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頼み


 犯人から送られてきた手紙を読んで、シモンが悲壮な決意をしている頃、そんな事はまるで知らない面々は、最近寝泊りしている会議室で何やら盛り上がっていました。



「ふふふ、どうだい?」


「すげっ! 氷になってる」



 大きめのタライ一杯に満たした水を、レンリが魔法で冷やし氷にして見せたのです。

 木製のタライの側面には、物体の温度を下げる刻印が描かれています。水を満たした状態で魔力を流すと器の中身がムラなく均一に冷やされ、綺麗に透き通った氷が大量に出来上がるという寸法です。少しばかり氷を砕いて、飲み物などに入れるのも良いかもしれません。



「最近は夜でも暑くて寝苦しいからね。こうやって作った氷を桶にでも入れて置いておけば、快適に寝られるって寸法さ」



 迷宮内で野営の経験を積んでいた彼らにとって、会議室暮らしはさほど苦ではありません。ですが、折しも季節は初夏から盛夏に向かう頃。ここ数日は夜中でも暑くて寝苦しさを感じることがありました。

 そこで快適な睡眠のためにタライ一杯の氷を自前で用意し、簡易的な冷房装置として使おうと考えたのです。

 効果は覿面。暑かった室内は大量の氷によって冷やされ、程よくひんやりとしてきました。魔力切れで氷が溶けてきても、タライの刻印に魔力を再充填すれば一晩くらいは保つでしょう。



「おっ、こりゃいいねぇ!」


 

 ラックなどタライのすぐ前の床に寝転んで、相変わらずカチリカチリとサイコロを転がしていました。他の皆はとっくに飽きて相手をしてくれなくなったのですが、一人だけで延々遊んでいるのです。まあ、仮にもその道のプロが初心者を大人気なく叩きのめして喜んでいるのだから、愛想を尽かされても無理はありません。




『でも、氷なら普通に厨房で貰ってくるんじゃいけないの?』



 わざわざ魔法で作らずとも、この本部内の厨房は設備が充実しているので、それなりに高価な製氷用の魔道具なんかもあったりしたのですが、



「いや、その、なんというか……たまには魔法の一つも使わないと、私が魔法使いだということが忘れられそうな気がしてだね」


「誰も……忘れたり……しない、よ?」


『しっ。そこは深く追求しちゃダメなのよ』



 ここしばらく、具体的には一週間さんじゅうわ以上、ほとんど魔法使いらしい行動を取っていなかったレンリはなんとも切実そうに呟きました。

 精々、屋敷から逃げる時に二階から飛び降りたり、その後で街中を走り回った時に身体強化魔法を使ったくらいでしょうか。なんというか実に地味で、メタ的な意味でのアイデンティティの崩壊が危ぶまれそうな感じでした。



 それはさておき。

 個性キャラの薄さについて悩んだり、相変わらず飽きもせずにサイコロで遊んでいたり、タライの刻印に興味を持ったライムが魔力を込めたら冷えすぎて部屋が冷凍庫になったり……事件のことなどすっかり忘れて呑気に遊んでいた一同でしたが、



「すまない、少しいいだろうか?」



 そこにシモンがやって来るとガラッと雰囲気が変わりました。







 ◆◆◆







「駄目」


 手紙のことや勝負の条件について聞いたライムは、



「行っちゃ駄目」



 静かに、しかし有無を言わさぬ強い視線でシモンを見据えました。


 

「行かねばならぬ」



 ですが、シモンの決意は揺るぎません。

 長い付き合いのライムには、彼を説得することなど出来ないと分かっていて、それでも言わずには、引き止めずにはいられなかったのでしょう。


 街を守るため、死地へと向かう……いえ、死地であればまだ良かったのかもしれません。

 これが武力を用いた決闘であれば、彼を信じて送り出せたのかもしれません。

 敗北によって失われるのは、シモンをシモンたらしめる人格そのもの。次に会った時、彼が今の彼であるという保証はないのです。


 しかも、勝負の方法は相手が提示するゲーム。

 相手の経歴を鑑みるに、恐らくは何かしらの賭け事の類でしょう。


 シモンも決して弱いほうではないのですが、それはあくまで素人同士の遊びの範囲でのこと。本職のギャンブラーと真っ当に勝負したら、まず勝ち目はありません。

 それについては、奇しくもラックの遊びに丸一晩付き合わされたことで実証されています。才能や運はともかく、知識や経験や技術、その全てが不足していました。


 それでも向かわずにはいられない。

 そんな彼を、ライムは悲しげに見つめました。



「頼みがある。お前にしか頼めないことだ」


「……分かってる」


「俺が操られたら止めてくれ」


「……うん」



 シモンが操られ敵の手先となったならば、この街で彼を止め得る力を持っているのはライムだけ。彼がこれまで培ってきた武力が悪意の下で無秩序に振るわれたなら、大勢の人が犠牲になるのは間違いありません。

 仮に後で支配から抜け出せたとしても、自らの手で守るべき人々を手にかけたと知ったなら、シモンは絶対に自分を許すことはできなくなるでしょう。

 いざとなったら自分を殺してでも止めてくれと、そういう意味をも含ませてシモンは親友ライムに頼みました。ライムの心情を考えると、この上なく残酷な話でありますが。



「なに、むざむざ負けてやる気はない」



 ですが、それはあくまで万が一の備え。シモンは、すっかり落ち込んでしまったライムを元気付けるように、朗らかに笑ってみせました。


 それに、その笑みはあながち空元気というワケでもありません。

 敵が罠を仕掛けているように、彼もまた必勝の策を考えていたのです。




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