次の迷宮
「あ、あの……キッチン、借りて……果物切ってきた、よ」
「お、桃かい。これはありがたい」
風邪を引いて半月近く寝込んでいるレンリの見舞いに訪れたルカとルグ。
手土産として持ってきた桃を、ルカが屋敷のキッチンを借りて剥いてきました。
レンリは早速、ベッドサイドのテーブルにあるお皿に手を伸ばしましたが、
『めっ! お姉さんはダメなのよ。また食べ過ぎてお腹壊しちゃうかもだし』
「いや、そんな殺生な!? せめて一口!」
『だーめ! もぐもぐもぐ……!』
手が届く寸前でウルが桃のお皿を遠ざけ、そのままレンリの分の桃を全部食べてしまいました。
ただの風邪がここまで長引いた原因は後先考えない食べ過ぎが一因。
病人に対する措置としてウルの行動はある意味正しいのですが、自分宛てのお土産を皆が食べるのを眺めるだけというのは、あまりに悲しいものがあります。
「ほら、今度は食べ過ぎるなよ、レン」
「ありがとう、ルー君。キミはいい奴だね! お礼にハグでもしようか?」
「それは遠慮する。風邪がうつりそうだし、ちょっと汗臭いし」
「はっはっは、そんなに照れなくても……え、ちょっと待って。私そんなに臭うの? マジで?」
「うん、マジ」
結局、あまりにもレンリが情けない顔をしていたので、見かねたルグが自分の取り分から施しを与えていました。ちなみに、お礼を断ったのは照れ隠しとかではなく言った通りの理由です。
この夏場に半月近くもベッドの上にいれば、部屋や寝具が汗臭くなるのは当然の摂理というものでしょう。自分の体臭には気付き難いものですし、同居しているウルは不快な感覚を自由に遮断できるので、こうしてはっきり告げられるまで自覚していなかったようですが。
「まあ、その、あれだ……風邪はもう大丈夫なんだな?」
「あ、うん。身体が鈍ってるし、本調子に戻すにはもう少しかかるだろうけど」
同世代の異性にはっきり「臭い」と告げられ、少しばかり精神に傷を負ったレンリでしたが、ルグが気を利かせて違う話題を振ってくれたので、それに乗っかることにしたようです。
「そうか。じゃあ、やっと次の迷宮に行けるな」
◆◆◆
第二迷宮『金剛星殻』。
ウルの本体である『樹界庭園』に続く第二の迷宮。
禁書事件に巻き込まれたせいで間が空いてしまいましたが、レンリ達三名は迷宮の化身の課した試練を乗り越えて、既に次の迷宮に立ち入る資格を獲得しています。
並々ならぬ強敵であったゴリラ型のウルは投網で動きを封じたところを袋叩きにされ、今もここにいる少女のほうのウルもレンリの卑劣な騙まし討ちに遭い、危うく無銭飲食の罪を被りかけたという過去がありました。
『やっぱり、あの時のやり方はどうかと思うの……』
まあ、経緯がなんであれ認めてしまった事は仕方がありません。
どれほど悪逆非道な手段であれ、合格は合格です。
『ふふふ、でもお調子に乗らないことね。我など、七つの迷宮の中でも一番の小物に過ぎないのよ! 迷宮のツラ汚しなの!』
「……なあ、それ自分で言ってて悲しくない?」
『はぅっ!? 言われてみればすごく悲しいの!? 今の無しで!』
ルグの冷静な指摘を受けて、ウルは思い切り落ち込んでしまいました。
ちなみに、正確には小物というより初心者向けと称するべきでしょう。この場にいる化身のウルはともかく、本体である迷宮自体の管理能力が他の六つより低いわけではありません。
単純に、立ち入りに制限を設けていない第一迷宮は、その性質上難易度を低めに抑えざるを得ないのです。全力で攻略者を妨害しにかかっては、一部の規格外を除けば誰も先に進めなくなってしまいます。
必ずしも全員が突破できるわけではないので幾分の語弊がありますが、第一迷宮に関しては最初から攻略される事を前提としていると言えば分かりやすいかもしれません。
「じゃ、私の調子が戻ったら次の迷宮ね」
「ああ、了解」
「う、うん……」
ともあれ、三人の冒険もようやく再開できそうです。




