勝負の準備
シモンから代打ちを依頼されたラック。
彼らは勝負までの数時間を準備に充てることにし、他の皆もそれに協力していました。
「今、何をしたか分かったかい?」
『むむぅ、わかんないの』
騎士団本部内や、まだ営業中の商店から様々な小道具を集めてきて、ラックがイカサマの実演をしています。
無造作に放ったサイコロを、他の誰かが指定した通りの目に。投擲の技術は特に使っていない、道具を用いたタイプの技だということですが、誰も仕掛けを見抜けません。
ラックに渡されているのは、針や糸、ちょっとした文房具など、一見するとどこにでもありそうな品々ばかりのはずなのですが、
「いや……もしや裏面に何か付けたのか?」
「ピンポーン♪ 団長さん、正解。ほら、持ってみれば分かるよ」
「ほう、これは糊か」
どうやら、出したい目の裏側に素早く透明な糊を塗って、吸着するようにしていた模様。
本来は出目が確定した時点で回収して気付かれないうちに糊を拭き取るか、あらかじめ用意しておいた別のサイコロに摩り替えることで成立するテクニックなのですが、今回は説明も兼ねているのでサイコロをそのままにしていたようです。
イカサマの実演はサイコロだけでなく、カードのすり替えや目印付け、キャッチの高さやタイミングでコイントスの表裏を自在に操る方法など多岐に渡りました。
無論、ちょっと見知った程度で全てのイカサマを見抜けるようになどなりません。
酒の席での余興ならともかく、玄人相手に賭場で使える技術をモノにしようとすれば、数年はかかるでしょう。
それでも、あえて貴重な準備時間を使っているのにはそれなりの理由があります。
「何かしようって時はどうしたって意識に力みが出るからねぇ。手品の種までは分からなくても、イカサマの気配を違和感として感じられるだけでも大分違うもんさ」
相手が「何を」しているかまでは分からずとも、「何かを」している気配に気付ければ対応できる可能も出てきます。
微弱な筋肉の緊張や弛緩、仕掛ける際の言動のクセ、成功した時の高揚。
巧妙に隠された、心身の表面に浮かび上がる、あるかないかの僅かな揺らぎ。
今から数時間で付け焼刃の技術を覚えるよりは、そういうモノに対する感覚を磨いたほうが勝機があるという理屈です。
まあ、それにしたって決して簡単ではないのですが、元々武術の達人であるシモンやライムはその手の変化に敏感なのか、数回に一回程度ならイカサマの気配を捉えることが出来るようになっていました。
そして、準備はそれだけではありません。
騎士団の人員は市内の警戒に当たっているためにほぼ出払っているのですが、幸いこの場にはやたらと多芸多才な面々が揃っています。
武術、魔法、体質などなど。
何が出来て何が出来ないのかを各人に聞いて把握したラックは、本人達にすら思いもよらない使い方、ギャンブルへの応用法を次々と思い付いたようです。
「ねぇねぇ、ウルちゃん。こういうの出来る?」
『なぁに、サイコロのお兄さん? ふむふむ……うん、楽勝なのよ!』
アイデアの中でも、特に有用そうなのはウルの性質を利用した「通し」でしょうか。
ウルは自分の身体を分割して、別の独立した意思を持った新しい自分を作り出すことができます。前にゴリラを作り出した時にも使った変身能力です。
迷宮外では材料になる迷宮の土や植物がないので最大体積は増やせないのですが、今ある手足をもいで変形させることは可能。それをネズミや虫や鳥など、どこにいても不自然ではない小動物に変身させて天井や壁から相手の手札を覗き見るという作戦。
シンプルでありながら立証はまず不可能。カード系のゲームでなければそれだけで優位には立てないにしても、かなり反則気味の能力でした。
まあ、難点があるとすれば……、
「うわ、気持ち悪っ!?」
「ひゃ……虫は……苦手……」
『薄々自覚はあったけど、我ながらキツイものがあるの……』
試しにやってみたところ、ウルがもぎ取った片手片足が見る見る間に無数のハエやゴキブリに変化し、ビジュアル的に相当グロテスクな感じになっていました。どこにいても不自然ではないのは確かですが、下手したらトラウマ物の光景です。
『ちょっと、エルフのお姉さん! 我の分身を潰さないで欲しいの!』
「ごめん、つい」
運悪くライムの間合いに入った虫が、何匹か丸めた新聞紙で叩き潰されていました。これも迷宮内なら即座に復活できるのですが、迷宮の外だとそのまま塵になって消滅してしまうようです。
結局、あまりに不評だったので一旦元通りの手足に戻して元通りくっ付けたのですが、ちょっとだけ体積が減ってしまいましたとさ。
◆◆◆
結局、準備に使えた時間は四時間弱程度。
限られた時間内で最善を尽くしたとはいえ、明らかに心許無い状況ですが、
「勝てると思うか?」
「ああ、楽勝さ」
ラックは負けることなどまるで考えていないようです。
シモンの問いに対し、自信満々に言い切りました。
「大丈夫、任せておきなよ。今の僕は絶対負けない」




