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ルグとルカ


「ねえ、そこの君。ちょっといいかな?」


「え……あ、えっと……」


 大勢の人が集まる冒険者ギルド前に設置されている掲示板前で、ルグは昨日の強盗犯の一味であるルカに声をかけました。



 ルカは最初、自分が呼ばれているのだと気付いておらず、周囲をキョロキョロと見回していましたが、



「そこの、荷車を引いてる君」


「あ、その……わた、し……?」


「うん」



 当然ながら、近くには他に荷車を引いている人物などいませんでした。

 会話が苦手なルカですが、この状況では勘違いのしようもありません。



「そんなの引いてると他の人の迷惑になるし、移動したほうがいいと思うよ」


「あ……ご、ごめんなさい……」


「あ、いや、こっちこそ、ごめん。別に責めるつもりはなかったんだけど」



 どうやら、ルグはルカが昨日の強盗一味だと気付いたワケではなく、単に人混みの中で荷車を引く彼女の姿が気になっただけのようです。

 そして、ルカのほうも目の前の少年が昨日の事件の関係者だとは気付いていませんでした。

 列車の屋根を逃げる時は背を向けていましたし、ロノに捕まって脱出する時にも追手の姿を気にする余裕はなかったので無理もありません。



 ですがこの時、呑気な二人とは反対に、荷台の三人は大いに焦っていました。



「(あれ、昨日の坊やかー……、もう会いたくなかったんだけどねぇ)」


「(と、とにかく、ルカになんとか誤魔化してもらわないと!?)」


「(ルカ姉、大丈夫かなー?)」



 荷台の外からは中の様子は分かりませんが、内側からなら板の隙間越しに外の様子がある程度見えるのです。もちろん、ルグの顔も見えました。

 強盗事件の際に別行動を取っていたルカと違い、他三人は顔をバッチリ見られています。昨日、あと一歩のところまで追い詰められた相手がすぐ間近にいるのですから、危機感を抱くのも当然です。


 オマケに周囲には屈強な冒険者が山ほどいる状況。

 もし気付かれでもしたら、逃亡はまず不可能でしょう。アルバトロス一家は特になんの脈絡も伏線もないというのに、いきなり絶体絶命のピンチに陥っていました。



「君もギルドに用事なの?」


「え、あの、別にそういうワケじゃ……ひゃあっ!?」


「ん、どうかした?」



 ルグに話しかけられていたルカが、急に小さな悲鳴を上げました。



『適当に』……『話を』……『合わせろ』……。


「あぅ……せ、背中……弱いのに……」



 実はこの時、隠れている帆布からそっと指先を伸ばしたラックが、ルカの背中に触れ、文字で指示を送っていたのです。位置的にはルカの身体の死角になってルグからは見えておらず、周囲の人々も気付かなかったようですが、かなり危ない橋を渡っていました。



「話を、合わせる……?」



 危険を冒した甲斐あってルカも指示を理解したようです。

 いわゆるコミュニケーション能力に難のある彼女ですが、それでも一応の指針を得て、精一杯善処しようとはしました。



「こんな所にいるってことは、君もギルドに用事なの?」


「う、うん、そう……だよ?」


「だったら、裏口のあたりに馬車用の停車場があったから、荷車はそこに置かせてもらえばいいと思うよ」


「あ、うん……建物の裏、だね? あり、がとう……」



 この辺りまでは順調だったのです。

 都合よくその場を離れる口実を得られて、あとは建物の裏に回るフリをしてそのまま逃げてしまえば良かったのですが、



「あ、でも、ちょっと場所が分かりにくいんだよね。良かったら案内しようか?」


「え? ……じゃ、じゃあ、お願い、します」



 ルグが妙な親切心を出したせいで事態はおかしな方向へと転がり始めました。



「それ重そうだね。俺も引くの手伝おうか?」


「だ、だだ大丈夫……わたし力持ち、だから」



 建物の裏手に回る僅かな距離でも、ルグはこの調子でどんどん話しかけてきました。

 良く言えばフレンドリーな、悪く言えば空気を読まない少年なのです。



「そういえばギルドに用事って、何か依頼でも出すの?」


「え、ちが……そうじゃなくて……」



 そんなワケがありません。

 なにしろ、ギルドへの用事なんて単なる出任せなのですから。

 これが口の上手いラックあたりなら即興でペラペラと嘘を捻り出すのでしょうが、はっきり言ってルカにその手の芸当は全く期待できません。


 それでも、どうにか話を合わせようと彼女なりには頑張ったのです。

 ……頑張ってしまったのです。



「依頼じゃないってことは……君、ギルドの職員とかじゃないよね? ま、そりゃそうか、ギルドの人なら停車場の場所くらい知ってるだろうし。……ってことは、そう見えて冒険者とか?」


「えっと、そ、そうじゃなくて……!」


「むむ……? ギルドに用事があるのに依頼でもなく、ギルドの人でもなく、かといって冒険者でもない、ということは…………あ、分かった!」



 この時、ルカは自分が目の前の少年に疑われているのではと考え始めていました(実際にはまるでそんなことはなく、話題を振ったルグは単なる世間話のつもりだったのですが)。

 だから、少しでも自分の疑いを晴らそうとして、



「君、冒険者の登録をしにきたんでしょ?」


「う、うん、そうなの!」



 ついつい、少年の的外れな問いに力強く頷いてしまったのです。



「じゃあ、一緒に行かない? 実は俺も一人でちょっと不安だったんだ」


「え? ……え? …………あれ?」







 ◆◆◆







 その後の流れは大体以下の通り。



「新規のご登録ですね? はい、紹介状のご提示ありがとうございます。では、こちらの用紙に必要事項のご記入をお願いいたします。おや、そちらの方もご登録ですか?」


「え、あの……わたしは、ちが……」


「はい! その子も登録しに来たって言ってましたよ!」


「そうでしたか。では、貴女もこちらの用紙にご記入を。紹介状をお持ちでない場合は、実際に依頼を請けるまで仮登録扱いとなりますのでご了承願います」


「…………はい」







 ◆◆◆







 そして、約一時間後。

 諸々の手続きを済ませて、色々と世話を焼いてきたルグと別れ、ようやくギルド裏の停車場に戻ってきたルカは、

 


「えっと……それで、登録して、きちゃったんだけど……」


「「「なんでっ!?」」」


「なんで、だろ……?」



 本人にもワケが分からぬままに、何故か新米冒険者になっていたのです。



◆ストーリーの本筋とはあまり関係がない設定補足

 冒険者登録は、名前・年齢・出身地・職歴・前科の有無等を用紙に記入するだけで申し込む事ができます。誰でも申請はできますが、前科がある場合、その内容によっては審査を撥ねられることもあります。

 申請用紙にデタラメを書くこともできますが、横のつながりが強いギルド組織は国境をまたいで情報の共有している為に、下手な嘘はすぐにバレます。新規の登録者の情報は出身国に送られて戸籍の照会をされるからです。登録内容に虚偽があった場合は即座に資格の停止措置が取られ、悪質と判断された場合は逮捕もありえます。

 その為に、今回のルカは偽名ではなく本名で登録しています。絶賛指名手配中ではありますが“前科”はないので問題なく受理され、戸籍照会を経ても登録を取り消されることはまずないでしょう。


 仮登録と本登録の違いについて本編のどこか、もしくは別の回の後書きで補足を入れるかもしれません。ちなみにルグ少年の紹介状を書いたのは、前作で妙に人気だった某甘党マッチョ氏です。


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なんとなく憎めない……それが、アルバトロス一家!
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