合同訓練
「む、引き分けか。腕を上げたな」
「うん、シモンも」
一時間にも及んだ激戦は、結局決着には至らぬ引き分けで幕を閉じました。
武器術を得意とするシモンは真剣ではなく刃を潰した訓練用の剣を持ち、魔法に長けるライムは周辺被害に気を遣って大規模な魔術行使を禁じられていた、いわば双方共に余力を残した摸擬試合。
とはいえ、普段は対等の練習相手を見つけるのにも苦労する者同士、久々に満足のいく戦いが出来て満足しているようです。
「すごっ、人ってあんな風に動けるんだ」
「ああ、二人とも流石だな」
「うむ、英雄の名に偽り無しか。是非とも指南願いたいものだ」
「さぁさぁ、引き分けに賭けた人は配当を取りに来てね。勝ちか負けに賭けた人は残念でした!」
それにしても、どうしてこの二人が試合などしていたのでしょう?
それも騎士団の内輪だけでなく、冒険者や民間人を観客として見世物のように戦っていたのか。その理由には、先日の禁書事件が少なからず関係していました。
◆◆◆
先の事件において、狡猾な犯人が街中での無差別放火や殺人を仄めかせた結果、騎士団は多くの局面で後手に回らざるを得ず、また巡回や捜査に多くの人手を割かざるを得ない状況に陥りました。
その慎重な対応が必ずしも誤りだったワケではありませんが、団員に多大な疲労や負担を押し付ける形になってしまったこともまた事実。結果的には回避できたとはいえ、犯人の操る手勢との大規模な戦闘が発生していたら、連日の過労で既に深い消耗状態にあった兵達や守るべき民間人に犠牲が出ていた可能性も決して少なくありません。
疲労や睡眠不足の蓄積は、戦闘力や判断能力の低下に繋がります。
より厳しい訓練を積んで体力の増強に努めるだとか、魔法薬や食事による栄養改善、気合や根性で負担を我慢するような精神論ではいずれも限界があるのです。これは生物の仕組み、機能としての限界であり、個々の努力で完全に克服することは不可能。
しかし足りない労力を埋める方法、それも時間をかけずに手っ取り早く不足を補う方法も無くはありません。いえ、むしろ非効率な努力などよりも余程真っ当な手段でしょう。
その手段とは即ち、足りない人員を一時的に雇用して労力に組み込む事。
より具体的には、冒険者や民間の有志を有事の際、一時的に騎士団の下請けとして雇用しようというのです。
こういう方法自体はそれほど目新しいものでもありません。
昨今では珍しくなりましたが、軍組織が民間の人員や物資を徴発するのは、どこの国でも古くから行われていた事です。現代においては大抵の国で犯罪行為として厳しく禁じられていますが、かつては一切の対価を支払わない略奪紛いの徴発が当然のように行われていた時代もありました。
有事の際には外部の組織へ対価を払い、一時的な戦力として組み込もうという単純なアイデア。しかし、先日の事件の際にはその単純なことが上手くできなかったのです。
まだ事件が解決する前の段階でも、団内から冒険者ギルドへの依頼を出す案が出ており、実際に騎士団からの依頼として発注もされていました。
体力があり荒事に慣れている冒険者ならば治安維持業務の一部を任せたり、また戦闘に巻き込まれてもむざむざ遅れは取らないはず。その狙いそのものは必ずしも間違ってはいなかったのでしょうが……結果的には雇用した冒険者と騎士団の足並みが揃わず、まるで役に立ちませんでした。
依頼を受けた冒険者の能力が低かったわけでは決してありません。
しいて原因を挙げるならば認識の齟齬、組織間の足並みが揃っていなかったことが問題だったのでしょう。
雇用した冒険者に対し、機密にあたる事件の情報をどこまで開示すべきか?
巡回地区の範囲や交代時間の割り当てはどう調整するか?
治安維持活動の一部を任せるとして、冒険者にどこまでの捜査権限を与えるべきか?
他にも細々と挙げていけばキリがありませんが、実際の現場では少なからず混乱が起こっていたのはれっきとした事実です。
また、依頼を受けて集まってきた冒険者の数も人員の不足を補うにはまるで足りませんでした。
学都で活動する冒険者の数そのものは、近隣の大都市と比べても決して少なくはありません。むしろ、神造迷宮の存在ゆえに都市の規模に対して多すぎるくらいです。
ですが、そこにもまた誤算がありました。
学都にいる冒険者は、武芸の修行や各種素材の採取を目的として自主的に迷宮に潜るか、あるいは護衛として雇われ前者と同様に迷宮で活動するか、そのどちらかに属する者が大半。
そのいずれにせよ、冒険者の大半は日常的に迷宮に入って活動しており、その間は臨時の依頼を受注できる状態にないのです。
連絡がつかなければギルド側にはどうしようもありません。
また護衛対象との専属契約を結んでいる場合には、下手に勝手な行動をすると冒険者としての信頼や違約金等の問題に発展する可能性もあります。ある程度のトラブルまではギルドが仲介役として入れば解決できるかもしれませんが、それを考慮してもリスクを冒してまで騎士団の依頼を受けるメリットがあるかというと疑問があります。知らぬ存ぜぬを決め込む者がいても不思議はないでしょう。
……と、まあ有事に際して初めて判明した問題点が色々と出てきたのです。
事件そのものは解決し、またあれほどの大事件が何度も起きる可能性は考え難いとはいえ、発覚した問題を放置しておくこともできません。
既にこの件についてはシモンを通じて国王にまで報告が上がっており、早急な問題の克服・改善が求められていました。表向きは休暇中、実際には停職処分中のシモンが騎士団側の人員として人前に出て試合をしたのも王命ゆえの特例です。
「では、俺の役目はひとまず終わりか。副団長よ、合同訓練の監督は頼む」
「はっ、お任せあれ。ライム殿もご協力ありがとうございました」
「ん、お安い御用」
さし当たっては騎士団と冒険者ギルド間の連携強化に取り組む必要がありました。
その一環として実験的な合同訓練を始めることになり、先程の摸擬試合にはその為のパフォーマンスの意味合いもあったのです。
騎士団に所属するシモンと、(対外的には)部外者の一般人であるライムとの対戦。特に近頃はシモンの名声が本人の意に反して高まっている為、その知名度を利用して世間の注目を集める宣伝効果を狙っての試合でした。
これで今すぐに何が変わるわけではないにせよ、どうしても閉鎖的になりがちな騎士団のイメージを変えるキッカケくらいにはなるでしょう。こうした活動の積み重ねで冒険者や民間人から騎士団への隔意が薄まれば、いざという時に協力を要請しやすくもなるはずです。
それに、メリットがあるのは騎士団側だけではありません。
理論的で堅実な、騎士団流の剣術や組織的な集団行動。
型に捉われない、実践的かつ変則的な冒険者流の戦闘やサバイバルの技術。
訓練を通じて頻繁に交流することで、双方共に得るモノもあるでしょう。
幸い、合同訓練のための下地、参考になりそうな前例は既にありました。
シモンの個人的な友人である冒険者の少年少女をしばらく前から軍の訓練に参加させていたのです。これについては全くの偶然でしたが。
公民を問わず、大きな組織というのはとかく「前例」という言葉に弱いもの。意外なほどあっさりと、定期的な合同訓練は両組織の間に定着する事となりました。
◆二章の後始末というか反省と対策的な回でした。セリフ少なっ!?