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お茶会とお喋り


 黄昏色の空の下。

 目の前には黄金のテーブルとティーセット、それを彩る菓子の数々。

 これほど金ピカ尽くしの豪奢なお茶会など王侯貴族でもそうはお目にかかれないでしょう。もっとも、センスが些か成金趣味に寄りすぎてはいますが。



『意識しないと勝手に金色になってしまうんですよね。ほら、悪趣味でしょう?』


「え……あの、そんな事は……その……」


「こらこら、答えにくいことを聞くものじゃないよ。ルカ君が困ってるから」


『ふふ、失礼しました』



 ゴゴが悪趣味と評した品々は彼女自身の肉体の一部でもあります。

 控えめな性格のルカは正直に肯定していいものか分からず困っていましたが、すかさずレンリが助け舟を出しました。



『このタルトは確か木胡桃亭の季節限定品ですね? 近いうちに食べに行こうと思っていたのですよ。グッドタイミングでした』


「俺達より詳しい……本当に食べることが好きなんだな」


『ええ。他に趣味らしい趣味もありませんし、自然と知識が増えてしまって』



 ゴゴが真っ先に手を出したのは、南街のカフェ『木胡桃キグルミ亭』の季節限定商品レモンカスタードタルト。食べ歩きが趣味と言うだけあって、学都のグルメ情報には深く精通しているようです。誰かが説明するより早く店名までピタリと的中させていました。



『ふふふ、美味しいですね』


「うん……おいしい、ね」



 上品に小さく切り取ったタルトを嬉しそうに食べる姿は無邪気な子供そのもので、どこかの良家の幼い令嬢が背伸びをして大人のお茶会に混ざっているようにも見えてきます。



『そうそう、ここだけの話ですね……美味しい物を食べると武器に変身した時の切れ味が上がるんですよ。だから、これは性能維持の為にも必要なことなのです』


「えっ、それ本当!? どういう理屈?」


『おや、信じてしまいましたか? ははは、冗談ですよ、レンリさん』



 否、背伸びなどせずとも、完璧に場に馴染んでいました。

 正真正銘、良家のお嬢様であるレンリのほうが翻弄されているくらいです。

 彼女も、それほど社交に熱心ではなかったとはいえ、茶会等での会話術に幾らかの心得はあるのですが、ゴゴ相手だとペースを乱されてしまって上手く目当ての聖剣の話題に誘導できません。


 話題の内容は多岐に渡ります。

 現在食べているお菓子についての感想や、使われている隠し味の予想、オススメの飲食店情報、昨日のルグ達の遊覧飛行等々。


 もしもゴゴの好む話題が悪意ある嘘や他人の陰口などであればある意味やりやすいのですが、ゴゴからはそのような負の感情はまるで感じられません。

 軽い冗談や小さな嘘を吐くことはあっても、それらはあくまで会話を盛り上げるためのスパイス。ゴゴ自身が意図しているのか、それとも単なる偶然の言動なのか一切不明なまま、結果的に自然と話題を逸らされていました。



 しかし、レンリも負けてばかりではいられません。

 なにしろ、すぐ手を伸ばせば届く位置に、求めていた聖剣と同等の存在がいるのです。

 どうにかゴゴの身体を調べることができれば、いえ、いっそ彼女自身から製法を聞き出すことが出来れば研究の飛躍は確実です……が、気が逸るあまり直接的に聞いて意図を悟られたら警戒される可能性もあります。

 今現在こうして近しく話してはいますが、この関係はあくまで偶然の産物。

 たまたまウルと個人的な知己を得ていたからこそであり、ゴゴの側からすればいつでも関係を打ち切れるのです。「知り合いの知り合い」という不安定な立場では慎重にならざるを得ません。



「むぅ、面倒な……いっそ、裸にひん剥いてやろうか」


『おや、レンリさん。何か仰いましたか?』


「イヤ、ナンデモナイヨ?」



 ついつい犯罪染みた思考に逸れかけてしまいましたが、ここでの短慮は禁物。長期的・継続的な研究の為には良好な関係を維持しなければなりません。

 まあ、それ以前に、そもそも戦闘能力で遥かに勝るであろう相手を力尽くでどうこうするのは不可能。ウルもそうでしたが、守護者は自分の担当する迷宮内であれば絶大な能力を発揮できるのです。



『おっと。お茶がなくなってしまいましたね』



 結局、さしたる名案も浮かばぬままお茶もお菓子も数を減らし、そろそろお茶会の終わりも見えてきました。



「お茶のおかわりはどうだい、ゴゴ君? 新しく淹れようか?」


『いえ、我はもう結構です。ご馳走さまでした。今日は少し食べ過ぎましたね』



 終わってみたら、喋っていたのはほとんどレンリ達の側。ゴゴは楽しげに相槌を打ったり小粋な冗談を言ったりしていましたが、肝心の聖剣の話題については全く触れていません。

 単なるお茶会として見たら楽しい時間でしたが、この会話を勝負として考えたら、言うまでもなくレンリの完敗です。







『――――さて』


 完敗のはず、だったのですが。



『それでは、お望み通り話題を変えましょうか』


「……なんだって?」


『食事中は味に集中する主義でして、込み入ったお話は後回しにしたかったのですよ』



 どうやら、先程からの話題誘導は完全にゴゴの掌の上だったようです。

 もっとも、その理由は「味に集中したいから」というイマイチ締まりのないものでしたが。



『ウル姉さんから聞いていますよ。レンリさんは聖剣われわれにご興味がお有りとか? それで同じ物を作る為に情報が欲しい、という事でよろしいですか?』


「なんだ、最初から全部知ってて黙ってたのか。なかなかイイ性格してるね」



 迷宮の化身アバター同士は遠隔で会話が出来ることはレンリも知っています。

 意図を悟られないようにも何も、最初から全部事情は筒抜けだったのです。



「っていうか、ウル君め! あの子がスパイだったのか。こっちの事情を伝えたなんて一言も言ってなかったのに!」


『あまり怒らないであげてくださいね。「変な事をされないように気を付けて」という忠告を頂きまして。ふふ、「変な事」なんて貴女方がするはずもないのに、姉さんも心配性ですよね』


「……ウン、ソウダネ」



 こう言われてしまっては、レンリとしては引き下がらざるを得ません。

 ウルとしても妹を心配しての忠告だったのでしょう。

 まあ、彼女はレンリ達と出会ったその日から散々酷い目に遭っているので、警戒するのも無理はありません。



『それで、レンリさんのご希望は我の身体を詳しく調べたいということで宜しいですか?』


「ああ。出来れば調べるだけじゃなくて聞きたい話も色々あるけど……え、いいの?」



 会話の流れが変わり、今度はあまりにもトントン拍子に話が進むものですから、レンリも思考のペースを乱されてしまいます。



『身体を調べるのはダメです。恥ずかしいですからね。照れてしまいます』


「おのれ、思わせぶりなことを……」



 まあ、流石にそこまで都合の良い話はありません。

 これは単にレンリを翻弄して遊んでいるだけ……かと思いきや、



『そうだ、腹ごなしにゲームでもしませんか? 皆さんの誰か一人でも我に勝てたら、なんでも一つ質問に答えるという事でどうですか?』



 太っ腹なのか、自信家なのか。

 何かの策略なのか、それとも単なる気紛れなのか。

 未だ底が見えず何を考えているのか分からないゴゴですが、どうやらレンリ達は彼女のゲームとやらに付き合わざるを得ないようです。




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