上空にて
魔道船を密かに包囲しつつあるウル。
昆虫や、コウモリ、フクロウ、魚類など、数多の生物に姿を変えた彼女が船の内外から追いかけているなど、敵は想像すらできないでしょう。
「ウル君、なんだか随分可愛くなっちゃったね」
『我は元々可愛いのよ?』
まあ、その代償……というほどではありませんが、迷宮外に持ち出した身体の大半を追跡に使用しているせいで、元の少女型のウルはレンリの手の平に乗るくらいの小人サイズになっていました。
外見は弱々しくなってしまいましたが、分割した部分と再び融合するか、本体である迷宮に行けば元通りに再生できるのでそれほどの問題はありません。
いえ、むしろ現在の状況を考えると小さくなっていたほうが便利だったりします。
彼女達がいるのは、水晶河の上空約200mの高空。
空を駆けるロノの背に小さくなったウルと、魔法による幅広い応用力があるレンリ、荒事においては圧倒的に頼りになるライム、そしてロノと意思疎通の出来るレイルが乗っていました。追跡の足として用いるべく、あらかじめ河港付近にロノを待機させていたのです。
「私も空を飛ぶのは初めてだよ。できれば昼間の明るいうちがよかったけどね」
「じゃ、また今度乗る? 楽しいよー」
『あ、我も我も! 仲間外れはいけないのよ?』
本来であれば四人乗りはちょっと厳しいのですが、ウルが小さくなっているおかげで重量的にも面積的にも問題はなさそうです。ライム以外は呑気に遊覧飛行の約束などしていました。今は暗さと霧で景色も何もあったものではありませんが、昼間であればさぞや見事な景色が楽しめることでしょう。
『もうちょっと右に行ってちょうだい』
「りょーかーい。ロノ、聞こえたー?」
『キュゥ』
思考を共有しているウル同士はお互いの位置が分かるらしく、現在はその誘導を頼って船を追っている状況です。闇夜の上に霧が深いので船を視認することはできませんが、これならば見えずとも追跡することができます。
ちなみに人数の関係でロノに乗れなかったルグやルカ、副団長氏が率いる騎士団の精鋭達も別のウルが誘導しており、彼らは急ぎ用意した何隻かの船で水上から追っています。もっとも、船の性能に差があるせいで包囲にはまだしばらく時間がかかりそうですが。
『ストップ! この下あたりでお船が止まったのよ』
「いや、ストップって言われても止まるのは無理だよー?」
翼で飛行する鷲獅子は空中でピタリと静止することは出来ません。
仕方が無いので、なるべく小さく旋回しながら徐々に下降しようとしたのですが、
「もうちょっと下がれないのかい?」
『キュルル……』
「怖いからヤダってさ。ロノ、暗いところで飛ぶの苦手なんだよね。鳥目だし」
ある程度下がったところからロノがそれ以上下がるのを拒否しました。
鷲獅子は、鷲の頭部と翼に獅子の身体をくっ付けたような形状の生物。視力そのものは鋭いのですが、多くの鳥類と同じように暗い場所での飛行は苦手としています。河面に近くなるほど霧が濃いので、高度を下げると僅かに見えていた街の灯りや雲の切れ間から覗く星の輝きが見えなくなってしまうのです。
松明程度の灯りでもあればそれを目印にして飛ぶことは出来るのですが、直下にいるはずの魔道船は追跡を警戒してか照明を消しています。かといって、自分達で灯りをつけたりすれば敵に存在を気付かれる恐れがありました。
それに、この濃い霧が遮蔽物になって見上げられても気付かれないという利点はありますが、事故の危険性は上がります。飛行体の視界が白い霧や雲や吹雪などによって一面白く染まり、天地を見失って墜落するホワイトアウトという現象があるのです。
実際に墜落した経験はありませんが、ロノは空を飛ぶ生物の本能で霧深い中での飛行を嫌っているのかもしれません。無理強いをして下降させるのは得策ではないでしょう。
「ここでいい」
ですが、大まかな場所さえ分かっていればライムにとっては問題ないようです。
「いざとなれば飛び降りる」
いくら高かろうとも、真下に目標物があるのなら自由落下に任せるだけで目的地に到着するという理屈です。
確かに理論上は間違っていません。
ただし、飛び降りた者が無事で済むかという点にさえ目を瞑れば。
「「『……』」」
「どうしたの?」
まあ、勝負の局面次第ではそこまで急を要する援護は必要ないかもしれませんし、ライムだけならこの高さから落ちても平然と着地しそうです。
他の三名が紐無しバンジーを強要される可能性は、それほど高くはないでしょう。多分、きっと、大丈夫。信じる者は救われることも偶にはあるかもしれません。
『……あ、もうすぐゲームが始まるみたいなの』
船室の中に紛れ込んだ虫型のウルが勝負の開始を報せてきたようです。
ここからは、ウルが情報をリアルタイムで他の面々に伝えつつ、ラックやシモンの求めに応じて(その為の通しをあらかじめ共有してあります)、あるいは臨機応変のアドリブで勝負の援護をすることになります。不安な可能性は一旦忘れ、勝負に集中しないとなりません。
ロノの上にいる面々はお喋りを中断してウルの声に意識を集中しました。
『えっと、ゲームの種類は……』




