持てないような剣を作ったのには、意識を向けさせて隙を生み出す以外の理由もあったのです。



「え……えい……っ!」



 レンリでは振れない大剣も、ルカの怪力をもってすれば小枝と変わりません。

 もっとも、ルカは刀剣の扱いが苦手で刃筋を立てて目標を斬るのは難しいのですが、今回の場合打撃武器として振り回すだけでも充分です。



『っと、これは防ぎきれませんね』



 ルグが手を休めていない為に、ゴゴは背後から迫るルカの攻撃を避けることができません。右腕も武器化して両手で止めようにも、見るからに小柄で体重も軽そうなゴゴでは、防いだところで大きく吹き飛ばされるのがオチでしょう。


 だから、彼女は防ぐでも避けるでもなく、



「あれ……? な、なん……っ!?」


『失礼。驚かせてしまいましたね』



 髪の毛を刃と化して伸ばし、背後から迫り来る大剣そのものを斬ってしまったのです。根元から切断された刀身は、そのままあらぬ方向へと飛んでいってしまいました。急に手元が軽くなったルカは残された柄だけを持ってオロオロとうろたえるばかりです。


 アクセサリ型の試作聖剣は僅か数分で壊れてしまう時間制限付きの武器ですが、使用中の斬れ味や強度はそこいらの剣など比べ物になりません。並の鉄剣くらいならバターのように斬れるくらいの性能はあるのです。



「すごい……」



 それを熟知しているからこそ、そしてそれだけの物を作り上げたという誇りがあるからこそ、レンリにはゴゴの剣としての性能がよく分かりました。

 変形速度、変形精度、切断力、耐久性。

 全ての面において現時点での試作聖剣とは桁違いです。



「はぁ……はぁ……くそっ」



 とうとうルグの魔力も底を突きました。

 スタミナも大きく消耗しており、剣を支えにしないと立っていられないほどです。

 度重なる連携が全て不発に終わったのを見て緊張が途切れたのでしょう。


 開始の合図から約百秒。

 たったそれだけの時間で、既に形勢は明らかでした。









「これが本物と模造品の差ってことか……ぅ、くっ」


『落ち込むことはありません。今回は見せる気が無かった髪の毛の武器化まで使ってしまいましたからね。我も結構ギリギリだったのですよ?』


「……ぅ……く、ぅ……」



 『ギリギリだった』というのが事実かはさておき、ゴゴは顔を伏せているレンリを慮っているつもりなのでしょう。必要以上に実力差を見せすぎて気落ちさせてしまったと、顔を伏せているのも嗚咽を堪えているとでも思ったようです。



「……ぅ、ふふ、くくくくっ」



 もっとも、それは全く的外れな気遣いでした。



「ふふ、はははははっ! 流石は本物の神器だよ。ゴゴ君、なんて素晴らしいんだキミは!」



 別に過大なストレスで気が触れてしまったワケではありません。

 まあ、別な意味では狂気的と言えるかもしれませんが。あまりに圧倒的な性能を見せ付けられたレンリは、嗚咽ではなく笑いを堪えていたのです。


 既に実力差は明白。消耗が激しい状態で何時間続けても勝ち目は薄い……というのはレンリもよく分かっているのですが、そんなことは最早問題ではないのです。


 万が一、勝てれば良し。負けたとしても、それはそれで良し。

 すぐ手を伸ばせば届く位置で本物の聖剣を観察できるのです。上手くいけば直接触れることさえ。更に、もしかしたら味や匂いの確認も。


 しかも、ゴゴの側から攻撃したら反則負けになるので、例え抱きつこうが舐め回そうが危険はありません。



「さあ、まだ時間はたっぷりある。もっとキミの性能を見せてもらおうか!」


『あはは…………あの、レンリさん? ええと、お手柔らかに』



 レンリの心の中で何かのスイッチが入ってしまったのでしょう。

 先程までとは明らかに違う、舐め回すような視線を受けたゴゴは、かつて感じたことのない種類の寒気を覚えていました。



◆あの新撰組も使ったという元も子もない必殺戦法「三倍の人数で囲んで斬る」。相手は大体死ぬ。

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