冒険の準備
冒険を再開する……と、一言で表せば簡単ですが、様々な魔物や危険がひしめく場所に赴くのですから、それ相応の準備というものが必要です。
医薬品や保存食などの消耗品を買い集めたり、武具や衣服の点検・修繕、可能であれば地図も入手しておきたいところ。幸い、神造迷宮の地図に関しては、少なくない数の冒険者が出入りし情報収集が進んでいる第二迷宮の入口からある程度の範囲まではギルドで地図が販売されています。
魔物の生息域などの情報も記載されているので、冒険に不慣れな未熟者でも、その地図に記載されている範囲内であれば安全に活動できることでしょう。
「地図は買ったし、薬草はまだあったな。あとは」
「保存食……必要……だよ」
「ルカ、何か食べたいのある?」
「えと……干し果物……杏とか……好き」
「いいな。じゃ、次は乾物屋で」
見舞いに行ったその足で、ルグとルカはそのまま必要な物資の買出しに来ていました。
仲間内では慣れたとはいえ、未だにルカ一人では初対面の店員相手だと緊張してロクに話せなくなってしまうので、店員との交渉はもっぱらルグの役割。ルカは荷物持ちに徹しています。
ちなみに、今回は風邪が治りきっていないからというだけでなく、以前から三人共用の物資の買出しはこの二人の役割。もう彼ら自身もほとんど意識してはいないのですが、この場の二人とレンリとは、仲間ではあっても立ち位置が異なるのです。
ルグとルカはギルドに登録して活動している、職業としての冒険者。
対して、レンリは二人に対価を支払って専属護衛として雇用している依頼主であり、職業冒険者ではありません。
冒険者として登録して護衛仕事をすれば報酬を得られますが、その代わりに被雇用者の立場では迷宮内での活動方針や目的地などを自由に決めることはできません。意見を伝えることはできますが、あくまで最終的な決定権や指揮権を持つのは雇用主。
雇われの立場にあるルグとルカにとっては、こうした買い出しも雇い主に頼まれた仕事の一部であるワケです。
「よし、消耗品はこんなトコか……なあ、それ本当に重くないの?」
「え、軽い……よ?」
「……そうか、軽いのか」
ともあれ、共用の消耗品は一通り買い集めました。
保存の利く物に関しては、毎回少量ずつ買うより一度にまとめて買ったほうが割り引いてもらえる事が多いので、結構な大荷物になってしまいました。特に缶詰や瓶詰は大量に買うとかなりの重量になってしまうのですが、力持ちのルカは涼しい顔をしています。
「俺も少し手伝うよ」
「あ……ありが、と」
まあ、適材適所とはいえ同世代の女子にばかり力仕事をさせるのは後ろめたさがあったようで、ルグも買い物袋の半分を受け持っていましたが。
◆◆◆
消耗品の類は買い終えましたが、ルグには他にまだ必要な物がありました。
「……剣って高いなぁ」
武器屋の店先で剣を眺めていたルグは、値段を見て難しい顔をしていました。
錆の浮いた中古品では実戦で使うのに不安がありますが、良い剣を求めようとすればかなり良いお値段がします。そこそこの良品を買ったら、これまでの蓄えなど簡単に吹き飛んでしまうでしょう。
「ご、ごめん……ね」
「いや、アレは仕方ないし」
ちなみに、ルグが新しい剣を必要としている理由は、ルカが謝っている原因と深く関係がありました。先日の禁書事件に巻き込まれるちょっと前、ルグが成り行きで監禁されることになった、あの一件です。
その監禁自体については被害者のルグ本人が問題にしたがらなかったのと、当時はそれどころではなかったので、騎士団側も事件にはせず不問という扱いで終わらせていました。
……それだけならよかったのですが、監禁場所だった共同住宅から逃げる時に建物が丸々崩壊してしまい、また室内の物を持ち出す余裕もなかった為に、家財やら何やらがまとめて壊れてしまったのです。ルグの愛用していた剣角鹿の角剣や弓矢も同様に。
近所の住人や騎士団が掘り返した物が後日届けられたのですが、弦が切れただけの弓はともかく、粉々に砕けていた角剣は修復不能。
レンリから預かっていた、やたら切れ味がいい代わりに簡単に折れ曲がり、魔力を流せば元に戻る試作聖剣もありますが、普段使いの主武器として使うにはピーキーすぎて不安があります。
「そ、そうだ……レンリちゃん、に……相談したら?」
「ああ、一応あれでも専門家だしな」
結局、ルグ達は何も買わずに武器屋を後にし、新しい剣については専門家の判断を仰ぐことに決めました。




