シモンvsライム
お待たせしました!!
先の禁書事件からおよそ半月後の昼日中。
学都の夏もいよいよ盛りを迎え、日向にいればたちまち汗が噴き出すカンカン照り。そして、この日この時に限っては、更なる熱気が渦を巻いておりました。
◆◆◆
訓練用の剣を構えた『英雄』シモンは、一切の油断なく正面の相手を見据えていました。攻防一体の正眼の構えは強固な城壁を思わせる安定感を感じさせます。
しかし、此度の対戦相手は並みの使い手ではありません。
シモンの視線の先に立つライムは一見普段と変わらぬ涼しげな無表情ですが、時折漏れる魔力の昂ぶりは暴風にも似た激しさ。その身の内に凄まじいまでの戦意を湛えているのが窺えます。
今の彼女であれば、比喩抜きで城壁の一枚や二枚蹴破ってくるでしょう。
双方の距離は20mほども離れていますが、達人二人にとっては瞬き一つで詰められる間合いの内。毛一筋ほどの僅かな気の緩みが即座の敗北に繋がりかねません。真夏の熱気も忘れるような緊張が二人の間に満ち満ちていました。
――――さて、この状況。
ここに至る過程を知らなければ、『またぞろ何かしら無自覚にやらかしたシモンが制裁を受けようとしているのだろうか』などと邪推しかねませんが、実のところそれほど物騒な話ではありません。キチンとルールと審判を設けた、れっきとした試合です。
ここは学都南部に位置する騎士団の訓練場。
突貫工事で設えた試合場の周囲には、見学の騎士や兵士のみならず、部外者の武芸者や冒険者、民間人まで結構な人数が集まっていました。
試合の告知があったのは昨夕で現在は翌日の昼過ぎ。
僅か一日足らずにしては随分多く集まったものです。観客の中には、騎士団のお膝元だというのに密かに金銭を賭けている剛の者すらいました。まあ、賭けの胴元は小遣い稼ぎを目論んだラックなのですが。
「デカい魔法無しの条件だし、やっぱ団長かねぇ?」
「いや、分からんぜ。ライムの姐さんの鉄拳なら剣にも勝てる」
「さぁさぁ、賭けた賭けた! もうすぐ締め切るよ」
片や、元々国内で並ぶ者無しと謳われ、昨今では英雄と名高いシモン。
対するライムは一般への知名度では劣るものの、彼女の実力を知る騎士団の面々や一部の冒険者の間では無双と評されるツワモノ。武芸に興味がある者ならば、絶対に見逃せない好勝負です。
「では……両者構え」
審判役を務める副団長氏も、巻き添えを避けるべく最初から試合場の外に出ています。
50m四方ほどの広さがある試合場でも、中にいる二人の実力を考慮すれば狭すぎる程。用心してしすぎるという事はありません。
シモンは足幅を広く取った待ちの構え。
全身に脱力が利いており、余分な筋肉の緊張から反応が遅れる心配は無さそうです。
対するライムは、武術の構えというよりも短距離走者の如き前傾姿勢。
恐らくは開始と同時に突撃を仕掛けるつもりでしょう。
対照的な攻守の構えを取った二人の間に緊迫した空気が満ち、
「開始っ!」
合図と同時に、空気が震えるほどの轟音が訓練場に響き渡りました。
先手を取ったのは大方の予想通りにライム。
しかし、その速度が尋常ではありません。
身体強化と無詠唱の風魔法で生み出した突風を併用し、瞬間的に猛加速。その速度は音速の半分以上にまで達し、武芸に秀でた騎士や冒険者の大半が姿を見失っていました。
シモンの動体視力を持ってしてもこの距離、この速度での回避は容易ではありません。
故に、選択したのはいきなり奥の手。
考えてからの判断ではなく、身体に染み込んだ反射による咄嗟の迎撃行動。自身の周囲全周に手加減無しの高重力結界を展開したのです。
シモン自身すらも身体強化込みでギリギリ耐えられる五十倍近い高重力。
常人が相手ならば、これだけで圧死は免れません。ライムなら死にはせずとも、突撃の勢いを削がれ無防備な姿を晒すことになるでしょう。
「……ん、危ない」
「はっ、流石だ。やはり捉え切れぬか」
ですが、ライムは身体の先端が結界に触れるか触れないかという一瞬で急停止。試合場の地面を蹴った反動で強引にブレーキをかけつつ、蹴り砕いた地面、そこに含まれる土砂を飛ばして牽制を狙ってきたのです。
無数の飛礫や砂埃は異常な重力にしたがって落下し、シモンに届いた物は一つもありませんでしたが、これは元よりダメージが狙いではありません。
ライムが再び間合いを取って勝負を仕切り直すには充分な時間稼ぎが出来たようです。
「準備運動はこんなものか。さて、今度はこちらから仕掛けるぞ!」
「ん、来て」
互いに初手ではダメージがありませんでしたが、今のやり取りのおかげで身体も温まってきたようです。今度は攻守を交代して、シモンが前傾の攻撃的な構えを取ります。
常人には不可視の速度で繰り広げられる超速度の攻防。
観客を巻き込まない為に大技こそ禁じているものの、迫力はあり過ぎるくらいです。
両者共に互いの手の内を知り尽くしている同士ゆえに、簡単には決着が付きそうにありません。
まるで、あらかじめ手順を定めた約束組手のように、凄まじくハイレベルな攻防が開始から一時間にも渡って繰り広げられるのでした。




