新居
学都方面軍の団長に就任して以降、シモンは他の部下達と同じ宿舎で寝起きする生活を送っていました。
彼の身分や立場を鑑みれば、これは本来異常なことです。
普通に考えたら、街中の一等地に大豪邸を建てて大勢の使用人を雇い、そこを生活の拠点としていても不思議はありません。いえ、むしろ宿舎の狭い部屋で寝起きし、身の回りの雑事をほとんど自分で済ませていたのがおかしいのです。
まあ、常日頃から多忙な生活を送っていたシモンが豪邸を所有していたとしても、結局はただ眠りに帰ってくるだけになりそうですし、職場に近い宿舎で生活したほうが何かと便利だったという側面もあるにはありますが。
それに、たまに人に会う用事があっても大抵はシモンから出向くか、もしくは騎士団本部の応接室に招いて仕事の話をするだけだったので、これまでは特に問題にならなかったのです。
ですが、先日から停職処分の身となったシモンが、これまで通りに宿舎で暮らすのは少々問題がありました。
ただ彼一人が寝起きするだけならば、それでも大丈夫だったかもしれませんが、指揮官としての権限を一時的に失っている現状では、四人と一匹もの部外者を独自判断で宿舎に住まわせるのはいくらなんでも無理筋が過ぎます。
一度面倒を見ると約束してしまった以上、シモンには彼らの生活の場を用意する必要があったのです。
◆◆◆
「へえ、立派なお屋敷だねぇ。どうしたんだい、コレ?」
「うむ、買った。手頃な値段で売りに出ていたのでな」
前述の諸問題を解決するためにシモンが取った手段は単純明快。彼自身とアルバトロス一家が全員住んでも余裕があるくらいの豪邸を即金で購入してしまったのです。
その資金源は税金ではなく、シモンの個人的なポケットマネー。
迷宮都市に住む友人が持ちかけてくる怪しげな投機話に義理で出資したことがあったのですが、いったい何をどう運用したらそこまで増えるのか、王族の彼ですら多すぎて不安になるほどの金額になって戻ってきたのです。どうやって増やしたのか問い質しても、笑ってはぐらかされるだけでしたが。
個人資産だけで国の一つや二つ丸ごと買えそうなその友人には及びませんが、そんな経緯でシモンにも豪邸の一つや二つポンと買える程度の資金力はあるのです。
ちなみに現在は訓練場での摸擬試合の帰り。
首都から学都に戻ってからこの朝までの数日は揃って宿暮らしをしていたのですが、見物を終えて四兄弟が宿に戻ろうとしたところでシモンから「準備ができたから」と、唐突に街の北東部にあるこの新居まで連れて来られたのです。
不動産業者への支払いや書類上の手続き、引渡し前の清掃や設備の整備などが全て完了したと、ちょうど試合を終えた直後にシモンまで連絡が届いたのだとか。
宿の部屋に置いてあったはずの彼らの荷物も、いつの間にか屋敷の玄関まで移送されていました。
「あ、あの……ほんと、に……いいんです、か?」
「うむ、この屋敷は自由に使うがいい。ああ、それとロノ用の大型獣の飼育許可証も首都にいる間に申請しておいたぞ。名義は俺の名になっているがな」
「シモン兄ちゃん気が利くなー」
屋敷には広い庭も付属しているので、これからは鷲獅子も一緒に暮らせます。
通常は曲芸団などに対して発行する大型獣の飼育許可証も用意してあるので、お行儀良くしている限りは堂々と人前に出たり空を飛んだりしても問題ありません。
流石に首都の王宮には遠く及ばないものの、元々四兄弟が住んでいた故郷の屋敷よりは遥かに広く、全員に個室をあてがってもだいぶ余るくらいの部屋数があります。
もっとも、使用人の雇用はまだですし、これだけの規模の建物を継続的に維持管理しようとしたら、それだけで相当の手間と金銭がかかってしまいそうです。それに、慣れないうちは家の中で迷子になってしまうかもしれません。
「ああ、そうだ、当面の生活費も渡しておこう。すまぬが、俺は明日から私用でしばらく留守にするのでな。必要な物があればそこから使うがいい」
「こ、ここまで至れり尽くせりだと流石に気が引けるわね……ん?」
「る、留守……です、か……?」
「うむ、ちょっと師に顔を見せにな」
当座の生活資金についても充分な金額を与える過保護ぶりですが、それはさておきシモンが気になる事を言いました。どうやら彼は、用意したばかりの新居を早速空けるつもりのようです。




