慈愛の呪い
本日二話目の更新です。
順番飛ばしにご注意ください。
呪いの件や今日これからのスケジュールなど、まだいくつかの気がかりは残っていますが、
「やった! 何故だか知らないけどベーコン一枚オマケしてもらっちゃった」
『えー、お姉さんだけズルいの! お店の人が数を間違えちゃったのかしら?』
「ふっふっふ、きっと日頃の行いが良いおかげだね」
そうした問題に向き合うためにも、まずは十分な栄養補給が欠かせません。
幸い銀行は普段通りに営業していたのでペラペラに痩せこけていた財布を膨らませ、そのままルグやルカを引き連れて広場近くのカフェで朝食を摂る流れになりました。
全員同じカリカリベーコン添えのパンケーキを頼んだところ、何故かレンリの皿だけベーコンが一枚多く載っていたのですが、こんなハプニングなら大歓迎です。先程のマールス邸での朝食はリラックスとは程遠い緊張感と脱力感を伴うものでしたが、ようやく落ち着いた気分で食事ができてレンリの気分もいくらか上向いてきたようです。
「さて、前菜は済ませたことだし次はどこのお店に行こうか? あ、そうだウル君。式典の開催予定に進展がないか神様に聞いてもらえる? ほら、もしそっちに出なきゃいけないなら、ニンニク系とか臭いが強いのは避けないとだし」
『はいはい、今聞いてみるからちょっと待つの……ふむふむ……あのね、元の予定通りに正午から始めるって言ってたのよ』
「オーケー、了解。それなら本番一時間くらい前までには会場に着いてたほうが良さそうだね。着替えや移動時間を考慮して、朝食巡りはあと五軒くらいにセーブしておこうかな」
レンリの食欲については今更驚くことでもないとして、式典については『今日』と同じスケジュールでの開催が決まったようです。女神はともかく、各国のお偉いさん方は下手にスケジュールを延期して学都への滞在をだらだら引き延ばすわけにもいかないのでしょう。
最初のカフェでの勘定を済ませたレンリ達は、そこから更に追加の朝食として肉入りのお粥やらコロッケやらドーナツやらの屋台を冷やかして……。
「え、一個オマケ? ははは、それじゃあ遠慮なく。なんだか今日はツイてるね」
またもやレンリだけ商品をオマケしてもらったりもしたのですが、まあ時にはそんな日もあるでしょう。くれると言うなら、ありがたく頂戴するだけのこと。連続して気前の良い店に当たって運が良い……なんて、能天気に考えていられたのは今のうちだけ。レンリが自らにかけられた『慈愛の呪い』の本当の恐怖を知るのは、もう少しだけ先のことでした。
◆◆◆
朝食ツアーを終えた面々は、一旦帰宅してから式典用のフォーマルな格好に。そこから馬車を呼んで、体感的には数時間ぶりとなる学都南の界港へとやってきました。
「分かってたけど、建物が綺麗に直ってて良かったね」
度重なる戦闘の余波で崩壊した建物は、傷一つない状態で無事なまま。地球各国にある国際空港から飛行機の姿だけがなくなったような光景もそのままです。
「あの演壇の上だけでも随分色々やったよねぇ」
最初に女神が刺され、大きな布をスクリーン代わりに張って上映会をやり、そこから更に椅子を並べてレンリと女神による攻守交替制のトークバトル。
改めて振り返ってみても意味不明な流れでしたが、全部が終わった今となっては数々の苦労も良い思い出……かは、やはり微妙なところですが。もうレンリがあの演壇の上に立つこともないでしょう。
「おお、そなたらか」
「やあ、シモン君は前回に続いて警備のお仕事かい?」
「ははは、『前回』とはよく言ったものだな」
界港にはシモンや他の仲間達の姿もありました。
どこまでもマイペースなネムやユーシャ、赤ん坊に戻ったアイ以外の面々は、揃って疲れた顔をしていましたが。
とはいえ、問題の根幹となる女神のメンタル面については解決済みなのです。もうちょっとだけ辛抱すれば、伯爵邸での贅を尽くした打ち上げパーティーが待っています。
せっかく晴れた心が再び曇る原因になりそうな原因が野に放たれた直後ではありますが、いくらラメンティアでも旅立って数時間もしないうちに世界崩壊級のトラブルを起こしたりはしないでしょう。仮に起こしたとしても、女神のストレスが一気にMAXに届くほどの真似はしないはず。ハッキリそうと断言できないのが、彼女の恐ろしいところではありますが。
「ところで、レンリよ。そなた、何かしたのか?」
「うん、なんだい急に?」
シモンが何やら妙なことを言い出しました。
目に見えないモノに敏感な彼は、レンリ本人以上に気になってしまったのでしょう。
「やったというなら、ほら、夢の中で色々とやった覚えはあるけどさ。それで世間様にやたらと顔が売れたせいか、さっきから妙にジロジロ見られてるんだよね」
「うむ、それだ。俺も夢の中でハシャぎすぎたせいか、今日は普段よりも多くの視線を感じているのだが……だとしても、今のそなたほど注目を浴びるのは明らかに普通の状態ではないぞ」
「でも、ほら。キミもそうだし、ここにいる皆は特に変わった様子もないでしょ。何か妙なことが起きてるなら、私達の身内だけが気付かないのもおかしいし。やっぱり、普通に知名度アップの影響じゃない?」
「ううむ、しかしな……」
学都の騎士団員や各国の警備担当者。
あちこちの国の王様や大臣職に就くような大貴族。
その敬虔な信仰心ゆえ多くの尊敬を集める高位の神官。
