学都のラックとリンとルカとレイル
さて、つい昨日に列車強盗をやらかした犯人一味。
幸か不幸か、自称ではなく本当に天下の大悪党になってしまったアルバトロス一家の四人と一匹は、果たしてどこに行方をくらませたのでしょうか?
鷲獅子という破格の機動力を有する彼らは、その気になれば事件現場から近い学都ではなく、もっと離れた地方へ移動することも不可能ではありません。
一度に全員乗るの難しいのですが、鷲獅子のロノはとても利口ですし、分乗して何度か往復すれば今頃は遥か遠くまで逃げることもできた……はずだったのですが。
「ふはははは! まさか、こうして移動してるとは誰も思うまい!」
「兄さん、うるさい!」
「この荷車、板がガタガタ鳴ってるけど大丈夫かなー?」
ラックとリンが恒例のやり取りをする横で、レイルがマイペースに荷車の状態を心配しています。
そう、彼らは真夜中に『若草亭』の倉庫から盗んだ荷車の荷台に乗り、身体を帆布で覆い隠した状態で堂々と学都内を移動していたのです。
心理の裏を突くといえば聞こえはいいですが、あえて言うまでも無くあまりにも危険な状況です。もしかしたら、彼らの無意識下には破滅願望でもあるのかもしれません。
もちろん、荷車は誰かが引かないと動きません。
「み、みんな……もうちょっと、静かに……ね?」
荷車を引く役目は次女のルカが担っていました。
一人は幼い子供とはいえ、三人もの人間を乗せた荷車はそれなりの重さがあるのですが、ルカは特に重量を苦にしている様子はなさそうです。
ちなみに彼らがこの状況に至るまでの経緯についてですが、昨日の事件の後、学都北方にある大森林に潜んでいた彼らは、視界が悪くなり人通りもなくなる深夜を待ってからロノに運んでもらって市壁を越え、学都の内側に侵入。
何軒かの商店の倉庫や物置を物色し、ちょうど手頃な大きさの荷車があった『若草亭』から移動手段を拝借してきたのです。
ちなみに、ロノだけは流石に大きすぎて隠れられないので、森に引き返して待機中。
きっと今頃は、大人の胴体くらい太くて長い芋虫や大木くらいありそうなミミズ、大型犬サイズのゴキブリなどの魔物を呑気につついていることでしょう。
「いやぁ、とりあえずロノの餌代だけは浮きそうで良かったねぇ」
「な、何が良いのよ!? あ、あんな大きさの虫、すっかりトラウマだわ……」
「リン姉、大声出すと外に聞こえるよー」
巨大な虫がよっぽど気持ち悪かったのか、リンは思い出しただけで鳥肌を立て、ルカも声には出していませんがコクコクと頷いてその意見に同意しています。どうやら女性陣二人は虫の類が苦手なようです。まあ、前述のような巨大昆虫が苦手ではない人のほうが珍しいかもしれませんが。
あれ以上ワケの分からない生き物がいる大森林にいたくなかったというのが、わざわざ危険を冒して学都に侵入してきた理由の一つというほどですから、よっぽどイヤだったのでしょう。
◆◆◆
「それにしても、僕らもすっかり大物になったもんだねぇ。一人金貨百二十枚だってさ」
ラックが荷台の板の隙間から外を見ると、すぐ目の前に彼らの似顔絵が。すなわち、冒険者ギルド前の掲示板に貼り出されたばかりの手配書がありました。
なんと彼らは学都の街中を堂々と移動して中央街まで進み、腕の立つ賞金稼ぎや巡回中の衛兵がワンサカいる冒険者ギルドの真ん前にやってきたのです。
大勢の人で混雑している掲示板前に荷車なんか引いた状態でいるものですから、はっきり言ってかなり邪魔臭く、先程から気の荒い連中にゲシゲシと車体を蹴られています。このままでは『若草亭』に返す前に荷車が壊れてしまうかもしれません。
それはさておき手配書ですが、口頭での事情聴取と推測によるものにしては、かなり彼らそっくりに描かれていました。少しばかり人相が凶悪そうなのはご愛嬌といったところでしょう。
「周りの連中も、手を伸ばせば届く距離に僕らがいるとは思わないだろうねぇ」
「ホント、ルカだけでも顔がバレなくて良かったわ」
手配書は四人分ありますが、似顔絵が載っているのは三人分だけ。
昨日の事件ではルカは別働隊として動いていたので、偶然にも一人だけ顔バレせずに済んでいたのです。もっとも、普段から前髪で目が隠れているので、元々顔を覚えられる危険は少ないのですが。
「ふむふむ、よし覚えたぞ。これなら変装すればなんとかなるだろう」
彼らがわざわざ危険を冒して自分たちの手配書を見にきたのは、何も賞金額を見て特殊な自己顕示欲を満たすためだけではなく、似顔絵の出来を確認するのが目的だったのです。
そうして実際に確認した結果ですが、いくら似ているとはいっても、絵に載っているのは昨日の事件の時の髪型やら服装やらを工夫して変装した姿。名前も乗客名簿に登録した偽名でした。
意識して似顔絵とかけ離れた格好をすれば、充分に別人を装うことができるでしょう。昨日の事件の際の変装はとっくにに解いているので、なんなら今のままでも通用するかもしれません。
昨日は運悪く詳細な人相を覚えていた人物が居合わせた為に途中で計画が失敗してしまいましたが、あんなことは滅多にあるものではありません。
そう、よっぽど運が悪くない限りは大丈夫なはずだったのですが……、
「ねえ、そこの君。ちょっといいかな?」
「え……あ、えっと……」
どうやら、彼らはその“よっぽど”に該当するようで。
偶然にも冒険者ギルド前にいたルグが、どういうワケか極度の人見知りかつ口下手であるルカに声をかけてきたのです。




