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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
二章『天命流転都市』

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決着

珍しく朝更新です


 船外の河が一面凍りつき、衝突しかけていた船が停止。モトレドの仕掛けていた大掛かりな反則イカサマは、それ以上の反則によって未遂に終わりました。



「手前ェら、今何をした……?」


「さぁね、何ってなんのことだい?」


「俺も貴様が何を言っているのか分からんな」



 当然、聞いたところで答えが返ってくる道理はありません。

 そう、それもそのはず。なにしろ、ずっと船内にいたラックとシモンは、この時点では本当に何が起きたのか全く知らなかったのですから。


 ですが、詳しい事情までは把握せずとも、こうも分かりやすく動揺されれば、自分達の知らないところで何か予想外のトラブルが起きたのだろうという程度は察せられます。付け加えるならば、モトレドがそのトラブルは目の前の二人が起こしたと誤解している事も。


 だから、いかにも何か知っている風に振舞っているのは、単に相手の動揺を深めるためのハッタリブラフです。二人して意味深そうにニヤリと笑い、ラックなど大きく手を広げ足を組むようなポーズを取って、殊更に余裕をアピールして挑発していました。



めるなよ、ガキ共が……!」



 語調こそ強いものの、モトレドが精神的に弱っているのは明らかです。

 人間にとって、己が理解できない物事ほど怖いものはありません。

 一体どこの誰が、突進してくる船が河を凍りつかせて無理矢理止められるなどと想像できるでしょうか。


 追跡が難しい霧夜の河中という状況。それでもなお騎士団側の伏兵がいたとして、普通なら猛スピードで突進してくる船を止められるはずはないのです。

 いえ、優れた攻撃魔法の使い手がいれば、あらかじめ船が来ることが分かっていて入念に準備をしていれば対処できる可能性はありますが、人間の眼では今宵の霧の奥を見通すことは不可能。船の接近に気付いた時には手遅れになっているはずなのです。


 だから、モトレドに落ち度があったわけではありません。

 ただ、あまりにも相手が悪かったのです。


 

「……ああ」



 ですが、それでもまだ諦めてはいません。

 ラックやシモンに心強い仲間がいるように、モトレドにも一人だけ、否、一冊だけ心から信頼できる相手が残っていました。もっとも、その存在の真偽については当人以外には全く不明ではありますが。



「ああ、大丈夫……俺は冷静だ……大丈夫、分かってるさ……」



 懐にしまった本に縋りつくような声音で、ひたすらブツブツと呟いています。

 これが本当に会話なのか、それとも脳が作り出した幻聴相手の独り言なのかはひとまず置いておくとして、結果的には幾分持ち直してきたようです。



「そうだ、俺は勝てる……絶対に……まだ負けてねぇ……」



 その言葉もあながち間違ってはいません。

 この十六巡目では親番のラックが最強目の“18”を出していますが、ここで“3”を出しさえすればこの状況をひっくり返し、イカサマの不発を取り戻すことも可能です。



「さぁ、そっちの番だ。早く投げなよ、オジサン」


「うぅ……くそっ……」



 ですが、この勝負を決める一投。

 そこにかかるプレッシャーは尋常ではありません。

 敗北し騎士団に捕われた場合、モトレドの極刑はほぼ確実。

 比喩でもなんでもなく、これは双方にとって命懸けの勝負なのです。


 これはギャンブルのサイ振りに限りませんが、普段の練習であれば何十回何百回でも軽々決められるはずの技が、局面次第でとてつもない難度に跳ね上がってしまうものです。

 大事な試合の肝心な場面で、その分野の名人が初歩的なミスを犯すという話はそれほど珍しいものでもありません。


 それに、どうにか勝負を続行できる程度に持ち直したとはいえ、心理的な動揺というのはそう簡単に回復するものではないのです。奇しくも、他者の操作を通じて人間心理に精通してしまったモトレド自身が、この場の誰よりもそれを理解していました。



「ぐぅっ……うぅう……」



 極度の心的負担によるものでしょうか。

 モトレドのノドや眼球はカラカラに渇き、それでいながら繊細な動きを要求される手指には大量の汗を掻き、指先が痺れるような不快な感覚を覚えていました。

 身体の芯から凍てつくような寒気に全身が震え(これに関しては心理要素関係なしに、船外のアレコレで実際に気温が下がっているせいもありますが)、まるで足場が消えてなくなったかのように平衡感覚までもがグラついています。



「ほらほらぁ、早く投げないと時間切れだよぉ?」


「だ、黙ってろ……」



 煽るように急かすラックに焦燥感はますます募るばかり。順番が回ってきてサイコロを手に取ったら、一分間以内に三つとも投げ終えないと無条件で負けになってしまいます。

 まあ実のところ、この時、後手側のモトレドはチップを一枚払ってこの巡の勝負を流すこともできましたし、次巡以降で防戦に徹しながら時間を稼いで精神の回復を待つという方法もありました。

 無論、少なからずチップを奪われてしまいますが、ここは一旦引いて態勢を立て直すのが最適解でした。もっとも追い詰められた思考ではその判断に至らなかったようですが。

 ラックが挑発によって戦意を煽ったのも、思考を狭めて立て直しを思いつかせない為の作戦です。



「俺は、勝つ……俺は……俺は勝……」



 言葉とは裏腹に弱々しく放られたサイの目は2,3,2の“7”。

 改めて言うまでもなくラック側の勝利です。



「はっはー! こりゃ随分と外したもんだねぇ。じゃあ、次はそっちの親……ありゃ?」


「む? これはもしや……おい、貴様」


「俺か……俺……おれは……?」



 十六巡目で大敗したとはいえ、まだモトレドのチップは僅かに残っています。

 まだゲーム自体に敗北したワケではありませんし、手持ちのチップから任意の数を賭け金として使うルール上、可能性は極めて低いものの、次巡以降で連勝を続ければ勝ちの目も一応は残っているのですが、



「俺……オレ……俺オれ折れおレ、は…………アれ……だ誰れレれだッケけ……?」


「おーい、もしもーし? ……もう聞こえてないみたいだねぇ」


「困ったな。こやつには術を解かせねばならんのだが」



 ラック達の呼びかけにも全く反応せず、目の焦点は頼りなさげに宙を彷徨い、半開きになった口からは意味不明な言葉とヨダレが止め処なく溢れています。

 これも因果というものでしょうか。

 どうやら、心に過度の負担がかかった事により正気を失ってしまったようです。



ご安心ください。

凶悪犯罪者が(真偽はともかく)心神喪失を主張して無罪になったり減刑されたりっていう現実でよくあるパターンが個人的に納得いかないので、この程度では済ませません。

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