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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
三章『境界調律迷宮』

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空中散歩


 まだ太陽が顔を出して間もない夏の早朝。

 昼の暑さが嘘のように空気がひんやりと澄んでいます。



「すごい……街が小さく見える」



 澄み切った空気を切り裂きながら、大きな影が学都の空を駆けていました。

 鷲獅子ロノの背に乗るのはルカとルグの二人。

 大きな背に着けられた鞍に前後に並んで腰掛け、慣れているルカが口頭でロノに指示を出す形です。革製のベルトで身体を固定できるようになっているので、スピードを上げても振り落とされる心配はありません。


 昨日の約束を叶えるべく、日の出と同時に屋敷の庭から飛び上がったのですが、初めて空を飛ぶルグは歓声を上げるのも忘れ、ただただ眼下の光景に見とれていました。


 

「えと……行きたい所、とか……ある?」


「ああ、いや任せる」


「うん……じゃあ、ロノ……お願い」


『クルルルッ』



 もう何ヶ月も住んで見慣れたはずの街が、空から見るとまるで印象が違います。

 人影は豆粒よりも小さくなり、二階建てや三階建ての建物ですら遥か下。学都中央にそびえ立つ聖杖すらも越えて、更に高く、高く。手を伸ばせば空の雲にだって手が届きそうです。


 腰掛けた鞍越しにしなやかな筋肉が躍動するのが感じられ、滑らかな毛並みの感触は最上級の絹のよう。常日頃からブラッシングや水浴びを欠かしていないおかげでしょう。野生の鷲獅子グリフォンではこうはいきません。

 ルグ達の身長よりずっと大きな翼は、ある程度の高度に達してからは広く左右に伸ばされ、意外にもほとんど羽ばたいてはいません。空気の流れを読んで的確に上昇気流を捉え、体力の消耗を抑えながら滑空しているのです。産みの親に会ったこともないロノですが、誰に教わったわけでもなく本能的に効率的な飛び方を知っているのでしょう。


 そうやって二十分か三十分も飛んだでしょうか。

 いつしか太陽は完全に姿を現し、気温もどんどんと上がってきました。高空を飛んでいると風のおかげで暑さは気になりませんが、もう少し経てば日差しも容赦なく照り付けてきます。遮る物の何一つない空では、直射日光を避ける術もありません。


 ロノも暑い中を飛ぶのはイヤなのでしょう。緩やかに速度と高度を落としながら、屋敷の方向へと向かい始めました。どうやら、今朝の空中散歩はここまでのようです。



「ありがとな、ルカ。すごく楽しかった」


「え……?」



 ふと、ルグの口から感謝の言葉が出ていました。

 滅多に出来ない体験をさせてもらって、自然と礼を述べたくなったのでしょう。


 とはいえ、元々お礼のつもりでやっているルカにしてみると、これでは立場があべこべです。



「あ、そんな……いつも、わたし、迷惑かけてばかり……だし」


「ん、何か言ったか? そうだ、ロノもありがとな!」


『キュゥウ!』



 ビュウビュウと吹く風が五月蝿くて、小声で呟くようなルカの声は届かなかったようです。

 その代わりというワケではありませんが、ルグにはロノの鳴き声が「どういたしまして」と言っているように聞こえました。







 ◆◆◆







「やぁやぁ、二人とも。ロノもおかえり! 鞍の具合はどうだったかい?」


 屋敷の庭に降り立った二人と一匹をラックが出迎えました。

 目の下に濃いクマを作って眠たそうに大欠伸をしています。



「俺は鞍無しで乗ったことないけど、乗り心地は良かったよ」


「う、うん……高く、飛んでも……怖くなかった」


「ふんふん、そりゃ良かった。僕も夜更かしした甲斐があったってもんさ」



 ロノの背に着けている革製の鞍。

 これは、何を思ったか昨夕にラックが馬具職人の工房に無理を言って特注で頼み、割り増し料金を払って一晩で作らせたモノだったのです。


 昨晩のうちにロノの寸法を測り、普通の馬用の鞍の何倍もの材料を縫い合わせて強引に形にしたというシロモノ。その割りには縫製も丁寧ですし、固定具も翼の動きを邪魔しないようなデザインになっています。馬具職人の腕がかなり良かったのでしょう。


 こうやってベルトで身体を固定できれば騎手を振り落とす心配もなく、ロノは以前までより速く、より高く飛べます。姿勢や重心も安定するので一度に四人、小柄な者なら五人くらいは乗せられるかもしれません。



「で、ルグ君。これは商売になると思うかい?」


「ああ、これなら金払っても乗りたいって人は多いんじゃないか」


「だよね! やはり、僕の考えは正しかった!」



 それで、なんでまた急に鞍など作ろうとしたのかというと、ラックはロノに乗っての遊覧飛行を商売のネタにしようと考えたのです。まあ、少なくともイカサマ賭博で小銭を稼ぐよりは良いアイデアでしょう。

 それに犯罪者として追われる立場であった頃と違い、幸か不幸か現在は綺麗な堅気の身。

 大々的に商売をしても問題はありません。新聞に顔が載って名前が売れてしまった状況や、名目上の後見人であるシモンの信用も考えようによっては利用できます。事後承諾の形になってしまいますが、シモンの性格を考えると、真っ当な商売に名前を使うだけなら文句を言うことはないはずです。



「よぉし、そうと決まれば善は急げだ! 新聞社まで行って広告を出せないか交渉してくるよ。では、さらばだ諸君! ああ、ルグ君、リンが朝食を用意してるはずだから良かったらキミも食べて行きたまえ。じゃっ!」



 ラックは一方的にまくし立てると、返事も聞かずに走り去っていきました。



「……あ、えっと……ルグ君……朝ご飯……食べてく?」


「……そうだな。折角だし」




◆というワケで、新しい商売のネタは遊覧飛行でした。

◆第六回のネット小説大賞の応募受付が今日から始まりましたね。

私も久々に同賞に応募してみました。獲るぜ、大賞!

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