幕間『謁見の間にて』
事件終結から五日後。
G国首都王城、謁見の間にて。
シモンは捜査責任者としての責を果たすべく、実兄である王の前に馳せ参じていました。
事件の経緯やその過程で発生した被害などについては、既に報告書が提出されています。
故に、この場では細かい質疑は抜きで、手短に己に対する沙汰が下るのみとシモン自身は覚悟していたのですが。
「陛下、お言葉ですが何かの間違えでは」
実の兄弟とはいえ、公式の場においては主従関係に当たります。
本来であれば、シモンも王の決定に異論を述べようとはしなかったでしょう。ですが、下された処分の内容があまりに予想外だったので、つい口を挟んでしまったのです。
「軽すぎると思うか?」
「はい、停職半年だけというのは処罰として些か軽すぎるかと」
下された沙汰の内容は停職半年。
少なくとも降格や免職、最悪は王族籍の剥奪すらも覚悟していたシモンにとっては、軽すぎて拍子抜けするほどです。
「これは余だけでなく現職大臣全員が同意した決定事項だ。異議は認めん」
「……はっ、承知致しました」
表情からすれば納得していないのは明らかですが、国王一人の独断ならまだしも、国内貴族の重鎮である大臣達も決定に同意している以上、シモンの地位では覆すことは不可能。
渋々とではありますが、決定事項を受け入れざるを得ませんでした。
「やれやれ、罰が軽いことを不満に思う奴などお前くらいだ」
王は呆れたように嘆息しました。
「救国の英雄を処分なぞしてみろ。下手したら暴動が起こりかねん」
「英雄?」
「なんだ新聞を読んでいないのか? おい、誰ぞ持て」
「こ、これは……!?」
話の流れからするとシモンがその「救国の英雄」に当たるようですが、彼自身には全く思い当たるフシがありません。どうやら、ここ最近の新聞の内容が関係するようですが、事件が終った翌日から旅路にあり、首都に到着して間もないシモンはここ数日の報道には目を通していません。
王の指示を受け、控えていた高級文官の一人が何紙かの新聞を持ってきてシモンに渡すと、彼は一読で事態を理解させられました。
「あ、兄上っ!? いえ、陛下! 私はこのように扱われる謂れは」
「謂れならば充分以上にあろう。なあ、英雄殿?」
紙面に踊るのは、どこを見てもシモンを賞賛する記事ばかり。
流石に禁書の詳細までは載っていませんが、この国や人類そのものを滅ぼし得る危機を、彼が率いる学都方面軍の精鋭が食い止めたと書かれていました。
シモンの失態や責任問題に言及している記事は皆無。
そして、どうもそれらの記事の情報源はどうやら王宮直属の広報官のようです。
「へ、陛下、流石にこれは如何なものかと……」
「おっと、別に余がお前を英雄扱いしろと命じたワケではないぞ? まあ、あえて止めろとも言っていないが。ここしばらくの学都の混乱は隠しようがなかったのでな、民を安心させる為に必要な事実を開示したまでだ」
事件が最悪の方向に向かっていれば、禁書による被害者は爆発的に増加していたはずで、記事に踊るような国家存亡の危機という表現も決して大袈裟ではありません。
最悪の事態を水際で食い止めたシモンを、派手な話題を求める新聞各紙が救国の英雄と称してもおかしくはないでしょう。かつての勇者もそうでしたが、分かりやすい英雄という存在は、ただ在るだけで民衆を勇気付けるものです。
危険が間近に迫っていたと知り不安を覚える民を安心させるためには、報道や市井の話題を否定せず、シモンに英雄を演じる道化の役割をさせるのは効果的かもしれません。本人が扱いについて納得するかどうかはまた別の問題ですが。
「だから、停職半年というのも公式の書類上では褒美の休暇という扱いにしてある」
「ですが陛下、それでは示しが付きませぬ!」
「済んだ話を蒸し返すな。そうだな、それでもなお更なる罰を望むというのであれば、公式にお前を英雄に祭り上げて国中の都市でパレードでもさせるが?」
「くっ、それは……分かりました、どうかパレードはご容赦を」
「うむ、ではこの話題はここまでだ」
流石は一国の王ということでしょうか。舌戦においては、まだ若いシモンなど赤子の手をひねるように言いくるめられてしまいます。武芸においては並ぶ者などほとんどいなくとも、言葉による駆け引きにおいては、まだまだ成長の余地があるようです。
シモンも分かりやすい処罰よりは望まぬ英雄扱いのほうがイヤなようで、結局は停職処分のみで妥協しました。
「やれやれ、我が弟ながら面倒な奴め。まあ、しばらくは羽を伸ばすがよかろう。例の師匠殿にもご無沙汰しているのであろう?」
「ええ、年始に会ったのが最後ですね」
「我が国としても、かの御方に失礼があってはならんのでな。仕事熱心なのは結構だが、もっと頻繁に顔を見せに行くがよい」
「はっ!」
◆◆◆
……と、ちょうど話が一段落したところで、謁見の間に十人ほどの男女が入ってきました。
本来であれば、近衛兵が守る場に乱入者などあるはずがないのですが、
「父上、シモン叔父が来られていると聞きましたが!」
「シモン様、お久しぶりでございます」
「なんだ、お前達か。まあ、よい。余の話は終わったところだ、好きにせよ」
やってきたのは、いずれも王族の係累たる王子や姫君ばかり。
シモンから見れば、甥や姪や従兄弟やその他諸々の親戚に当たる者達です。
「叔父殿、久々に稽古をお願い致す!」
「お兄様、シモン様は旅の疲れがあるのではないですか? お稽古は今度にして、今日はお茶会などいかがでしょう。是非、学都のお話を聞かせてくださいな」
「いいえ、それより芝居見物はどうでしょう? こんな事もあろうかと首都劇場の良い席を押さえてありますの」
首都方面軍の団長職を務める現王の第一王子を筆頭に、やんごとなきお歴々がシモンを取り合うように……比喩ではなく本当に手や服をグイグイ引っ張りながら奪い合っています。それで痛がるほど柔な鍛え方はしていませんが、このままだと服が破れてしまいそうです。
ややこしい事に、既に四十路にある現王の子供の何人かは、叔父であるシモンより年上なのですが、年齢の上下など関係なくシモンは彼らに慕われていました。
幼い頃から迷宮都市に長く留学していて、国元に戻ってからもすぐに学都に赴任してしまったシモンにはあまり自覚はないのですが、彼は以前から王宮並びに首都の人々から大変に人気があるのです。
十代の前半の頃には既に国内の騎士に並ぶ者はなく、各種芸術や学問を解する教養もあり、誰にでも優しく紳士的で面倒見も良く、誠実で、真面目で、見目も良く……と、要素を並べていくとキリがありませんが、そんな彼が好かれないはずがありません。普段は国内外からの移住者ばかりの学都にいるので、そこまで意識する機会はないのですが。
「では、陛下。これにて失礼致します」
「うむ、晩餐まで子守りを頼むぞ。集まれそうな弟妹達にも声をかけておかねばな」
ともあれ謁見は無事に終了し、シモンが謁見の間を出ようとしたところで、
「ああ、そうだ、一つ伝え忘れていた。お前が連れて来た連中だがな」
一緒に首都まで護送してきたアルバトロスの四人についての扱いを、物のついでのように告げられました。
書いておいてなんだけど、このパーフェクトイケメン設定盛りすぎである