数えていけばキリがありませんが、この式典会場に集まった誰も彼もがレンリに視線を向けています。すぐ横には本日の主役たる迷宮達もいるというのに、下手をすればそれ以上の注目ぶり。これは明らかに尋常ではありません。
夢の中でのアレコレによって、不本意ながらも知名度が大きく向上した。
ここまではレンリにも分かります。
実際、その考えが全くの的外れというわけでもありません。
しかし、今のレンリほどに周囲から目も向けられるのは明らかにおかしい。ラメンティアという存在を生み出して、世界を危機に陥れた元凶として恨まれている……という風でもなさそうです。
正確に他者の心の声を聞き取れるわけではありませんが、形のないモノに敏感なシモンは感情の大まかな傾向くらいは読み取れます。今のレンリに向けられる視線には、恨みどころか好意的な感情ばかりが宿っている、らしい。
そこまでは分かったものの、その理由となるとシモンにも不明なのですが。
ましてやレンリ本人には、視界外から向けられる無数の視線を肌感覚として感じ取ったりすることなどできません。指摘されたところで、まるでピンと来ないというのが率直な感想でしょうか。
「それは、ほら、あれじゃない? 無闇に事態を引っ掻き回したほうよりも、事件解決に一役買った功労者として評価されてるとか? ふふふ、お集りのお歴々もなかなか人を見る目があるじゃあないか」
「そういうのとも違う気がするのだがな。誰かに事情を……む?」
誰かしら気心の知れた者を見つけて、レンリに注目している理由を問い質すべきか。そんな考えを神々が聞き届けてくれたということは一切ないのですが、幸運にもシモンが探すよりも早く知り合いのほうがドスドスと大きな足音を立てながら来てくれました。
この街の領主であるエスメラルダ伯爵です。
特注サイズの礼服が、内側からの筋肉の圧力で張り裂けそうな超マッチョ体型を見間違えるはずもありません。
「おお、殿下! 皆様も、ご機嫌麗しゅう!」
「は、はは、麗しいかどうかは怪しいところだが。そうそう、レンリのことで領主殿に聞きたいことが……」
しかし、シモンが聞き終えるより先に大方の謎は解けました。
「そうであった、レンリ嬢!」
「は、はい!?」
シモンや迷宮達への挨拶もそこそこに、伯爵は戸惑うレンリの手を取って、その熱き想いを語りました。同時に、例の『慈愛の呪い』の効力についても、これでほぼほぼ明らかに。
「我輩、感激したのである!」
「か、感激……ですか? ええと、私なにかしましたっけ?」
「ははは、ご謙遜を! 我輩らが何もできずに狼狽える中で、我が神の御心を救わんと迷わず寄り添う優しき心根! なんたる慈愛! 万が一にも神が失われたら世界の先行きがどうなるかなどと、真っ先に我が身の心配などした己が恥ずかしい!」
「は、はぁ!? いやいやいや、そんな優しいとかじゃ全然ないですから!」
「おお、なんたる奥ゆかしさ! 我輩、ますます感服の至りである!」
「や、やめっ、だから、そういうのじゃ……!?」
レンリには、こんな弱点がありました。
研究成果や能力面を褒められるのは大好きなのに、人から優しいとか思いやりがあるなどと言われると、途端に恥ずかしくなってフニャフニャに萎れてしまうのです。レンリは顔を真っ赤にしながら訂正するも、伯爵はまるで聞く耳を持ってくれません。
これこそが『慈愛の呪い』の正体でもありました。
世の中には根は優しいのに表面上の振る舞いのせいで誤解されやすい人、あるいは意図して誤解されるよう仕向ける人というのもおりますが、親しい家族や友人の立場からしたらその人物の良さをなかなか分かってもらえない状態はもどかしいものでしょう。
それが否応なしに分かってしまう。
当人の意思がどうあれ、「優しい」ということが自然と伝わってしまう。
人間というのは初対面の相手と話す前からでも、なんとなく「この人は怖そうだな」とか「この人はしっかりしていそうだ」などと直感的に感じ取ることがありますが、そういった他者に与える印象を極大化したようなものでしょうか。
ラメンティアが意図的に設けた例外を除けば、たとえ初対面の相手だろうとも彼女がどれほど心優しい少女なのかが自然と理解できてしまう。飲食店でのちょっとしたサービスも、そうした印象が及ぼした効果に違いありません。
元々親しくしている仲間達にこれといった変化がないのは、わざわざ改めて伝えられるまでもなく、レンリの面倒くさくも心優しい性格を理解しきっていたからでしょう。
「おおっ、あの少女こそは御神を救った御方!」
「なんと温かな心の持ち主なのだ。まさに聖女と呼ぶに相応しい」
「皆も同じ気持ちのようだな。さあ、共に彼女の慈悲を讃えようぞ!」
伯爵がやたらと大きな声で褒めていたものだから、それまで遠巻きに様子を見ていたお偉いさん達や警備の面々までもが釣られて集まってきてしまいました。それが呪いのせいで口々にレンリの内面的な部分を褒めるものだから、本人にとってはまさに拷問そのものです。
「だーかーらっ! 私は! そんなんじゃないんだってば!」
真っ赤になって否定するも、周りはまるで聞く耳持ってくれません。
この呪いが解けるのは、レンリが自身の優しさを素直に認められるようになった時。果たして、それが何年後になるかはわかりませんが、その時には彼女の面倒くさい性格も少しは改善されていることでしょう。
穏やかな春の日差しの中、レンリの悲鳴がいつまでも響き渡っておりました。




