新しい剣
見舞いと買い物をした翌日、ルグは今度は一人でレンリの下を訪れました。
今日のレンリの格好は寝間着ではなくラフなシャツとズボン姿で、自分で玄関まで出て来ました。どうやら、昨日言っていた通りに風邪はもうほとんど良くなっているようです。
「ほほう! 新しい剣が欲しいとね?」
ルグが新しい剣を欲していることを伝えると、レンリは目をキラキラと輝かせていました。
先祖代々からの筋金入りの剣マニアだけあって、専門分野の話になると自然と活力がみなぎってくるようです。
「私に相談したのは良い選択だよ! 流石はルー君、私が見込んだだけのことはある……ん? そうか、つまり私が凄いということだね。ふふふ、自分の才能が怖い……!」
「あ、ああ……良かったな」
連日の退屈の反動か、レンリのテンションが若干おかしなことになっていました。
あまりの熱意に相談を持ちかけたルグのほうが引いていましたが、学都に来てからのここ数ヶ月で、不本意ながら変人への耐性は充分に鍛えられています。帰りたいのをグッとこらえて本題に入りました。
「それで、だ。剣が欲しいんだけど良いのは高いだろ?」
「まあね」
「だから、安くて良いのを一緒に探して欲しいんだけど」
良い物は高いというのは、剣に限らず経済の基本原理。
そこに文句を言っても仕方がありませんが、何事にも例外はあるものです。
素人では目利きは難しくとも、専門家の目があれば安物の中に紛れた名剣を見出すことも不可能ではないかもしれません……が、
「んー……なんか、そういうのはちょっと違うんだよね。効率悪すぎるしさ」
レンリには地道に武器屋巡りをする気は無いようです。
まあ、必ずしも掘り出し物があるとは限りませんし、半ば以上に運頼りの要素があることは否めません。有るか無いかも分からない「お手頃価格の名剣」など探すくらいなら、最初からその時間を使ってお金を稼ぎ「高くて値段相応に良い剣」を買ったほうが効率的でしょう。
更に付け加えるなら、「良い剣」にこだわることが必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。例えば武器の力を自分の実力と勘違いして驕り無謀な戦いに挑もうとしたり、あまりに剣を大事にし過ぎるばかりに肝心の使い手自身の守りが疎かになったり。
「それに、武器ってのはつまるところ消耗品だからね。背伸びして良いヤツを買ってもロクなことにならないのさ」
そして、どれほどの名剣名刀であっても、壊れる時はあっさり壊れるのが現実です。
数打ちの安物でも使い手の腕や運次第では十年以上も長持ちしますし、先祖伝来の業物が戦場での流れ矢一発でポッキリ折れてしまうのもままある事。
実力財力共に充分な水準に達している名人であれば、一本で一財産になるような名剣を求める意味もあるでしょうが、現在のルグがその域にあるかと言えば甚だ疑問です。
「……つまり?」
「今のキミなら、最初から使い潰すことを前提に安物をどんどん買い換えるくらいで丁度いいんじゃない?」
「はっきり言うなあ」
レンリははっきりと言いました。
◆◆◆
とはいえ、それで終わってしまっては専門家としての名折れ。
ここまでは本題に入るための前置きです。
二人は、屋敷の庭にあるレンリの工房に移動しました。
元々物置に使っていたという小屋を借りて改装した工房は、広さこそイマイチ狭苦しいものの、レンリの専門である魔剣の製作や人造式聖剣の試作に必要な設備は一通り揃っています。
工房内には、研究や加工の練習に使ったと思しき剣がそこかしこに並んでいました。
「安物でも私が手を加えればそれなりのモノにはなるのだよ」
「へえ、すごいな」
「ふふ、そうだろう、そうだろう。さあ、もっと褒めたまえ!」
元は捨て値で売られていたような中古品でも、刻印を彫り然るべき加工を施せば、新品並みの耐久力や切れ味を付与することもできます。それ以外にも炎や雷を放って攻撃できるようにしたり、使い手の筋力や回復力を活性化したり、並みの武器とは一線を画する性能を持たせることが可能なのです。
まあ、本来であれば普通の剣を魔剣に加工するのは希少な技術であり、腕の良い職人に依頼すれば相当の金額、それこそ名匠の業物が買えるくらいの金額がかかってしまうのですが、
「この私が! タダで! 特別に! タダで! キミの剣を加工してあげようじゃないか!」
レンリは「無料」を特に強調して、物凄く恩着せがましく言いました。
まあ、確かにルグが買ってきた剣をレンリが加工する形であれば人件費はかかりません。それに元となる剣をルグが買うのであれば、剣を見る目を養う訓練にもなるでしょう。
食べ過ぎと夜更かしが原因で風邪をこじらせ、しょっちゅう幼女と下らないケンカをしてはいますが、レンリはこれでも希少技能である魔剣の製作が出来る一人前の技師なのです。人格はともかく能力については信用できます。
しかし、レンリはどうしてそこまでするのでしょうか?
ルグを護衛として雇っている関係上、戦力アップは彼女自身の安全にも繋がりますし、間近で実戦データを収集できるメリットなどもあるにはあります。
「ふふふ、感謝したまえよ」
「ああ、悪い……いや、ありがと」
とはいえ、実利的な部分を加味しても、総合的に見たらレンリの大盤振る舞いは少々度が過ぎています。人件費はともかく触媒やら何やらの材料費はレンリの持ち出しですし、見る者が見たら技能の安売りを批難されても不思議はありません。
「なあなあ、レン」
「うん、なんだいルー君?」
それでも半ば強引に親切の押し売りをしたり、先程からわざとらしい程に恩着せがましく言っているのは、
「レンって、たまにすごく優しいよな」
「なっ!? ……そ、そんなワケないだろう! 何を言ってるんだキミは!?」
「いや、さっきから褒めろって言ってたろ?」
「あ、あれは私の才能や技術を褒めろという事であってだねっ!?」
「分かった分かった。うん、レンはいい奴だなぁ」
「キミ、絶対分かってないだろう!」
もしかしたら、友人への親切に伴う気恥ずかしさを誤魔化すための、彼女なりの照れ隠しなのかもしれません。




